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The Obliged Gentlemanー妖精紳士と人形少女ー  作者: 斉凛
中国生まれの人形使い
38/55

 木漏れ日が差し込む森の奥。焚火の煙が木々の合間から登りゆく。

 バーバラとリチャードは焚火を中心にして、向かい合って座っていた。

 バーバラが唄ってる間は、リチャードがじっと耳をすませ、リチャードが唄ってる間はバーバラがじっと耳をすませる。

 会話もなく、互いに唄いあい、もう数日が経過している。


「……さて、基本的な唄は、これで一通りだ。ちゃんと覚えたかい?」

「はい。お祖母様(グランマ)。ありがとうございます。こんなに長く唄い続けて、大丈夫ですか?」

「ちょっと疲れたが、慣れてるね。坊やの方が先に根をあげるかと思ってたよ」


 バーバラのカラカラとした笑いに、リチャードは苦笑した。

 喉の為にはちみつを舐め、ハーブティーを飲み、木ノ実と干した果物を摘む。リチャードはそろそろミルクティーが恋しくなってきた。


 バーバラは皺だらけの手を差し出して、リチャードの手をとった。真ん中に穴の空いた、不思議な蒼石を渡される。


「これはAdder(守り) stone()。飲み物を清めたり、先を占ったり。使い方は昔教えた事があるね?」


 言われて思い出す。子供の頃、バーバラが「宝物」だと言って見せてくれた蒼石を。その技を。

 そして触れただけでわかる。この石に宿る力を。


「さて……次に教えることは……目的地まで歩く途中で説明しようかね」


 そう言ってバーバラは立ち上がって歩き始めた。道無き道を歩くバーバラの手助けをしようと、リチャードはすぐ脇に控えて歩いていたが、その必要がないほど、足腰がしっかりしている。


「むかし、むかし。ローマ帝国の兵士とドルイドは戦っていた。その時どうしてたか、坊やは知ってるかい?」

「確か……森の中で戦っていた。『樫の木の賢者』と呼ばれていたそうですね」

「そう……。でもそれはゲリラ戦法というものだよ。自分の庭に引き込む方が有利になるだろう?」

「つまりいかにホームに敵を誘い込むかが重要だと?」

「そうそう。ドルイドの呪いは、条件が限定されたり、時間がかかるからね。あらかじめ罠を仕掛けて、敵を引き込む。作戦が失敗したらすぐに逃げる。決して無理はしないこと」


 ポツリと呟いた「生きていればそれでいい」という言葉は、森の静寂にかき消されそうな程、弱々しい。

 しかし耳が良いリチャードにはよく聞こえた。涙混じりの震えた声で。もはや血を分けた肉親は二人だけだ。


 バーバラに案内されて辿り着いたのは、森の奥の古木。たくさんの草に埋もれた根元をかき分けると、木のステッキが出てきた。

 紳士用にふさわしく、持ち手に繊細な細工が施され、チェンバー家の紋章も刻まれていた。


「ドルイドの呪術に樫の木の杖は欠かせない。杖の中にヤドリギも入れて、しっかりと森の力を蓄えたはずだよ。持ってみなさい」


 リチャードが恐る恐る握ると、唐突に森中から、幾千の視線を感じてゾッとした。リチャードの手にバーバラがそっと手を重ねる。


「見ない、そう念じてみなさい」


 リチャードは素直に心の中で意識を遮断した。すると唐突に視線も、気配も、音も、匂いも、とても鈍くなった。


「これは……」

「坊やの五感は強すぎて、コントロールに苦労していただろう? この杖を持っている間は、今よりも鋭く五感を使いこなせるし、逆に完全に普通の人間並みに五感を鈍くすることもできる。鋭すぎる五感が坊やの精神を不安定にするのだから、これは……お守りと思っておきなさい」

「ありがとうございます。お祖母様(グランマ)



 ロンドンに戻ると、自然と肩の力が抜けた。

 わずか数日森にいただけだが、ロンドンの方がリチャードには居心地がよい。

 預かり屋に立ち寄って確認すると、ベアトリクスから手紙が届いていた。

 ジュリアの恋人という男に、リーの行方を聞いてみたが、情報不足でわからないと。リーと直に会ったリチャードから、もっと話してほしいという事だった。

 リチャードはわずかに眉を潜めて思考する。


「情報を共有しておいた方がいいか……。万が一の為にも。約束もした事だ」


 預かり屋へベアトリクスへの手紙を託した。

 明日、協力者の中国人を連れて、警察(ヤード)のヘンリーを訪ねる事。そこで待ち合わせしようと。

 警察内部まで教会が介入できるとも思えない。秘密の談合にはうってつけであるし、もしも何かあった場合にヘンリーの協力も頼める。


「とはいえ……ヘンリーにベアトリクスを合わせるのは、気が進まないな」


 ヘンリーの心配性を思えば、あの狂気的な言動をみて、今まで以上に心配させそうな気がした。



 次にリチャードが向かったのは、カッシーニのアジトだ。メアリーの様子が心配だった。カッシーニは随分メアリーの事を気に入っている。


「ミスター!」


 再会した途端に、泣きつくように飛び出してきたメアリーを見て、一瞬リチャードの顔が険しくなる。カッシーニを強く睨み付けると、やれやれと首をすくめた。


「レディに課題を出しただけだ。すぐ感情的になるのは減点だ。リチャード」


 よく見ると、メアリーは紙を両手に掴んでぐいっとリチャードに押し付ける。


「レポートを出すようにと言われたのですが、何度書き直しても合格をもらえなくて。おかげで毎日、お菓子抜きですわ」


 随分と平和的なやりとりに、気が緩んで思わずため息がでる。


「学校に通ったこともないミス・ベネットに、先生へのレポート提出で合格をもらうのは不可能では?」

「そうとは限らない。少しづつだが、毎日進歩してるよ。直感だけでなく、長く思考することを身につける。レディに必要なことだ」

「……そのレポート制作に、僕がアドバイスを出す許可を」

「私のいる前でなら許可しよう。あくまでアドバイスだけで、答えを教えてはいけない」


 メアリーと並んで座り、レポートを見る。整理されてない情報の羅列で、わかりづらいが、メアリーがこの数日でカッシーニからどんな授業を受けていたのか解った。

 その驚くべきスピードに舌を巻く。カッシーニの教え方が良いのか、生徒であるメアリーの才能か。かつてリチャードが数ヶ月かけて教わったことが、数日に凝縮されている。


「ミス・ベネット。君は報告書の記述は非常によくできていたと思うが。このレポートの情報は整理できていないのはどうしてかな?」

「先生の技、動き、体の使い方。感覚的にはわかるのですが、こう……どう表現していいのか、上手く書けないのですわ」


 あまりに短期間に大量の情報を詰め込まれ、混乱してるのだとリチャードは気づく。


「思いついた事を、箇条書きで書き出して。箇条書きの要素を図にして整理し、それを文章に纏めるとわかりやすくなるだろう」


 まるで子供に教える家庭教師の如く、丁寧にリチャードが教えると、メアリーは素直に頷いて、早速レポート作成に取り掛かる。



「リチャード。最初の課題はクリアできたかね」

「はい。貴方より良い教師から、合格をいただきました」


 リチャードの皮肉を気にもとめずに、カッシーニはいつものように笑ってる。


「私より良い教師というのは、興味深い。是非一度会ってみたいものだ」

「お断りいたします」


 断られるのがわかっていて、あえて揶揄った。そんな印象にリチャードは苛立つ。

 その後カッシーニはメアリーに話した。エリオットと、メルヴィンの違いについてリチャードにも語った。


「つまり……エリオットには、教わった事以上の応用力がないと?」

「そうだ。だが私が教えられることは全て教えたし、その対処法も完璧に身につけた。つまり私の想定の範囲外の行動を取らないと、エリオットと一対一では勝てない」


 リチャードはあの日、ジミーをいとも簡単に葬ったエリオットの動きを思い出す。

 一瞬にして放たれた膨大な魔術の本流。体格差をまるっきり無視して軽々と叩き落とす体捌き、ためらいなく急所を狙い、確実に仕留める動きに迷いが一切なかった。

 同じ事をやれと言われても、リチャードには無理だ。


「リチャード。君のアドバンテージはその異能。そして応用力と、コンビネーションだ。戦いは個人ではなく、チームで行えば良い」

「クリスが、エリオットとグスタフの仲を壊すと良いと言ってました」

「それは正しい。あの二人は能力だけでいうなら、非常に相性が良いが、性格面では絶対に相容れない。だが……グスタフは立ち回りが上手い。エリオットの機嫌を損ねずに、上手く合わせてくるだろう。気をつける事だ。グスタフは応用力という点では、非常に優れている」


 リチャードも、あの地下室でのグスタフの動きを思い出す。

 罠にはめ、痺れ薬を盛り、完璧に追い込んだはずが、咄嗟の機転だけで切り抜けた。あのしたたかさと、しぶとさは、油断ならない。

 ベアトリクスと警察(ヤード)で明日会う予定も話し、今後の相談をする。


「明日でレディのレッスンを一区切りつけよう。その次はリチャードとレディ、二人一緒に次のレッスンに移ろうか」

「次のレッスン?」

「理論の次は実践だ。化け物狩りを始めよう」

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