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The Obliged Gentlemanー妖精紳士と人形少女ー  作者: 斉凛
中国生まれの人形使い
36/55

「なぜ……よりにもよって、こんなところで待ち合わせなんですか……」

The() darkest(も暗い) place(場所は) is() under(ろうそく) the() candlestickのしただ. エリオット達もまさか、私たちが教会で相談をしているとは思わないだろう?」


 ここはロンドンの外れにある小さな教会の告解室。格子越しに聞こえるカッシーニの声がどこか楽しげだった。

 本来は一対一で話すべき場所だが、今リチャードのすぐ隣にメアリーがいる。二人で入るには窮屈で、あまりに近すぎて落ち着かなかった。メアリーはずっと俯いているので、その表情はわからないが、やはり気まずいようだ。


「それで……あのタイプライターは盗られてしまったわけだ。実に残念だ」

「申し訳ありませんですの。でも……わたくしはもっと強くなりたくて、色々教えていただきたいのです……」


 スカートをぎゅっと握りしめる手が震えていた。


「タイプライターの件は気にすることはない。それよりももっと重要なのは、レディだ。指を……触らせてもらえないかな?」


 メアリーはおずおずと手袋を外して、格子の隙間から指を差し込む。カッシーニはその指に触れ、撫で、じっくり観察をした。リチャードはなぜかイライラしたし、落ち着かなかった。

 しばらく観察してやっとメアリーは解放された。


「メルヴィンの手記も見させてもらったよ」

「僕はその『ミス・ベイリーは完成された<Born China>』の部分が引っかかってるのです。骨ならBoneです。綴り(スペル)ミスなのか……」


 カッシーニがクククと笑い声をあげた。


綴り(スペル)ミスだよ。正しくはBorn(中国) in China(生まれ)だ」

「……おかしいですよ。意味が通じない。ミス・ベイリーは英国人だ。中国生まれなはずがない」

「レディは英国生まれだろうが……レディの体、特別製のボーンチャイナが中国生まれだと私は推測する。中国で作られ、英国に持ち込まれ、レディに移植された。リーという男がレディに拘るのも、他のボーンチャイナと違う、特別製だからじゃないかね?」


 あまりに驚いて、思わずメアリーとリチャードは目を合わせた。互いに、まさか……という感じで口を開けてしまう。


「ベアトリクスから受け取った、骸骨(スケルトン)のボーンチャイナ、以前少し見たタイプライターのボーンチャイナ。この二つとレディのボーンチャイナは明らかに質が違う。ベイリーとノースブルックは、レディのような完成品を英国で産み出そうと、実験を繰り返していたのだろう」

「実験を繰り返す……なるほど。そう考えるとメルヴィンの手記の意味がわかりました。研究状況を調べて、もし成功したならその情報を手に入れたかった」

「それもあるだろうが……。彼が誰の命令で動いていたかが気になるね」

「誰の命令?」

「この手記は報告書形式だ。誰か上の人間がいたのだろう。今私たちを取り巻く勢力は三つ。ヴァチカン、英国国教会、どちらにも属さない個人行動(スタンドプレー)


 そう告げてから、カッシーニは鷲鼻をかいた。


「私も君達もどちらの陣営に属さない個人行動(スタンドプレー)。レディの存在を、どちらの異端審問官にも知られたくないのだろう?」


 既にカトリック側のクリスに知られているのだが、クリスがカトリックの所属だという事は話さなかった。


「君達と行動を共にしているベアトリクスも一緒の個人行動(スタンドプレー)だと考えてもいいだろう。エリオットとグスタフは英国国教会。あの落第生の退魔師(エクソシスト)はヴァチカン。彼一人で来ているとは考えにくいだろうから、仲間はいると思うがね。クリスの事は……ひとまず置いておこうか」


 含みのある言い方が、クリスの正体を知ってるのか、知らないのか、リチャードは内心冷や汗をかいたが、表には出さなかった。


「英国国教会の異端審問官に殺されたなら、メルヴィンの上司が英国国教会というのはありえない。かといってヴァチカンに裏切ったとも考えにくい。つまり……さらに他の組織や仲間の存在がいる可能性がある。私としても敵は増やしたくないのでね。メルヴィンの上に誰がいたか……リチャード心当たりはないかい?」

「わかりません。先生にわからないのに、僕がわかるとも思えませんが」

「それは買いかぶりすぎだね。まあ……そこはお互い何かわかったら話をしよう」


 ぎしりと音が聞こえて、カッシーニが立ち上がったのがわかった。メアリーが先に部屋をでる。リチャードも立ち上がったところで声が聞こえた。


「レディの事は預かろう。短期授業(レッスン)でしっかり強くなってもらう。……わかるだろう? この戦いは最終的にレディの争奪戦だ。レディにも自衛力が必要だ」


 クリスは手出ししないと言ったが、もしもメアリーのボーンチャイナの良さを、ヴァチカンの上の人間が知ったなら……確保命令を下すかもしれない。

 リーもメアリーに執着していたし、カッシーニも目をつけている。メルヴィンの上司に当たる人物は、確実に欲しがるだろう。

 あまりに頭の痛い状況に、リチャードは深くため息をついた。


 告解室を出た時にカッシーニと目があった。いつものように、何を考えているかわからない笑顔ではなく、真剣な表情で厳かに告げる。


「リチャードへの最初の課題をだそう。君の最大の武器はその異能だ。しかしその力は、私よりもより良い教師が他にいるはずだ。忌まわしい力だろうと向き合って、磨いて来ること。以上だ」


 『より良い教師』について、話した事がないはずなのに、見抜かれていたことに、強く唇を噛み締める。

 メアリーが手段を選ばず成長すると決めたのだ。自分も覚悟しなくては。そう決意してリチャードは歩き出した。



 トン、トン。ト、トン。トン、ト、ト、トン。

 いつものノックの後に、扉が開いた。


「お帰り、坊や。今日はお嬢さんはいないのかい?」

「はい……僕一人です。お祖母様(グランマ)にまたお願いがあってきました」


 リチャードの顔をじっと見て、バーバラはため息をついて背を向ける。


「お入り。話をゆっくり聞こうじゃないか……。嫌な話になりそうだがね。妖精(フェアリー)達が騒がしい」


 差し出されたハーブティーを飲みながら、ポツポツとリチャードは今までの出来事を語った。

 メアリーの正体も、メアリーと友人となると約束したことも。


「昔、お祖母様(グランマ)に口伝でドルイドの技を教わっていましたね。僕が退魔師(エクソシスト)になると決めてから教えてもらえなくなりましたが……」


 リチャードが苦笑いを浮かべると、バーバラは穏やかに微笑んだ。


「時代遅れのドルイドよりも、退魔師(エクソシスト)の技の方がよっぽど役にたつだろうさ」

「オックスフォードにいた頃、ドルイドの研究書を色々と読みました。ドルイドの口伝を、聞き取り調査してまとめたものですが。その時気づいたのです。お祖母様(グランマ)が教えてくれた事は大幅に偏っていた。薬草の扱い方、精霊との付き合い方、占い、治癒術。どれも平和的なものばかりです」

「何が言いたいんだい?」

お祖母様(グランマ)はわざと僕に、ドルイドの呪いの口伝を教えなかった。でも……僕はそれを教わりたいのです」

「ダメだよ、坊や。私は坊やに優しい子のままでいて欲しいんだよ。危険な呪いなんて……」


 バーバラが苦い表情を浮かべ、首を横に振る。

 リチャードはまっすぐにバーバラを見つめ、真剣な表情で強く訴えかけた。


「でも僕は、もう大切な友人を失いたくないのです。彼女を守るため、戦うために、どうしてもその技が必要なんです」


 リチャードの言葉に、バーバラは大きく身を震わせた。

 リチャードが親を亡くした時、どれほど悲しみ苦しんだかをバーバラは知っている。リチャードの決意をはねのける事ができなかった。

 長い沈黙が続いた後、バーバラはやっと口を開く。


「坊やにも守りたい人ができたんだね……わかったよ。教えよう。ただし……危険なことは承知して、慎重に使うんだよ」

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