フーアーズ 〜ジルド、ヒタキの場合〜
「ジル坊」
「もぐもぐ」
食堂で大量の食事を運び目の前に山積みにしたジルにペテクベルディが声をかける
ごっくん
「何だよペテクベルディ」
「メイデイ様がお呼びです。ラボでお待ちですので、一緒について来なさい」
「何でだよ。イヤに決まってるだろ?アイツのせいで懲罰房入れられてめちゃくちゃ大変だったんだぞ! 俺は絶対絶対ぜっっったい! ずぅぅぅええっっっっっっったい! 行かないからな! アイツが謝るまで俺は許さないって決めてんだ!」
「何を、メイデイ様は謝ってたじゃないですか」
「あれが!? ふざけんな!」
机をバンッ!
「「ハッハッハ、お前オービスに騙されて俺の研究ぶっ壊したらしいな! そのせいで懲罰房! ざまああ。アハハハハハ。バカって本当にバカを見るんだな! ブハハハハハ。ユービスに騙されるて!ユービスに騙されるて!!プププッごめんな? 頭良く創ってあげられなくてごめんな? ごめんなああああああああギャハハハハハ」って言ってたあれか?」
机をバンバン!
「あれはバカにしてるっていうんだよ! 謝ってるになる訳ねーだろ!」
机をバンってして怒る。怒る怒る!
「全く、なぜ貴方はメイデイ様の海より深い器に気付けないのか」
「どう考えても俺をバカにして楽しんでるだけだろ! とにかく俺は絶対に行かないからな!」
「ダメです。来なさい。」
「行かない。ばーか、べろべろばー」
___ムカッ
青筋を立てるスライム。元々青いが
「こうなったら力づくでも連れて行きます」
と実力行使に出ようとしたペテクベルディに
「へへーんやってみろ!」
と。そう言うとジルは座っていた椅子に足をかけ、跳躍。
天井からぶら下がるモービルにぶら下がりクルッと回りながらそのまま出口の方向へ吹っ飛んでいく。
だが残念!入り口の前には薄く伸ばし、まるで巨大な口のように形作っているペテクベルディが!
このままいくと口に包み込まれるように衝撃を吸収され捕まってしまうだろう。ペテクベルディの衝撃吸収は並ではないのだ!
___ニヤリ、と不敵に笑うジル
「上等おおおおお!」
ジルの後ろに魔法陣が浮かぶ。何かするのか?と思ったペテクベルディは身構える。その瞬間ジルは加速した。
魔法陣を足場にし、予め高めておいた身体能力で魔法陣を足場に跳ねる。
魔法の発動をじゃなく、魔法の発動を意識させてからの急加速。
魔法陣自体が一種のフェイク。
このっ!無駄な才能を持ちやがって!
心に描くがその一瞬さえ気が抜けないほどの速度で迫ってくるジルに意識を急激に引っ張れれる。
だが、この程度の速度なら衝撃吸収が、ギリギリだが全て吸収してくれると捕獲体勢に入るペテクベルディ。
そんなペテクベルディに一瞬、声が聞こえた気がした。
____誰がこれで終わりと言った?
ジルと目が合う。不敵に笑うジルの顔が…その笑みがまた一層深くなった。
「これは!しまっ…!」
衝突の、一瞬の間
ペテクベルディとジルの間に、更に魔法陣が浮かぶ。
その魔法陣を通り過ぎるとジルの速力があがるという、速度を上昇させるだけの簡単な魔法だ。
だがその魔法を当たる瞬間に打ち込むことでペテクベルディの意表を突いた。衝突
最初からこの速度でペテクベルディに向かっていたら、薄く伸ばしていた体に厚みを持たせ、迎撃されていたろう。
着地点を変えることは難しい速度を出していたジルはそのままそこに突っ込み、全てのエネルギーを無かったことにされていたに違いない。
だが、薄く体を伸ばしていた状態でも、対応が可能だと判断したペテクベルディの意表を突いた形でなら?
答えはこうだ。
ドンッっと鈍い音をさせてペテクベルディの身体を突き抜けたジル。
ボディに穴をあけられ、修復の間が必要となったペテクベルディは歯噛みする。歯、ないけど
「あーばよ!穴開けちゃったーヤッホーイ!」
嬉々とした声をあげてジルはピューンと走っていく。
___ムカムカムカッ
屈辱に、怒りに身体が赤く……はならない。青いままだ
だが、ペテクベルディの分体は本気を出した。つまり、応援要請である。
「本体へ伝達!ジル坊が逃亡中!応援を要請する!なお当該スライムは修復が必要な損害を受けた。修復完了までおよそ2分。ジル坊が逃走した経路は___」
ジルとペテクベルディの鬼ごっこが始まった。どうやらこちらも…時間がかかりそうだ。
〜〜〜〜〜
「ヒタキ様ヒタキ様」
「?」
小首を傾げてヒタキがペテクベルディを見る
ここはヒタキのマイルーム。
四畳半の畳張りの部屋に坐禅をしていたヒタキは、ペテクベルディが現れた方向に首だけじゃなくもそもそと全身を向き直す。
「メイデイ様がお呼びです。ラボにお越しください。」
こくんと頷くヒタキ。
もそりと立ち上がろうとし、何故かそのままパタンと倒れる。
「ヒタキ様?どう致しました?」
急に倒れたヒタキにそう尋ねるペテクベルディ。
「あ、足・・・」
「足が、何か?」
「しび・・・れ・・・」
「……」
「・・・」
無言で見つめ合う2人。イヤ1人と1匹。
……数分が経ち、足の痺れが取れたヒタキは今度こそスクッと立ち上がる。
「もうよろしいでしょうか?」
こくんと頷くヒタキにホッとし、部屋の外へ。ガチャリ
開けた瞬間、廊下から一陣の風が吹いた。
「ひょおおおおおおおーーーーー俺は風えええええっ!」
部屋を開けた瞬間何かがものすごい勢いで目の前を通りぎていったのである。
ジルである。
「ジル坊!」
「ジル・・げん・・き」
それを見て、そのまましばらく立ち止まるペテクベルディ。どうしたの?と小首を傾げるヒタキ。
「ただ今、本体から連絡が」
「ん・・?」
「ジルが逃走中との事です。分体の1つが大ダメージを受けた模様。」
ひゅーとヒタキは口笛を吹く。
「ジル・・・やるう・・・」
分体といっても、ペテクベルディは戦闘力はからっきしだが、伝達能力と拘束能力の数値が化け物級だ。本気の分体を五匹もつくれば知能の高いドラゴンでさえ、生きたまま捕縛可能であるほどの拘束能力を持つ。
そしてフーアーズには時間をかけて作られた本気中の本気、ペテクベルディが無理をして作った努力のぎっしり詰まった分体が、全員に1匹ずつ付与されている。
かなり際どい橋を渡る事が多いフーアーズの面々。彼らの連絡係兼助手として役目を全うさせる為、手を抜かずに作る必要があった。
その本気の分体をどんな形であれ損傷させるとは。と、ヒタキは友の成長を喜んだ。
___だが、何故
「ジル・・・な・・・んで・・・逃げた・・・?」
「それが…マスターが下した招集を拒否して逃亡を図っていると」
「ア・・・イツ・・」
又か…いつもそうだ。いつもジルは。
この前の時も、その前の冷蔵庫空っぽ事件の時も…ワープゲートを湖に繋いで釣り堀事件の時も…問題を起こしては怒られて、懲罰房に入れられてはその度に主に牙を向ける。
少々お灸を据えてやらねば!
友として!
「手・・・伝う、ジル・・・つ・・・かま・・え・・・る」
「ちょっと待ってくだ…ええええええ」
ヒタキは言いたい事だけ伝えるとバビュンと走っていった。
「ヒタキ様それは私たちでやりますのでお願いですからラボに向っ…て」ガックシ
肩を落とすペテクベルディ。
本体から聞いた…聞いてしまったのだ
「長風呂大好きクリシュ様はお風呂に入ってしまい、メイニー様ネイシー様を呼びにいった分体は躁状態で音信不通。ジル坊は逃走中。更にヒタキ様まで…」
「どうしよう・・・」ペテクベルディ(分体)は、もうなにをどうしたらよいか分からなかった。




