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The Obliged Gentlemanー妖精紳士と人形少女ー  作者: 斉凛
中国生まれの人形使い
35/55

 ウィンチェスターの街で、三人はティータイムをしていた。

 メアリーはスコーンに、ショートブレッドに、お菓子をしっかり堪能し、ミルクティーを啜る。

 ベアトリクスは、ノンシュガーのストレートティーだけを口にして、羨ましそうにメアリーを見た。


「いくら食べても太らない、肌も荒れない……というのは、羨ましいわね」

「なら……貴女も一度死んでみればいいのだわ」

「それはお断りするわ」


 リチャードはいつものように、キューカンバーサンドイッチを食べ、ミルクティーを飲みつつ、二つのメルヴィンの手記を見比べていた。


「ベイリーと、ノースブルックの研究結果を探った記録……か? これを見る限り、メルヴィンは、ベイリーやノースブルックの仲間ではなく、調査していたという感じだな。教会に黙っていたのは、泳がせてさらに探ろうとしていたのか……」


 ブツブツと呟きながら、パイプを咥える。

 メルヴィンは教会以外の存在から、何か指示されてるように読み取れた。退魔師(エクソシスト)としてでなく、別の任務があったのかもしれない。

 手記のある部分に引っ掛かりを覚え、その項目を指でなぞる。


綴り(スペル)が間違ってる。『ミス・ベイリーは完成された<Born China>』Bone Chinaの間違いだろう。しかし……完璧(パーフェクト)メルヴィンがこんな初歩的なミスをするだろうか?」

「メルヴィンは本当は完璧(パーフェクト)じゃないと、クリスが言ってたのでしょう? 間違えることだってあるんじゃない?」


 ベアトリクスの言葉に同意したいところだったが、リチャードの何かが引っかかった。しかしそれが何かわからずに、思考を止める。


「ベアトリクスはノースブルックの屋敷で何か掴んだのだろう?」

「ええ……あの屋敷に残ってた、ボーンチャイナの骸骨(スケルトン)の骨を……舐めてみたの」


 舌なめずりをして笑みを浮かべるベアトリクスに、リチャードもメアリーも引いた。骸骨(スケルトン)を舐めるなど狂気的すぎる。


「でも……お嬢さんの肌と、ちょっと違う気がしたのよね。それでエリオットに報告した後、調べようとしたら……会ったのよ。カッシーニ先生に」

「先生に?」

「ええ……。また生徒に戻らないかと誘われて断ったわ。でも入手した骨を見せてみたら、『興味深い調べておこう』と言って、オックスフォードに行くべきだと勧められたの。メルヴィンが何か調べていたなら、調査記録はあそこに隠すはずだと。実際調べてみたらあったし、さすが先生よね」


 ベアトリクスは素直に感嘆していたが、リチャードは内心カッシーニを呪った。ベアトリクスの手紙を見せた時、すでに会っていたはずなのに、それを隠していたとは……。油断できない食えない爺さんだと、苦虫を潰す。


「そのリーという男の居場所も気になるわよね。東洋人がロンドンをウロウロしてたら目立つもの。チャイナタウンに隠れてるんじゃないかしら?」

「その可能性は高いな。しかし……チャイナタウンに、我々が調査に行けば、目立つだろう。あそこは東洋人の町だ」

「ジュリアの恋人が中国人なのよ。彼から聞いて見るわ。先生があの骨について、何かわかったことがあるかもしれないし、ドレスの材料はロンドンじゃないと手に入らない。私はロンドンに帰るわ。リチャードはどうするの?」


 リチャードは悩んだ。ロンドンに近づけば、またエリオットと会うかもしれない。グスタフも戻っているなら、メアリーの正体が暴かれる可能性も高い。危険すぎる。

 とはいえ、いつまでも逃げ回っているわけにもいかない。

 その時、黙って菓子を食べていたメアリーがおずおずと手をあげる。


「ミスター……そのカッシーニという男。教師としては優秀なのですわよね? わたくし授業を受けてみようと思うのですが……」

「何故だ! ミス・ベネット。あの男は胡散臭すぎる」

「もちろん、何か下心があるのでしょう。でも……なりふり構っていられませんわ。悔しいけれど、今のわたくしではあの野蛮人に勝てない」


 強く唇を噛みしめるメアリーの姿に、リチャードは頭を殴られた気分になった。

 逃げ回るのではなく、敵に勝つために成長する。その手段を問わない。それは素晴らしい発想だ。


「クリスが言っていた。ミス・ベネットは『鋭い観察力と柔軟な吸収力は素晴らしい』と。彼は滅多に人を褒めない。カッシーニから学んだら……強くなれそうだ」

「わたくし才能あるのかしら! それは嬉しいですわね。次にあの野蛮人に会ったら、あっと言わせて見せますわ」

「僕も……ミス・ベネットに見習うべきかもしれない」


 カッシーニはエリオットを指導したのだから、その実力も弱点も知ってるかもしれない。過去の遺恨に囚われず、素直にこうべを垂れるべきなのだ。


「ロンドンに戻ろう。カッシーニと連絡する手段はある。ピザが上手い店らしい。僕はイタリアの食べ物なんて食べたくもないが、食わず嫌いで逃げるのは辞めよう」


 あの喰えないイタリア男(カッシーニ)を喰ってやる。そう覚悟を決めて。



 ウィンチェスターから馬車でロンドンで帰ることもできたが、リチャード達は汽車を使うことにした。

 ベアトリクスは別の座席に座り、メアリーとリチャードが向かい合わせで座る。

 リチャードはぼんやり外の景色を眺めていた。その横顔を見て、おずおずとメアリーが話しかける。


「あの……ずっと気になってたのですが……カッシーニという男の事、質問してもよろしいですか? ミスター」

「もちろん。それは重要な事だ」

「その……あの男が、ミスターのご両親を殺したと……」

「……その事か。事実だ。仕方がない事だったし、それを恨むのは筋違いだ。だからといって、露骨にそれを話題にするのは、あの人の性格の悪さだが」


 リチャードは眉間に皺を寄せて、視線は外を向いたまま、ポツポツと語る。



 リチャードが退魔師(エクソシスト)の仕事を始めた後のことだ。

 その頃すでにリチャードは独立して、実家を出ていて、久しぶりに家に帰ってすぐに気づいた。

 両親も使用人も、全員既に人間の皮をかぶった化け物になっていると。

 助けるすべはない。殺すしかないとわかっていても、自らの手で始末をつけるのに躊躇いがあった。無駄なあがきとわかっていても、殺さずにすむ方法はないのか……と迷っているうちにカッシーニがやってきた。


「あの居間(リビング)で、僕の目の前で、僕の両親だったモノは死んだ。本来は僕がやらなければいけない仕事を、グズグズ迷っていたから、教師としての責任で殺した。そういう事だ」


 あの家が狙われたのは、リチャードが退魔師(エクソシスト)になったから。自分の身元を教室内で明かすという事は、どこかに情報が漏れやすいという事でもある。


 そこに油断があった、自分の責任だと、自責の念に囚われた。

 涙を流すこともできずに、墓の前で何日もぼんやりと過ごしていたリチャードを、見かねてヘンリーが何度となく励ました。


「カッシーニ先生も、何もリチャードの前でする事はなかったんだ。いくら退魔師(エクソシスト)と言っても、人間だろう」


 ヘンリーの気持ちは嬉しかったが、同時に退魔師(エクソシスト)ではないヘンリーに、自分の気持ちは理解できないのだという諦めが、リチャードの心に影を落とす。

 そんな時やってきたのがメルヴィンだった。


「皆……君の心配をしていたが、大勢で押しかけるのもどうかと思ってね。僕が代表できた」


 メルヴィンはリチャードの両親が死んだことについて、何も言わなかった。デリケートな部分だから、あえて触れないでいてくれた。そう感じた。


「リチャード。君は今日まで泣いたか?」


 首を横にふった。泣くのは男らしくない気がしていたのだ。


「今日は思い切り泣いて良い。そして明日から笑うんだ。You (笑え) have (。さ)to() laugh(なくば) otherwise(泣くしか) you'd(なく) cry.(なる) 空元気でも何でも、笑わないと、いつまでも泣き続けて未来へ進めない」


 その言葉を聞いた時、かつてメルヴィンに言われた言葉を思い出した。


『リチャード、常に考えろ、一歩も二歩も先を読め。未来を見据えて、考え抜いた上で、決めるんだ』


 そうだ……。自分は考えぬかずに、決められずに、他者に判断を委ねた。だから今こうして後悔してるのだと気づく。

 同じ過ちは繰り返さない。考え抜いて、いつだって自分の事は自分で決める。

 声が枯れるほど、号泣して……他者に判断を委ねないと、あの日リチャードは誓った。

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