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The Obliged Gentlemanー妖精紳士と人形少女ー  作者: 斉凛
小休止ーa short breakーⅢ
34/55

後編

 朝食の席で、メアリーはまた目を丸くしていた。

 クリスは昨日とうって変わって、ローストビーフに齧り付き、鳩のパイを口に放り込み、スモークチーズと一緒に咀嚼する。あいも変わらぬ無表情で、淡々と。


「グスタフが食事に毒を混入する可能性があったから、警戒してしばらく食事を節制していた。それに昨日の負傷で体が損耗している。ゆえに可及的速やかに、栄養補給が必要だ」

「クリス……君は昔から、極度の禁欲と、過食を繰り返していたが、そういう理由だったのか」

「イエス。食事は栄養の摂取の為に必要な行為で、味覚はとうに麻痺しているし、栄養が満ちていれば食べる必要もない」


 そこでちらっとメアリーを見た。


「食事を楽しむ彼女は、僕よりよっぽど人間的なようだ」


 人間的だと言われたのが嬉しいようで、メアリーは微笑んだ。クロテッドクリームをたっぷり乗せた、スコーンを一口齧るとさらに笑顔が増す。

 ハーブティーとブラックベリージュースをミックスするという、おかしな方法で作り上げた飲み物を、ゴクリと一気に飲みほして、クリスの食事が終わった。


「リチャード。君のおかげで大幅に時間的損失(タイムロス)を減らせた。改めて礼を言う。本来であれば昨日の負傷で四十八時間程度の活動停止が必要であったのが、わずか数時間ですんだ」

「……あのまま放置してても、自然回復していたというのか?」

「イエス。死なない呪いだ。時間がかかっても、確実に生き返る」

「それなら、グスタフを恐れることはないのではないか?」

「ノー。死なないが、怪我をすれば回復に時間がかかる。それを知られたら……永遠の拷問で足止めされる。情報の秘匿はもっとも大切なことだ」


 クリスはリチャードをじっと見て、まるで教師が生徒に物事を教えるように、人差し指を立てて話し始める。


「メルヴィンのあだ名が完璧(パーフェクト)になった理由がわかるか?」

「どの教科も優秀な成績を出した。欠点がない男だからだ」

「そう。欠点がない事が彼の長所だ。カッシーニはそういう風に彼を育てた。逆に他の六人は、苦手分野はそこそこに、得意分野に特化して育てた。その結果、メルヴィンは他のメンバーの得意分野では、誰にも勝てない器用貧乏だ」


 リチャードは眉を跳ね上げた。メルヴィンは完璧(パーフェクト)だと思っていたが、それは憧れからくる過大評価だったかもしれない。


「もう一つ。重要な点がある。メルヴィンは人格面でも指導力があったし、矜持(プライド)も高かった。常に『全力』を出し続けた。だからいつも完璧(パーフェクト)なのだ」

「全力……? つまり……七人会(セブンス)の中に、手を抜いていたものがいたという事か?」

「イエス。僕はカッシーニに警戒されたくなかったから、授業ではいつも手を抜いていた。カッシーニに見抜かれていたかもしれないが。もう一人……手を抜いていたものがいた」

「誰だ?」

「エリオット」

「ありえない。嘘が嫌いなエリオットがなぜ?」


 信じられないと言わんばかりに、リチャードは首を横に振った。


「エリオットは嘘が嫌いだが、同時に謙虚であり、優しい男でもあった。人格も考慮したらメルヴィンは筆頭にふさわしかった。彼をたてる為に、控えめに振舞っていたのだ。だからメルヴィンを殺せた」


 メルヴィンが殺されたのは、七人会(セブンス)の仲間への油断ゆえと思っていたが、エリオットの方が実力が上だと知って戦慄した。クリスの目がキツく光る。


「気をつけろ。僕の見立てでは、エリオットこそ、本当の七人会(セブンス)最強だ。おそらく……僕もエリオットに勝てない。グスタフよりも、エリオットを恐れて、情報を秘匿してきた」


 不死身の男の言葉を聴き、リチャードは深呼吸してから、パイプを咥えて思考する。

 グスタフは退魔術が苦手だが、対人戦は強い。今回使った小細工も、もう通用しない。強欲であっても、グスタフは損得勘定で計算する狡猾(クレバー)さもある。

 理性が壊れた七人会(セブンス)最強のエリオットと、狡猾(クレバー)な対人戦最強のグスタフ。頭が痛くなる組み合わせだ。


「エリオットとグスタフ。真逆だからこそ、協力すれば強敵だ。だから……二人の仲を壊す方が良い。グスタフはメアリーを欲しがっている。それを利用するといい」


 そう言った後、メアリーをちらっと見る。その視線はクリスにしては珍しいほどに、悲しげな色を残していた。

 リチャードはそれに気がつかずに、話題を変える。


「メルヴィンの手記を読んだが、あれはまだ一部のようだ。全て揃えないと、全貌が掴めない」

「ベアトリクスも、手記の一部を見つけたと言っていた。照らし合わせたら、何かわかるかもしれない」


 リチャードもそれに同意するように頷いた。

 朝食が終わったら、すぐに三人は馬車に乗った。向かう先はオックスフォードの南、ウィンチェスター。


「仲間とウィンチェスターで合流する約束をしている。ベアトリクスも一緒だ」

「その仲間もヴァチカンか?」

「イエス。女には弱い男だから、ベアトリクスを粗略には扱ってないはずだ」


 そう言ってから、じっとメアリーとリチャードを見比べる。


「ウィンチェスターは、アーサー王ゆかりの地。リチャード、君はアーサー王みたいな男だな」

「僕がアーサー王?」

「妖精に愛されて、女で道を踏み外す。ベアトリクスとメアリー。厄介な女にばかり引っかかる」


 クリスの毒舌にリチャードは眉間に皺を寄せ、無言でパイプを咥えた。

 メアリーは唇を尖らせて、ぷいと顔をそらした。


「あの女と同列に扱われるのは、不愉快ですわ」

「失礼。だが……君は僕と同種で、僕は君の未来だ。これから先、君の進む道は茨だと覚悟した方が良い。茨の道にリチャードを、巻き込むのだから……君は悪女の素質がある」

「茨の道?」

「一度死んだ君は年を取らない。睡眠も栄養補給も必要としない。僕と違って破壊されれば死ぬかもしれないが、平和に生きる限り不滅だ。長い時を生きれば、友はみな年を取り、何度となく死を見送ることになるだろう。君はいつまでそんなに感情豊かでいられるか。いつまで食を楽しめるか……」


 淡々と語られるクリスの言葉は、呪いのようにメアリーに染み渡り、ガタガタと体が小刻みに震える。

 リチャードはクリスの前に手のひらを突き出し、ストップという仕草をした。


「その辺にしておきたまえ。君の言葉は正しい。だが……正しさが人を傷つける」

「正しさが人を傷つけるか。長い時を生きるうちに、僕が失った感情だ」



 古の都ウィンチェスター。だが……盛りはとうの昔に過ぎ去って、牧歌的な景色の中に、古い建物が残るだけの小さな街だ。

 壊れかけの遺跡のような建物へとやってきた時、リチャードは思わず顔をしかめた。


「クリスの旦那! ……なんでお前がここにいる。異端の退魔師(エクソシスト)リチャード・チェンバー!」


 三流退魔師(エクソシスト)ガルシア・マルケス。その顔を見た途端、リチャードは全てを察してクリスの肩に手を置いた。


「ヴァチカンに押し付けられたんだな……。苦労しただろう」

「後進の教育も任務のうち……らしい」


 クリスにしては珍しく、感情が表に出て、口元がへの字に曲がった。

 ガルシアは全身包帯だらけの間抜けな姿。腫れ上がった顔を真っ赤にして、リチャードを睨みつける。


「シモーネ・カッシーニの弟子は、ろくな奴がいない! お前といい、教会にいた人殺し神父といい!」


 クリスもカッシーニの弟子だと知らないのだろう。本人を目の前にその台詞は、あまりに滑稽で、リチャードは笑いを咬み殺すのに苦労した。


「ガルシア・マルケス。二流くらいに成長したかい?」

「二流とはなんだ、二流とは! 英国国教会よりヴァチカンの方が歴史が古いんだぞ。二流はそっちだ!」


 どこからこの自信がくるのか理解不能だが、怪我を見るかぎり、エリオットにも散々にやられただろう事は想像できた。どれほど叩きのめされてもめげない、その根性だけは一流だとリチャードは心の中だけで褒めておく。

 ガルシアの事はクリスに任せ、ベアトリクスの姿を探し、建物跡にリチャードが踏み込む。その時突然、物陰から人が飛び出してくる。


「リチャード!! やっと会えたわね。私に会えなくて、寂しい夜を過ごしたんじゃない?」


 ベアトリクスはリチャードに抱きつこうとしたが、それを余裕で躱す。残念そうにベアトリクスは舌なめずりをした。


「ベアトリクス。君には借りがある。だから会いにきた。だが君がいなくて寂しいと思ったことは、ただの一度もない」

「もう……本当に冷たいんだから。それがまた良いのよね」

「ベアトリクス! ミスターに馴れ馴れしすぎですわ。それと……早くドレスの約束を、果たしてくださいませ! 着替えが足りないですわ!」


 メアリーとベアトリクス。二人の女に挟まれて、居心地が悪そうにしているリチャードと、それを忌々しそうに睨みつけるガルシア。クリスはそれを優しい眼差しで見ていた。


「リチャード。僕はグスタフにマークされている。しばらく潜伏しつつ情報を集めるつもりだ。何かわかったらロンドンの預り所に手紙を。互いにそこで連絡を取り合おう」


 クリスはそう言って、懐から黒曜石でできたロザリオを取り出した。リチャードがジュリアから預かったものと同じデザインだった。

 それを見てリチャードは、まだ謎が残っている事を思い出す。


「クリス。君とミス・オニールの関係は?」

「ジュリアの母親は、僕の孫娘だ」


 リチャードは驚きのあまり、思わず大きく口を開けた。自然と言葉がこぼれ出す。


「じゃあ……ベアトリクスとクリスは……」

「ノー。ベアトリクスとジュリアは母親が違う、僕とベアトリクスの間に血縁関係はない」

「私もびっくりしちゃったわ。まさか学友と妹が親戚関係だと思わないじゃない?」


 ベアトリクスが大げさに驚いた顔をしてみせると、クリスが笑った。

 ここにいる全員が、クリスが笑う姿を初めて見たので、みなが注目して押し黙る。

 すぐに笑みが消えて、またいつも通りの無表情で、淡々と言葉を紡ぐ。


「孫を可愛がるのは、普遍的な人間の心情らしい。僕の中にもわずかにそれが残っていて、ジュリアも、その姉のベアトリクスも、思い入れがある。リチャード。ベアトリクスを泣かせるな」


 そう言ってからメアリーへ小さく言葉をたす。


「悪女といってすまなかった。親の身びいきみたいなものだ。あまり気に病むことはない」

「気に病んでなんていませんわ。事実ですもの。でも……貴方って、機械かと思っていたけれど、案外人間らしいのですわね」


 ぷいとメアリーは顔をそらしたが、口元に笑みが溢れる。

 クリスは子供をあやすように、メアリーの頭をポンと撫でた。


「僕は君の未来だと言ったが、リチャードと共に歩むなら、僕より良い道に辿り着くかもしれない。なにせアーサー王に似た男だ。不可能を可能にする伝説を生み出すかもしれない」

「クリス。君がそんなあやふやな憶測を口にするのを、初めて聞いた」

「僕の呪いは自業自得だが、彼女は完全な被害者だ。救済される事を願う」


 クリスは祈りの言葉を残し、ガルシアと共に立ち去った。


 小休止ーa short breakーⅢ END

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