フーアーズ 〜クリシュ、メイニーとネイシーの場合〜
ぬいぐるみが部屋中に転がる。動物や魔物をモチーフとした様々なものが転がりその部屋の真ん中には丸い大きなベットが置いてある。いかにも少女趣味な、ピンクを基調としたシーツにベットの側面はフリルまで。
そのベッドにも溢れんばかりのぬいぐるみが置かれていて、ベッドの上が見えない程だ。
ベッドの上のぬいぐるみがもぞもぞと動く。
「うーん、メ、メイデイしゃま~うひひひ」
ぬいぐるみの中に誰かが埋もれているようだ。
「クリシュ様、クリシュ様。起きてください。」
「‥‥‥うーん‥うるっさいわね、ペーちゃん。今すんごい良い夢見てたんだから起こさないでよ。メイデイ様と良いこと出来そうだったのに。もう、黙ってて」
「クリシュ様、そのメイデイ様がお呼びです。」
「バッ!あんたなんでそれを早く言わないのよ!」
ぬいぐるみの中から人がガバッと女の子が飛び出してきた。
ツインテールの髪、結び目からくるくると捲かれた縦ロールが、飛び起きた拍子にほよん、と跳ねる。その綺麗な金髪の髪に負けない整った顔立ちは幼さを残しながら、どこか妖艶さをも感じられる
よだれの後が付いてなければだが‥‥‥
「クリシュ様、クリシュ様。よだれの後が」
「じゅる、ち、違う! これはあんた‥‥‥えっと、なんでもないわ!とりあえず見なかったことにしなさい! いいわね!」
口元を腕で拭いながら、よだれの変わりとなる上手い言い訳が思い浮かばなかったクリシュは、とりあえず忘れろと『ぺーちゃん』こと、ペテクベルディの分体に凄む。
完全記憶がバッチリと発動しているが「はい、忘れました」と分体は返事した。
「クリシュ様、寝ぐせも」
よく見ると、いやよく見なくても綺麗な縦ロールの所々がぴょんぴょんと跳ね、寝起き感が満載。
「ほ、ほんと?」
「本当です、クリシュ様」
ぬいぐるみをかき分けて、その間から手鏡を取り出すクリシュ。
「ゲッ」
手鏡を見て乙女らしからぬ声を出す
「こんなんじゃメイデイ様に会えないじゃない。支度しなきゃ。ぺーちゃん、メイデイ様は時間の指定をしていた?」
「しては、いません。が、今回は勇者関係での緊急収集となっています。」
「最重要項目じゃない!急がなきゃ」
そう言って「やばぃいいいい」とお風呂に駆け込むクリシュ。
「これは‥‥遅くなりそうですね。クリシュ様」
ペテクベルディは冷静にそう判断を下した。
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一陣の風が吹く。夏草の匂いを乗せた風が鼻腔を擽ぐる。川のせせらぎが耳を撫で、風に揺れる草原の声がざわめく。その声に返事をするかの様に風の行き先にある森たちも、続いて風に揺られてざわめき出す。
基地の中に作られたこの人工的な自然は、不自然な程に自然が調和している。手を加えられてないかのように美しいが、それが返って不自然に思えるほどに調和が取れているのだ。
美しく咲き誇る花々に花粉を集めに来た蜂達が踊る。住まう動物達も各々にくつろぎ、川の水を飲み、番は愛を謳歌する。
ファンタジーを絵に描いたような安心感を与えてくれる。全ての生き物たちは皆、あるべき姿を強要されているかのようこの空間。
風に乗り、場違いな人の声が響く。幼く楽しそうな声が。
___キャハハ、アハハハ
声のする方には、手を繋いで草原を飛び回る妖精がいた。
「キャハハハ。見て見てメイニー、あそこの蜂達私たちの花から花粉を盗んでるー!」
「アハハハ。ネイシーったらおバカね。あーすることで私たちのお花が綺麗に咲けているのよ」
「キャハハハ。メイニーってすごい!何でも知ってるんだねー!でもなんで蜂さんのお陰で綺麗に花が咲けるのー?」
「アハハハ。分かんないわ!でもメイデイ様がそう言ってたんだから間違いないわよ!」
「「キャハハハ、アハハハ。メイデイ様すごーい!」」
この庭の主。森沃の妖精、メイニーとネイシーである
どこにいたのか、2人にまたもやペテクベルディから声がかかる。
「メイニー様、ネイシー様。お変わらずに楽しそうで」
「ペテクベルディだ!」
「ひさしぶりだペテクベルディ!」
「お久しぶりでございます、元気そうで何よりです」
ペテクベルディは妖精達にそう声をかける。
いつも近くに分体を設置してはいるが、必要のないときはリンクを切り。極力私生活を覗かないようにし、文字通り、部屋に溶け込んでいる
このスライム、プライバシーという概念を持つ常識人…常識スライムなのである
「今ね今ねっ、メイデイ様の話をしていたのー!」
「そうなのーメイデイはすごいなぁーって!」
「「何でも知ってるんだもんねー。アハハハ、キャハハハ」」
キラリ。あるはずのないスライムの目が光る。
メイデイ関連の話は大好物なのだ。
「流石妖精様で御座います。仰られる通りメイデイ様は確かに素晴らしいお方です。この前も……」
メイニー、ネイシーは無邪気にメイデイを慕っているが、ペテクベルディはメイデイを神のように崇拝している。そのペテクベルディに、メイデイの話をふったらこうなるのは目に見えてるのだが…妖精2人はそんな生き物の機微を分かるわけもなく、ある意味地雷を踏んでしまったのだ。
長たらしくメイデイのあんなことやこんなことを語るペテクベルディ。今まで溜めに溜めた聞いてほしい話がこれでもかという程あるのだ。
絶対記憶をここで発揮せずにどこで発揮するのか。
この妖精達、話の内容がわからなくても「すごーい!流石メイデイ様!」と相槌を打つものだからヒートアップしてしまうスライム。
止まらない、止まない言葉の雨が、快晴の空に降る
ホログラムで映し出されたこの部屋の空は、外の時間帯と連動している。日が傾きはじめ、3人(内1体)のいる場所が木陰になりはじめる。
ペテクベルディはまだ止まらない。
メイデイと近くにいることが多いこのスライムは、メイデイ関連にめっぽう強く、話しても話しても足りないのである。
聞いている2人の妖精は‥‥‥うとうととまどろみを楽しんでいた。あまりにも長いスライムトークに妖精2人はおねむになっちゃったようだ。
まだまだお子ちゃまなのだ。許してほしい
「……と、言うことはですよ?メイデイ様は最初から気付いておられたのです。流石としか言いようがありません。」
と一区切り。思い出したかの様にハッとメイニーネイシーの方に意識を向けると2人はグースカ。
スライムは、全くもう、何故この素晴らしい話を最後まで聞けないのでしょうと内心呟き。無意識に一声漏らす
「全く、メイデイ様が呼んでるって言うのに…」
そこでハッと気付く
サアーっと血の気が引いていく、イヤ血は流れてないが。
自分がなぜ声をかけたか、その理由を思い出したのだ。
「メイニー様!ネイシー様!起きて下さい!メイデイ様がお呼びです!お願いですから起きて下さい!メイニー様!ネイシー様!」
「…zzz」「zzz…」
鼻提灯が揺れる。幸せそうな寝顔。いい夢を見ているようだ。
「メイニー様!ネイシー様!」
どうやら2人も遅くなりそうだ。
 




