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The Obliged Gentlemanー妖精紳士と人形少女ー  作者: 斉凛
中国生まれの人形使い
41/55

 リチャードは酷く疲れていた。

 一日の間に多くの事を知りすぎて、考えすぎて、一人になりたいと思った。だからカッシーニやメアリーのいるアジトには帰らず、久しぶりに自宅に戻る事にした。

 しかし家に着いてから驚く。窓から灯が見えた。厳重に施錠しているはずだし、泥棒がこんな目立つほど灯をつけるとも思えない。杖を握りしめて、門の前で感覚を研ぎ澄ませる。

 思わず笑みがこぼれた。


「おかえりなさいませ、ミスター」


 そう言ってメアリーは玄関で出迎え、リチャードの帽子を受け取った。


「どうして僕がここに帰ると?」

「だいぶ帰りが遅かったですし、ベアトリクスがミスターの様子がおかしかったと言ってましたの」


 ベアトリクスに頼んでいた、新しい服が出来上がったから、受け取りに行った。その時に聞いたとメアリーは説明する。


「そこから先は感ですわ。何となく、ミスターはお一人になりたい気分じゃないかと思って。……私はお邪魔でした?」

「とんでもない。気持ちはとても嬉しい。暖炉で部屋が温まって、ああ……スコッチまで用意されている」

「流石ミスター。お鼻がよろしい。もう冬ですから、体を温めないと風邪を引きますわよ」


 言われて気が付いた。体の芯から冷えている。それが余計に疲れを感じさせるのだろう。

 メアリーの気遣いに感謝して、暖炉の前で暖まりながら、スコッチを飲んだ。メアリーも隣に座ってミルクティーを飲む。

 何も言わなくても、何となくわかった。


「ミス・ベネット。僕に何か話があるのかい?」

「ミスターもですわよね?」

「ここはレディーファーストで」


 メアリーが嬉しそうに微笑んで、ミルクティーを一口。


「やっとレポートに合格をいただけたので、ご褒美にお聞きしましたわ。先生が英国にきた理由」


 思いの外、大きな問題に驚いてリチャードは身を乗り出す。


「なぜだ?」

「先生はイタリアに戻ってからも、メルヴィンと連絡を取り合ってたそうですわ」


 メルヴィンという単語にリチャードは思わず固まった。気持ちを落ち着けるようにパイプを手に持つ。メアリーの許可を得て口に咥えた。


「どうやらメルヴィンは自分の身に何かあった時の保険を、色々用意してたみたいですわね。英国内だけでは不安で、国外にいるイタリアの先生に託したそうですわ」


 メアリーの小さな手に、一通の手紙。

 宛名の文字を見ただけでわかった。メルヴィンだ。宛名はリチャードになっている。

 封蝋は閉じられたまま、開けた様子はない。


「本当は私のレポートはまだまだ不合格だと言われたけれど、ミスターが成長しているから、二人合わせて、おまけで合格だそうですわ。今このタイミングで渡すべきだろうと」


 リチャードは思わず眉間の皺を指で揉んだ。カッシーニはどこまで知っていて、今まで活動してきたのか。

 どこまでも考えが読めないが、この手紙を今このタイミングで渡してくれたことには、感謝すべきだろう。


 そっとペーパーナイフで封を開け、分厚い紙の束を取り出す。

 そこにはメルヴィンが英国国教会以外の者に指示され、ベイリーやノースブルックを監視していたこと。

 リーの暗躍や、その素性。英国と清の問題。

 自分にもしもの事があったら、リチャードに仕事を託したい事、オックスフォードに手がかりがある事が記載されていた。


 カッシーニに読まれる可能性も考えていたのか、ぼかして書いてある所も多かったが、今のリチャードには、メルヴィンが言いたいことがよくわかった。


 私信のように添えられた言葉に、思わず手が震える。


『今日警察(ヤード)に上がった、ベイリー男爵事件での君の報告書を見た。私には見てることしかできなかった問題を、君が解決してくれてとても嬉しかった。ありがとう』


 事件を隠蔽し、ただ見てるだけの状況を、メルヴィンも心苦しく思っていたのだろう。それでも我慢して任務を優先していた。

 そして……彼は殺された。


「ミスター」


 いつの間にかメアリーの手が、そっとリチャードの手に触れていて、心配そうに見上げている。


「メルヴィンという方は、ミスターにとって大切な方だったのですわね」

「……失ってから初めて、その重さに気づいた」


 両親のことも、メルヴィンのことも。

 せめて、今目の前にいる、メアリーだけは、失うまい。


「もうミスターが大切なものを失わないために、お手伝いしますわ。だって私の大切なお友達ですもの」


 メアリーの優しい眼差しに、言葉に、リチャードははっと気が付いた。

 淑女(レディ)は守るもの。それが紳士の嗜みだが、メアリーは普通でない(・・・・・)淑女(レディ)なのだ。であれば、ただ守るより、共に戦う方がいい。


「それでは……今度は僕の話だ。今日色々なことがわかった」


 リーのことも、メルヴィンのことも全て話をした。リーの妹の話をしたら、もっと動揺するかとリチャードは思っていたが、メアリーは穏やかに全ての話を受け入れた。


「なんとなく、そんな気はしてたのですわ。妹扱いされてるような。私を通して別の誰かを見ているような。でも……私は誰かの身代わりになるより、私自身を見て欲しかった。だからミスターの側が良いと思いましたの」


 メアリーは暖炉の火をじっと見つめて、ポツポツと語る。


「ミスターは以前、人間か、人間じゃないかなど関係ない。言葉が通じ、礼儀を重んじ、相手を尊重できる。信頼できる相手を友人と呼ぶ。そうおっしゃいましたよね? 英国と清の不幸な戦争はなかった事にはできないし、大きな文化の差もある。それでも私は東洋に憧れていたし、リーと友人になりたかった」


 メアリーはぎゅっと唇を噛み締めて、リチャードを見た。


「でも彼が多くの人を殺すのを、許すことはできないし、戦うしかないのですわ」


 とても強い眼差しで断言するメアリーの姿を、リチャードは美しいと思った。



 暖炉の前でスコッチを楽しんだ後、寝る前に母が住んでいた部屋に行った。

 この部屋に入るのが何年ぶりか思い出せないが、目当ての物がどこにあるのか覚えている。

 ジュエリーケースを開けると、そこにあったのは黒いベルベットのリボンに、赤いルビーがついたチョーカー。

 ちょうどメアリーの首の関節部分を隠せそうなデザインだ。


「そういえば……女性に贈り物をするのは初めてか」


 少し落ち着かない気分がしつつも、そのチョーカーに術を施した。

 友人を守る、お守りなのだと言い聞かせて。


 中国生まれの人形使い END

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しばらく更新を止めます。

再開予定は活動報告で告知いたします。

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