フーアーズ 〜フェスパイア、オッドの場合〜
「なあペテクベルディ」
「は、はいなんでしょうか、マスター」
少し声が上擦ってしまったが、平静を装ってなんとか返事をする。
「今日なんかみんな遅くね?」
___びくっ
「き、気のせいではないではないでしょうか。マスター」
「ふーん、ならいいんだけど」
ペテクベルディ(本体)は必死に現状をごまかしていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
止まない雨はない…と人は言う。そりゃそうだ。と、人は答える。
明けない夜はない…と人は言う。そりゃそうだ。と、人は言うだろう。この場所を知らないのだから。
月も無く、星も無い。光とはなんぞ?と言いたげな深い闇。ここは一切の光を拒絶する。
ここに足を踏み入れたら、一片の希望も抱かないように。
ただ深々と絶望を受入れられるように。 深い闇がどこまでも漂う。
それがこのフロアの主の願い。絶望を食らう闇の化身の。
その願いが唯一の優しさであるかのように、何も見なくて済むように。
闇に沈み佇む巨大な屋敷。これがこのフロアの主の根城。
その屋敷の中にも勿論一切の光がない。該当やランプ、その他すべての人口的な光が無くただ闇に溶け、朧げに佇む。
音がする、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ。と
音が鳴る。じゅる、じゅる。と
音が響く。主の、笑い声が。
「フェスパイア様、フェスパイア様」
不意に、館の主を呼ぶ声がする。その声に反応するように、円卓で食事を取っていた主の目が、ぼんやりと赤く光る。
「ふむ、ペテクベルディ。息災か?」
「はい、フェスパイア様もお元気そうで何よりで御座います。」
「はっは、相変わらず堅苦しい。まあ、よい。食事中だ。しばし待て」
「畏まりました。フェスパイア様」
そう言うとフェスパイアは、テーブルに乗った女に、フォークを入れる。
声を出せない様に声帯を潰されているらしい。更には微微たるものでは有るが魅惑にかかっている。その魅惑の効果か、全身が麻痺をして動けない。
だが痛みはあるようで、首にフォークを入れられると瞳孔が見開き、痛みを訴える。
足はもう戴いたのか、片足が切り落とされていて女の体には残っていなかった。
ズブ…ズブズブ…
ゆっくりとフォークが、女の首に沈む
___痛い!助けて!
訴えかける目から、涙がボロボロと落ちる。
その感情さえも楽しいのか、フェスパイアは首から溢れでる赤い血にワイングラスを当てがいながら笑みをこぼす。
ゆっくりと赤く、ゆっくりとワイングラスに溜まる、女の苦痛を、恐怖を…
全てをゆっくりと味わう様に、フェスパイアは女の表情を楽しそうに眺める。
回していたワイングラスに口をつけ、コクコクとワイングラスに溜まったソレを飲み干した。
「ふう、良い。良い恐怖だ。良い…苦痛だ。もっとだ。もっと、お前を味あわせておくれ」
飲み干した後に、女に語りかける様、そう放つ。
女の目が、また涙に滲む
食事は、まだ始まったばかりなのだ。
※※※※※※※
「馳走であった」
ナプキンで口を拭いながらそう言うフェスパイア。
絶望と苦痛で歪めらたまま死んだ女の顔を、興味のない物を見るように一瞥し、ペテクベルディに向き直る。
「待たせた」
「いえ、お気遣いありがとう御座います」
「して、わざわざお主がここに顔を出すと言うことは何かしらの問題があるとみる」
「仰る通りです。それで、メイデイ様がお呼びです」
「ふむ、そろそろ食料庫が心許無くなってきたところだ。ちょうど良い。行こう」
「ありがとう御座います。メイデイ様はラボにてお待ちです」
「彼奴の研究好きも類を見ないものよ。よし、お主もいくか?ついて参れ」
「ありがたき幸せ、お供いたします。」
ペテクベルディはそう言い、後ろを付いていく。
…実はペテクベルディ(分体)は、フェスパイアが怖いのである。
実力もかなり高く、高貴な存在で、傲慢で、頼り甲斐があり、器も広い。
時には見守ってくれて、常に前を歩いてくれる彼を、尊敬している。
だが尊敬より畏怖の方が大きいのだ。今の食事の時だってそうだ。竦んで動けなかっただけである。
だから、あまり歯向かえない。
ペテクベルディは悪くない、怖いから仕方ないのである。
勿論、急ぎの用があっても急かせない。本体からいくら急かされても知らんぷり。食事の邪魔をする…なぞ以ての外だ。
フェスパイアの食事にかかった時間。なんと2時間と17分!
大遅刻である。
〜〜〜〜〜〜〜
「知ってるかペティ、世界には王が沢山いるらしいぜ。」
「はあ」
「それもその王はみんな自分が一番偉いって思ってるらしい。
「はあ」
「人間ってバカだよな、1番偉いのが何人もいることになってるじゃん」
「はあ、そうですね」
「まさか気付いてないのかな?バカだな〜人間って」
「はあ」
「やっぱ俺が教えてあげなきゃダメか?お前らは偉くもなんともないんだぞって」
「はあ」
「何人か殺せば分かるんじゃないかな?「あ、全然1番じゃない。簡単に殺される塵芥だ」って」
「はあ」
「よし!ちょっと王様殺してくるわ」
「だからダメですって。まず、メイデイ様がお呼びですって」
「まじか!なんでさっさと言わないんだよ!人間なんて殺してる場合じゃないじゃん!」
「もうこの話40回くらいしてます。ちなみに王様殺すって言う話は2000回くらい聞いてますからね?」
「よっしゃー! 旦那のところにいくぜえええ!」
「さっさと行ってください」
うおおおおおおおっと走っていく木。
あまり高くはない。人間より少し高い程の木は走る!走る!
根が生き物の様にしなりながら、生えている枝を腕の様に振り、彼は走る!
彼の名前はオッド。木だ
走る! オッドは走る! 走る走る!
だが段々と走る足が遅くなる。そのまま勢いを無くしていき、最後には止まってしまった。
陽の光が差し込むこの部屋は、時間によって陽が射し込む場所が異なるように作られただけの、オット専用ルーム。
陽の光に当たると、彼はスヤーっと眠る。
陽の光があたらなくなると、欠伸を1つ。ふあーっと起き上がり陽の光が指す方にもそもそと歩き、またスヤーっと眠る。
その為だけの部屋がココ。
走ってる最中に、何故か西日の方向へ引き寄せられていったオッドは、うっかり陽の光が漏れている辺りに、そう……うっかり入ってしまったのである。
「ぐー、ぐー」
___コイツまた光合成してやがる!
またか…とペテクベルディは頭を抱える。
昼間は光合成ばかりしていて、ほとんど動かない夜行性のオッドは昼間の眠気に耐えられないのだ。
ちなみに、何回も同じ話をさせる物忘れの方は生まれつきで、光合成は全く関係ない。
スヤスヤと動かなくなる木、ではなくオッド
「もうやだ・・・助けて」
暮れるまで待て、ペテクベルディ
遅刻決定!
〜〜〜〜〜〜〜〜
「俺嫌われてんのかな……死にたい」
「マスター、マスター! 死なないでください!」
メイデイはめそめそと泣いていた。
 




