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The Obliged Gentlemanー妖精紳士と人形少女ー  作者: 斉凛
小休止ーa short breakーⅢ
33/55

前編

 爆弾を抱え込むという自殺行為をしたのにも関わらず、クリスの体はまだ生きていた。


「ベアトリクスの話もまだ聞いてない。死なせる訳にも行かないな」

「わたくしが抱えますわ。ミスター急ぎましょうですの」


 メアリーが軽々とクリスを抱え、ホテルへ帰った。

 ホテルのベットにクリスを寝かせる。髪が真っ白でひび割れた肌が、まるで老人のようだ。


「ミス・ベネット。怪我を確認する。席を外してくれたまえ」


 メアリーが部屋を出たのを確認し、クリスの服を脱がせる。思わずリチャードは息が止まるかと思った。

 服に焦げ跡はあったが、体は焼けていなかった。その代わり体に炎の模様が黒々とある。それに左胸の上には十字型の石が埋まっていた。


「なんだ……これは?」


 リチャードが首を傾げたところで、部屋の片隅にあった水差しから声が聞こえる。


「リチャード、リチャード。ちょっとその男を見せてよ」

水の精(ウンディーネ)?」


 水差しの淵から顔を出す、透き通った体の少女が優しく微笑む。


「昨日は皆で探し物遊びだったんでしょ。私も混じれなくて悔しかったわ」

「探し物が紙なら、水は大敵だ」

「でも……今度は私が適任だと思うわよ」


 リチャードは水差しを手に取って、クリスの側まで連れてきた。水の精(ウンディーネ)はクリスの体の文様をじっと見る。


「人間の体って四大元素(エレメント)のバランスが取れてるもんだけど、この男は火に偏りすぎて、水と風が足りない。このままだと死ぬわよ」

「水と風……そうか。助かった」


 水の精(ウンディーネ)の体を指先で撫でると、気持ち良さそうに指にすり寄って、カプリと噛み付く。


「リチャードの血って、美味しいのよね。ごちそうさま」


 わずかに目眩がしたが、リチャードは頭を振り払う。窓を全てあけ放ち、メアリーに頼んでたくさんの水をタライに汲んできてもらった。


「治癒術は退魔師(エクソシスト)の苦手分野なんだが……。お祖母様(グランマ)式でやってみよう。ドルイドの術は自然との調和だ」


 たらいの水を両手ですくい、窓から漂う風に乗せて、少しづつクリスの体に落としていく。


The(トネリ) ash(コの) grove(こだち) how(なんと) graceful(おくゆかしく) how(かざり) plainly(のない) 'tis speaking,(ものいいよ) 

The(なん) harp(じが) through(かなでる) it playing(ハープが) has(わた) language(しにかたり) for(かけ) me()

Whenever(えだ) the() light() through(こぼ) its branches(るひか) is breaking(りが) 

A() host() of() kind() faces(わた) is() gazing(をみつ) on() me()


 リチャードが歌を口ずさみ、クリスの体に水が落ちるたび、じゅわ……と音を立てて、水が蒸発していく。その度に黒々とした炎の文様が、少しづつ薄らいでいった。

 クリスの髪が栗色に戻っていき、肌に潤いとハリが出てくる。ただ……左胸の十字型の石だけは消えることがなかった。

 クリスの瞼がピクリと動き、唇が震えた。


「……トネリコの木立。ウェールズの歌か。リチャード、君はケルトの呪術も使えるのか?」


 ゆっくりと目を開けると、切れ長の翡翠(エメラルド)の瞳でじっとリチャードをみる。


「素人の模倣だ。初めて使った」

「それにしては……すごいな。すっかり体が軽い」


 そう言いながらゆっくりと起き上がって首を振る。


「クリス。君は何者だ? その胸の十字架は?」

「リチャード。君の推測を先に聞こう。僕の事で気がついている事があるはずだ。だからグスタフではなく、僕と共闘を選んだ」


 クリスの肩にコートをを羽織らせ、リチャードは懐から黒曜石でできたロザリオを取り出す。


「ミス・オニールからこれを預かった時から不思議だった。カトリック信者ならロザリオを持つのが一般的だが、英国国教会でロザリオはマイナーだ。なぜそれを目印にするのか。これを君がミス・オニールにあげた……という事は、君はカトリック。ヴァチカンの退魔師(エクソシスト)だな」

「そうだ……僕はヴァチカンの異端審問官だ」

「英国国教会とヴァチカン。両方敵に回すのは痛い。共闘だというなら、ヴァチカンの狙いを教えてくれ」

「カッシーニが初めて英国に渡った時、ヴァチカンを裏切らないか、見張るためにあの教室に潜り込んだ。だがあの時はまだ、カッシーニは異端宣告を受けてなかった。しかし今は、カッシーニは異端であり、僕が狩る対象だ」


 リチャードはロザリオをぎゅっと握りしめてから、また懐に戻して、クリスをきつく睨む。


「ヴァチカンの異端審問官なら……ミス・ベネットも狩りの対象か?」

「ノー。英国内部の問題は管轄外だ。僕の目的はあくまでカッシーニの処分。ただ……ロンドンで行われる大魔術は、規模が大きすぎる。英国を超えて、ヨーロッパに広がるほどなら、阻止すべきだろう」

「僕は先生が生きようが死のうがどちらでも構わない。だが……ロンドンの魔術を阻止するまでは、生かしておいたほうが役に立つと考える」


 クリスは顎に手をおいて、じっと考えた。


「わかった。最優先事項を、ロンドンの大魔術阻止に切り替える。その次がカッシーニだ」


 クリスの答えを聞いてやっとリチャードの緊張が解けた。椅子に深く座り直し、パイプを咥える。


「クリス。君がグスタフに殺されそうになったのは……カトリックのスパイだからか?」

「僕は七人会(セブンス)の一員になった時点で、英国国教会の所属になった。だが……いまだにヴァチカンの命令を受けて動いている。それは英国国教会への裏切り……異端だ。正体を知られたのは、つい最近だと思うが」

「メルヴィンが殺される前か?」

「たぶん……僕は嵌められたのだと思う。僕がメルヴィンの死体の第一発見者になったのは偶然じゃない。偽装とはいえ、カトリック式の退魔術や聖句を残したのは、カトリックである僕への警告だろう」

「なるほど。もう一つ質問をしよう。君のその体。普通の人間ではないな。それはなんだ?」


 リチャードの視線は左胸の十字架に移る。クリスの体に埋め込まれたように、半分食い込んでいる。


「これは……神のお怒りだ。僕が強欲により過去に犯した罪によって、刻み込まれた呪い」

「過去に犯した罪?」

「遺跡発掘という名目の墓荒らし。聖遺物を手に入れるのが目的だった。そして目的を果たし、僕は呪われた。これは聖遺物だ」

「馬鹿な……そんな簡単に聖遺物が見つかるとも思えないし、例え存在したとしても、そんな力があるわけ……」

「僕は……少なく見積もっても100年以上生きている。そしてこの呪いを受けてから年を取らなくなった。死ぬことができない呪いだ」


 リチャードは思わず口を開けたまま固まった。

 からん……と音を立てて、パイプが床に転がった。

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