蟻ってちっちゃくて怖い
「ふう、ここが…」
名も無く、人里からも離れたこの森にテレポートしたジルは、初めての場所をキョロキョロと見回しながら、感想を漏らす
「何もないな。つまんねー森だ」
___生き物の気配・・・昆虫や小動物がチラホラと存在する
___地形・・・地図を見る限り平坦な森が存在するだけ
夜が明けていない月明かりが漏れるこの森の中で独り言ちる。
「こりゃ飽きるわ、確かに誰もこねーだろ。収穫が無さすぎる。」
この森で採取できるリストや、地図の情報も教え込まれたジルは、この森が何故人も来ずに、名も無いのか
もう一度辺りを見回す。
人の手が加わらない理由を入った瞬間に納得した。
「ペテクベルディがいってた魔物の影響がこれか。確かにわざわざ危険な思いまでしてここを開発なんてアホらしい」
「ジル、いいか?収穫ってのはお前が決めるもんじゃねーぜ?俺が決めるもんだ。そんな初歩中の初歩も教えてやらなきゃないなんてな。それも俺に教えてもらえる・・・?それってラッキーとしか言えねーよな。良かったな末っ子。こんなうれしーことはないぜ?」
枝?手?の親指であろう物をビシッと自分に向けて、ニヤリ
オッドはキメ顔だ。
「…あっそ」
「なんでも俺に聞けよ。あ、そう言えば知ってたか?俺が喋る時どこから声が出ているか」
「いや、知らないけど全く興味がない」
「あのな、上から聞こえてる様に感じるだろ?だけど実は違うんだぜ?ここはあくまでも音をだす所であっt……」
「いや、人の話しを聞けよ」
ジルとオッドはそんな話をしながら、方位磁石と地図を片手に『浮世の迷宮』を目指す。
「…てな訳でな、王様ってのは何人もいるらしいんだ」
「……」
「あいつらアホじゃね?」
「…はあ」
「…kと言ったら何人も1番偉い人が居るって事になるじゃんな」
「…」
「nも気付けないのかな?人間って」「……なあオッド」
呆れ顔を前面に押し出しジルはオッドに語りかけるが、オッドは前しか向いていない。話し相手の顔すら見ない。
だから全く相手の心情を理解しない。いや、表情を見ても理解しないであろうが……
「え?なんだ?あーそうそうお前知ってるか?」
「……お前何回同じ話しすんだよ! 聞き飽きたわ! ちょっとは黙って歩け!」
「何言ってんだよジル、お前面白いな。なんで何回も同じ話しを聞いた様に喋るんだ?」
「様にじゃねーよ!早くも耳にタコが出来るほど聞いてんだよ!」
「はっは。よしよし」
「ッッッッッ!」
ぷるぷると身体をふるわし怒るジル。
怒りのぶつけ場所を見つけられず拳もプルプルと震わせる
その時気配を感じた。まだ遠いが……居る。
「オッド、ちょっと黙れ。敵だ」
「黙れと言われれば黙るのが俺よ。息遣いさえさせない程綺麗に黙れるのって、俺か木くらいだろうな」
「シッ」
「あいよ」
大きく息を吸って呼吸ごと黙るオッド。そんなオッドを見て、内心で「お前は肺呼吸必要ねーだろ」と思いながら、スッと自分も息を殺す
___静かだ……静か過ぎる一切の気配のない不自然。
そこに、少しずつ音がする
___ザワザワ
何かが集団で移動する音。何か小さなものが、群れを成して移動をする音が聞こえる
木陰からソッと顔を出し、大きくなってきた音の方向へ目を向ける。
___やはり。
ペテクベルディの言葉を思い出す。
『この森には一種類の魔物しかおりません……が。戦うのは極力避けるのが適切でしょう。原始的な本能こそ怖いものです。この魔物は『食べる』その一点においては他に類を見ない。口そのものが消化器官であり、更に脅威の消化能力を持ちます。噛まれた瞬間に、そこはもうあなたの身体から無くなったものと考えるのが妥当でしょう。体長は2センチ。口に含めるものは一噛みで1センチ、つまり体長の半分を消化器官として保有しております。さらに、この魔物の本当の脅威は・・数億から数千億に及ぶコミュニティを作る事です。その魔物の名は……』
「ディザスターアント」
災害の名を付けられたこのアリは、自然災害のごとく現れ、その全てを喰らい尽くす事から付けられた名だ。
個体の性能は、圧倒的に他の第2種危険生物と比べたら劣るものの、それでも尚第2種であると定義づけられている。
数百キロに及ぶテリトリーを毎日徘徊し、出会う生き物全てを食い尽くすこの蟻のテリトリーにうっかり入ってしまえばどんな生物も骨と残らない。
この森が静かな理由が、この蟻である。
「うへー、こりゃ確かに戦いたくなくなるわ」
小声でそう漏らすジル。
波のように折り重なりながら集団で移動するその姿に気色の悪さを感じていた。
一々相手にしてられんなこりゃ‥‥‥と、この災害が通り過ぎるのを息を殺して待つことに決めたジル。
蠢く大地を遠目から眺めていると…
『ぷはっーー!』と隣から聞こえた。
ツーっと冷や汗がジルの背中に流れる。
「ジル、おいお前ちゃんと数えてたか?息すんげー止めてたわ。世界新記録出たんじゃね?なあ何秒だったよ。すげーな俺って。こんなに息を止められるのは俺か木だけだよ。」
___こ、こいつ
「ちょっ、お前少し黙れ」
小声で叫ぶジル。大きな声で怒鳴りたいが今は無理だととりあえず、オッドの口を塞ぎにいく。
「おいなんだよ、やめろよ末っ子。今まで息をしてなかったんだ、だからかな?思いっきり息を吸いたい気分なんだよ。すーはーすーはー、息すんげー楽しい。やっぱり酸素と俺の相性すんげーいいわー。」
「おい、だから黙れって!」
つい大きな声を出してしまう。
やっちゃったね、ジルド君
ふとアントの方に意識を向ける。先程までざわめいていた足音がなくなっている。「良かった、居なくなっていたのかな?」とホッと息をつき、木の陰から顔を出す。
「ん?なになに?そっちに何かあるの?」と一緒に木陰から顔を出すオッド
「ゲッ!」
「うお、すげー赤い」
顔を出したジルは声を上げた
ディザスターアントは居なくなったのではなかった。獲物を見つけた‥‥と、物音に誘われたらしいその顔を一斉にこちらへ向けていたのだ。特徴的な赤い瞳がこちらを見つめている。
目が合う
「ん? なにあれ? 赤いけど。赤いと言えばこの前な‥‥」
空気を読めないオッドは話し続けるが、その隙を付くかのように、ディザスターアントは一斉にこちらへ怒涛の如く駆けてきたッ
それを見ていたジルは焦ったように声を上げディザスターアントから背中を向ける。
「オッド! 逃げるぞ!」
そう言うジル。オッドはその声を聞きながら蟻を見る。見ながら、特に焦った様子もなく普段通りに拒絶。
「あ、むりむり。あの早さは普通に追い付かれるわ。俺足だけは遅いんだよね、二本しかないからかな? 背負ってくれよ」
了承も待たずに、ツルをジルに巻き付けて、肩車の体勢に。
「はあああ?」
「あ、ジル。止まってると追い疲れるぞ。用があるなら走りながら聞いてやるって」
「ッッッッ! ッチックショー! ふざけんなあ!」
迫り来るディザスターアントに、文句を言う時間もなくなったジルは、オッドを背負い‥‥‥‥怒りを爆発させるように走った。
___そして現在に至る。
 




