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 薄暗いロンドンの地下を、リチャード達は歩いていた。

 近年作られた英国が世界に誇る地下鉄(メトロ)だ。すでに終電を過ぎて、列車は車庫に入っている。


「ミスター……それでは手筈通りに」

「予定通りの場所に準備はしてきた。後はミス・ベネットに任せる」


 任せるの言葉に、メアリーは思わず口元を綻ばせる。


「かしこまりました。ミスター。そちらもお気をつけて」


 綺麗にお辞儀をしてから、メアリーはちらりとカッシーニを見た。


「先生。次は銃のレッスンをお願いしたいですわ」

「向上心がある事は良い事だ、レディ。上手く作戦を成功させたら、次のレッスンだ」


 メアリーは花のような笑顔を浮かべて、再度お辞儀をして駆け出した。


「エクソシストの銃は使えないでしょうに」

「対人間用の一般的な銃なら、レディにも使える。リチャード。君が教えてもいいはずだがね」


 対人間用の銃の扱いを教える。それはメアリーに、化け物ではなく、人殺しをさせるという事でもある。そこにまだリチャードは、微かなためらいがあった。


 地下の途中でメアリーと別れ、リチャードとカッシーニはビッグ・ベン(時計塔)へ向かった。

 今は英国議会の議事堂として使用されているウェストミンスター宮殿。その最北端に、ビッグ・ベン(時計塔)はある。

 ウェストミンスター駅に辿り着き、階段を駆け上がって地上へ足を踏み出した時、思わずリチャードは目をみはった。

 濃い霧に包まれても、その存在感を主張し、地上からそびえ立つ、ビッグ・ベン(時計塔)の大きさは、何度見ても息を飲む。

 世界最大の時計塔にして、英国の栄光の象徴。その針は休む事なく時を刻み続ける。


 女王でも議員でもなく、この英国の象徴を破壊することこそ、敵の狙いかもしれない。そんな事をふと思いついた。

 その時、ビッグ・ベン(時計塔)の鐘がなり、午前十一時四十五分を告げた。


「リチャード。約束より早いな」


 少し離れたところから、クリスの声が聞こえた。

 今日のロンドンを包む霧は一段と濃く、近づくまで姿が見えない。ゆっくり歩いて、やっとクリスとベアトリクスの姿が見えた。


「久しぶりだね。クリス。君の実力を見るのが楽しみだよ」

「お久しぶりです。カッシーニ先生」


 大事件が起こる前とは思えぬほどに、楽しげに笑うカッシーニに対して、クリスの無表情もいつも通り。カッシーニに殺意を抱いているとは微塵も感じられない。


「あら? お嬢さんは?」

「ミス・ベネットには別の場所に行ってもらった」

「いいの? リーへの切り札でしょう? それとも……エリオット達を警戒して?」

「それもある……が、リーへの切り札だからこそ、やって欲しいことがあった」


 ベアトリクスは納得してないようだったが、それ以上追求を辞めた。

 リチャードは左手に樫の杖を持ち、右手の銀のリボルバー。ベアトリクスは揃いの真鍮のリボルバーを、両手で握りしめる。クリスは杖を片手に持っていた。

 カッシーニは猟銃を手に持ち、ビッグ・ベン(時計塔)の文字盤を見上げた。


「ロンドン中に力が満ちている。今ここにkey()が揃えば完成だ」

key()は何ですか?」


 リチャードの問いに返事をせず、カッシーニはクリスを指差した。まるで授業中に生徒を指名するように。


「触媒……ですね。ロンドンに満ちた力を、陣で纏めて、触媒に憑依させる。それで魔術は完成する。問題は触媒が何かわからないこと」

「その通り。魔術の成功は、触媒の質にかかってくる。これだけ大きい魔術を行うならどんな触媒か。聖遺物だったら楽しそうだ」


 カッシーニの言葉に、リチャードは内心ひやりとした。聖遺物ならクリスの体に埋め込まれここにある。

 その事をカッシーニが知っているのか、知らないのか。クリスを指名して答えさせた事さえわざとな気がして、落ち着かない。


「よう! リチャード、クリス、数日ぶり」


 振り返ると霧の中から、軽薄な笑みを浮かべたグスタフとエリオットがやって来た。この前殺しあったというのに、そんな事件などなかったようにいつも通りだ。

 エリオットも変わらぬ柔らかな笑み。


「先生。お久しぶりです。お元気そうで」

「エリオット。君も相変わらずかね。私はまだまだ現役を続けるよ」


 互いに笑顔で、恩師と生徒の久しぶりの再会。しかしエリオットには奇妙な緊張感があった。笑顔で殺意を誤魔化すように。


「これで全員揃ったね。メルヴィンとジミー以外は。けっこう、けっこう」


 カッシーニの言葉にエリオットの目が一瞬険しくなる。当然だ。二人を殺したのはエリオットなのだから。

 わざとエリオットの神経を逆撫でしているかの如く振る舞いに、他人事なのにリチャードは苛立つ。


「リチャード? 敵の様子は?」


 カッシーニの言葉に、リチャードは杖を握りしめて、五感を研ぎ澄ませる。

 その時ビッグ・ベン(時計塔)の鐘がなり午前0時丁度を告げた。

 まるでその時間を測ったかのように、気配が一気に膨らんだ。

 ──あまりの衝撃に、吐き気をもよおして、がくんと地面に膝をつける。


「リチャード! 大丈夫」

「……いる。……とんでもない数の化け物がいる。ビッグ・ベン(時計塔)の中は真っ黒だ。それに囲まれている」


 あまりにも大量の死臭や気配を感じ取って、リチャードは気分を悪くした。すぐに感覚を遮断して、立ち上がる。

 濃い霧の中で、ひたひたと忍び寄る化け物の群れ。

 僵尸(キョンシー)骸骨(スケルトン)、人間蜘蛛、狼男(ワーウルフ)。大量のそれらがゾロゾロと這い出して、退魔師(エクソシスト)達を取り囲んだ。

 周囲がざわざわと音をたて始めると同時に、ビッグ・ベン(時計塔)から化け物が飛び出してきた。


「ククク……あはは……素晴らしい、最高の舞台じゃないか、諸君」


 緊張感が走る中で、カッシーニは一人だけ、とても楽しそうに嗤っている。猟銃をリチャードに放り投げ、ナイフとリボルバーを取り出した。


「皆に課題を出そう。私より多くの数の化け物を倒す事。私に負けたら落第だよ」


 そう言って、カッシーニはビッグ・ベン(時計塔)から出てきた敵の群に飛び込んだ。

 ここにいるメンバーは、既にカッシーニの学校の生徒ではない。故にカッシーニの課題に付き合う必要もない。

 だが、自分の身を守るために戦わなければいけないのは確実だった。


「先生より多く……ですね。もちろん課題はクリアします」


 エリオットの表情は優しげでありながら、瞳は炎のように揺らめいた。カッシーニに煽られて、ムキになったようだ。

 ビッグ・ベン(時計塔)の東、テムズ川にかかったウェストミンスター橋へ近づき、橋の上をゆっくりと歩く、化け物達を見据えた。

 祈りの言葉と共に杖を振るうと、青い光の風となって、化け物達を薙ぎ払う。味方すら巻き込みかねない暴風雨のようだ。

 グスタフはエリオットに背中を向け、ビッグ・ベン(時計塔)の西側へと駆け出した。片手に銀のナイフ、片手に青白い光を纏う退魔術のナイフ。敵によって使い分けて、敵の群れの中で乱舞する。


 ベアトリクスとリチャードはピストルを持ち、背を合わせて、互いの死角を守りつつ、北からの敵に備えた。

 銃で遠距離から攻撃。銀の銃弾が、青い弾丸が、敵を確実に仕留めていく。

 クリスは一見何の意味があるのかわからない動きで、戦場を走り回り、杖から炎を生み出し、敵を焼いていく。

 じっくりクリスの動きを観察していたものならわかっただろう。リチャードとベアトリクスを狙う敵のみを、攻撃してるという事に。


 七人会(セブンス)の五人の学徒達の攻撃で、包囲していた敵の数は減っていった。

 南側のビッグ・ベン(時計塔)から溢れ出す敵は、カッシーニが一人で狩り続けている。化け物じみた活躍で、化け物の骸の山ができつつあった。

 その違和感に一番に気づいたのはリチャードだった。


「おかしい……。外の化け物の気配は減ってるのに、ビッグ・ベン(時計塔)の気配はむしろ強くなってる」

「どういう事? 数が増えてるの? リチャード」

「……わからない。気配が混じり合いすぎて数は確認できない。ただ……巨大な気配が膨れ上がってるような……」

「……リチャード。私が援護するから、こっちは任せてビッグ・ベン(時計塔)へ行って」

「ありがとう。ベアトリクス」


 ベアトリクスが牽制射撃で、化け物を振り払った隙に、リチャードは走り出した。

 ビッグ・ベン(時計塔)の中へ飛び込むと、まだ新しい白壁と黒い手すりが目に入った。吹き抜けの狭い螺旋階段をひたすら駆け上がる。

 延々と続くのではないかと不安になるほど、長い長い階段を駆け上がって、やっと鐘の部屋にたどり着くかという頃に、不意に鐘がなった。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン。低音が三度響く。


 ビッグ・ベン(時計塔)の鐘の音の回数やメロディーは、時間によって正確に定められている。早すぎる午前三時の音に嫌な予感を感じた。


 階段を登り切って、ようやく鐘の部屋にたどり着いた。人が何人も入れそうなほど巨大な鐘が、真ん中に釣り下がっている。並んだ柱の合間から、剥き出しのロンドンの街並みが見えた。

 霧のせいでぼんやりとしているが、深夜であるのに、まだ灯のついた場所がいくつも見える。眠らぬ霧の魔都。

 巨大な鐘を打ち鳴らすのは、振り子に固定されたハンマーだ。カッシーニはそのハンマーの側で戦っていた。周囲に化け物の骸が積み上がっている。


「カッシーニ先生!」


 リチャードは声をかけてみて、酷い違和感を感じた。

 カッシーニは嗤っていた。嗤いながら、素手で敵を次々と屠っている。

 全身に青い光を身に纏い、僵尸(キョンシー)を殴り殺し、蹴りで骸骨(スケルトン)の骨を砕き、人間蜘蛛を踏み潰し、狼男(ワーウルフ)を投げ飛ばす。


「……馬鹿な……」


 例えカッシーニが優れた退魔師(エクソシスト)とはいえ、武器を使わずに戦えば、毒や呪いを受けるはず。なのに、その気配がない。

 しかも……一番の違和感は、カッシーニの気配だ。


 ──まるで化け物みたいな気配じゃないか。


 この違和感の正体を考えようとした矢先、敵の中心に、リーがいる事に気が付いた。

 その手に紙の呪符を持って、不敵に嗤ってる。


『蟲達が共食いを続け、もっとも強い蟲が、最も強い化け物になる』


 中国語の言葉の後に、紙の呪符をカッシーニに投げつけた。呪符はピタリとカッシーニの額に張り付く。


「グォォォ……!!」


 カッシーニが突然叫び声をあげて立ち止まった、体が小刻みに痙攣する。


 その瞬間、ロンドン中に満ちた魔力が、カッシーニの体に吸い込まれていった。

 巨大な魔術の奔流は眩しい程で、思わずリチャードは目を細めた。膨大な魔力を吸い続け、カッシーニはの体は、叫びと痙攣を繰り返す。

 その体がぐらりとかしいだ。

 たたらを踏んだカッシーニは、なんとか踏みとどまろうとしたが、その足元は既に床がない。

 柱の合間から落ち、その身は宙へと吸い込まれて行った。

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