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七人会の全員が思わず戦闘の手を止めて、ビッグ・ベンを見上げた。
膨大な魔力がビッグ・ベンの頂点へと集まる。カッシーニはその魔力を吸い込みながら、地上へと落ちた。
地面に叩きつけられても、ビクともしない。
その異様な姿に、クリスは珍しく動揺の感情を露わにした。
「まさか……カッシーニが、触媒?」
あまりに動揺していたせいかもしれない。ビッグ・ベンの扉からリーが飛び出し、ウェストミンスター橋へと駆けていっても、誰も止めなかった。
リーの後に続くように、リチャードが飛び出してくる。急いで階段を駆け下りたのだろう。荒く呼吸を繰り返し、カッシーニを睨みつける。
「……蠱毒……共食い……そうか。先生は今までずっとロンドンで化け物狩りをし続けた。狩れば狩るほど、先生の体は魔術に取り込まれていったんだ」
そう考えれば辻褄が合う。メアリーと三人で敵を狩っていた時の、カッシーニの異常な跳躍力と体力。
あれは既に魔術に取り込まれ、人間から化け物へとなりかける兆候だったのだ。
カッシーニは唸っていた。痛みを堪えるように、顔に脂汗を流し、リチャード達を見渡す。
「……どうやら……最後の授業になりそうだね……私を殺しなさい。……手遅れの化け物を殺すのは退魔師の仕事だろう?」
カッシーニの口から漏れ出した声に、皆が震えた。
激しい唸り声から、とんでもない痛みと戦っているのは伝わってくる。それでも壮絶な笑みを浮かべて、自分を殺せと言う。まだカッシーニの自我は消えていない。
「僕に考えがある。皆は時間を稼いでくれないか?」
クリスが真っ先に声をあげ、何か呪文を詠唱し始めた。
一番に反応したのはエリオットだった。両手を天に掲げ、青い光の魔法陣を生み出し、それをカッシーニに振り下ろし叩きつけた。
エリオットの生み出した魔法陣がカッシーニの動きを足止めしはじめる。
ベアトリクスはクリスを守るように、側で銃を撃ち続けた。
グスタフは一瞬顔を顰めたが、クリスの言葉に反応し、周囲の雑魚を狩ってクリスを守るのを手伝う。
「リチャード! いいのか? リーが逃げるぞ」
グスタフの声に振り返れば、リーは橋を渡ってすでに向こう岸だ。
リチャードは何かを口ずさみ、首を横に振って、杖を握りしめた。
「リーのことは、ミス・ベネットに任せる。その為の準備はしてきた。それよりも今はカッシーニだ」
膨大な魔力を吸収し、カッシーニの体は膨張し始めた。顔は残っているが、体は黒い不定形に手足が生えて戦慄く。
それをじっと見たリチャードは、驚きの声をあげた。
「……心臓、脳、左手甲、右手甲、左足太もも、右足太もも、腹部、右肺、首、口、左脛、右脛、鳩尾。……十三。……体の中に、核が一三ある。それを全て壊さないと、死なない」
十三の核の位置がリチャードには手に取るようにわかった。
カッシーニの残していった置き土産。バチカンから拝借した特製猟銃を構える。
心臓の核に照準を合わせ、深呼吸。一瞬息を止めて、冷静に引き金を引いた。
ドンッ! 青い光の弾丸は正確に心臓に命中した。しかし核は破壊されずに、カッシーニの体が弾け──分裂した。
バァン! 元のカッシーニと同じサイズの体が一体。その周囲を黒い影のような一二体。十三体のカッシーニが生まれた。
黒い影のカッシーニは、感情が抜け落ちた虚ろな表情で、徐々に体の形が崩れ、霧のように掠れていく。
その時クリスが呪文を唱え終え、飛び出した。中心にいたカッシーニの体に体当たりして、体にしがみつく。
目がくらむ程の閃光が弾けた。リチャードが瞬きをしてる間に、クリスの体が消えた。
「クリス!!」
「……僕は……ここにいる」
クリスの声がカッシーニの体から聞こえた。よく見れば、カッシーニの額に、切れ長の翡翠の瞳があった。
「カッシーニの体と融合した。これでしばらくは僕がこの体の主導権を握って封じ込める」
「……融合? 封じ込める? ……そんな事をして……クリスは大丈夫なの?」
ベアトリクスが悲鳴をあげた。その声は震えている。
「この体の中で、僕と化け物の戦いだ。だが僕は勝てずにいずれ飲み込まれて、死ぬ」
クリスはいつも通り感情のない、淡々とした声で語り続ける。
「どうやらこの体が主人で、一二の影が従僕のようだ。従僕を全て倒してからでないと、主人を攻撃しても死なない。無限に増殖し続ける」
クリスが説明を続ける間に、一二体の影は、霧に紛れて消えた。
「従僕は依り代を探して、飛び回る。依り代は……おそらく人間。取り憑かれた人間は従僕に喰われ、確実に死ぬ。被害者を増やしたくなければ、急いで討伐する事だ……」
そこまで告げたところで、主人の体が痙攣して倒れた。
すぐにエリオットが杖の先から青い光の網を生み出して、主人を包み込む。
「この体は英国国教会が預かろう。いつクリスが死んで動き出すかわからないから、監視が必要だ」
「クリスが時間を稼いでる間に……従僕退治? すげー厄介だな。 なあ、リチャード。どこにいるかわかるか?」
グスタフの言葉にリチャードは、杖を握りしめ、眉間に皺を寄せた。首を横に振る。
「ロンドン中が魔術の霧が包み込んでいて、従僕の気配がわからない。だが……リーの居場所だけはわかる。僕は彼を追いかけて捕獲する」
「リチャード頼んだわ。……生きてまた会いましょう」
そう言いながらベアトリクスは、橋近くの化け物の群れに突っ込み、銃を乱射した。その辺りだけ、敵の数が薄くなる。
「すまない。ベアトリクス」
リチャードはベアトリクスの作った道を駆け抜けた。




