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暗号通りに歩いて、鬼の彫刻に辿り着く。よく観察して見ると、それは地下への入り口だった。
「ミス・ベネットは一番安全な最後尾にしてほしい。淑女だから」
リチャードの提案に、クリスとグスタフは意を唱えなかった。
クリスがランプを持ってゆっくりと階段を降りていく。その後ろをグスタフが歩き、パイプを咥えたリチャードとメアリーが続く。
二人に聞こえないように、メアリーはリチャードの耳元に囁いた。
「あの二人、どちらかが異端審問官だって、ミスターが疑ってても動じませんのね」
「おそらく……あの二人は互いに牽制しあってる。僕がどちらの味方になるか、まだわからないから」
「昨日、あの野蛮人とはずっと一緒でしたのよ。クリスという方は、調べに行ったみたいですが、意外に早く帰ってきましたの。その割にずいぶん調査がスムーズですわね。怪しい」
メアリーの言葉に一理あると、リチャードは頷いた。
だが同時に引っかかったこともあった。
「ミス・ベネット……頼みがある」
リチャードの頼みに、メアリーは小さく頷いた。
階段を降りると、何もない四角い部屋に辿り着く。ランプの灯りで照らしてみるが、四方は全てただの壁に見えた。
「何もねぇな……って、リチャード。狭い地下でパイプは辞めてくれよ。なんか煙の匂いが臭い」
グスタフが顔をしかめると、リチャードはわざと、パイプをグスタフの方に向けた。
「これも意味がある、煙の方向を良く見るといい」
煙は常にグスタフのいる方向へ流れている。リチャードは逆方向を指差した。
「あちらから空気の流れがあるから、そちらに煙が流れる。つまり……壁に見えても向こう側に空間がある」
「そうか……」
クリスがランプを向け、壁をじっくり観察し触れた。
「埃で汚れて見辛いが……魔法陣が書かれているな。退魔術で封印されている。これなら解けそうだ」
「壁の向こう側に、気配を感じる。この匂いは……多分化け物だ」
リチャードの指摘に全員固唾を飲む。パイプを仕舞ってちらりとメアリーを見た。
「ミス・ベネット。ランプを持って、階段へ。外に化け物が出ないように、見張っていてくれたまえ」
メアリーは鞄を階段の上に置き、ランプを掲げて部屋の中を照らした。
リチャードは両手にリボルバーを、グスタフは両手にナイフを、それぞれ構えクリスの両脇に立つ。
杖を持ったクリスが、壁に向かって円を描き、呪を唱える。壁に光の陣が浮かび上がった。
光が消えると、それまで壁だった所がぽっかりと、穴が空いた。
途端に呻き声と死臭が辺りに充満する。両手を前にまっすぐ出した青白い人影が、飛び出してきた。ズルズルと足を引きずって歩く骸骨と、わしゃわしゃと6本足で歩く巨大な蜘蛛も続く。
「飛び跳ねてるのは僵尸。東洋式屍人だ。焼くのが一番手っ取り早い。骸骨には銀。蜘蛛には退魔術を」
リチャードの説明に、二人はすぐに対応した。
クリスは立ち止まって呪を口ずさむ。杖の先から炎を呼び出し、次々と僵尸を焼いていく。
グスタフは両手の銀のナイフを巧みに操り、骸骨の中に突っ込んで、敵の攻撃をヒラヒラと交わしながら、次々と破壊していく。
リチャードは銀のリボルバーは盾に、蜘蛛へ霊銃を向け、青白い光で敵を穿つ。
メアリーはランプをかざしたまま、階段を這い上ろうとする敵を、足蹴にして突き落とす。だが、それもあまり必要がないほど、三人の動きは見事だ。
三人とも全くスタイルは違う。だがこれが一流の退魔師の実力かと、メアリーは息を飲む。あっという間に化け物たちは殲滅された。
「へ……この骸骨の骨も、新式ボーンチャイナか。これ持ちかえって素材にできねーかな」
「グスタフ。ティーカップを砕いて焼いても、ティーカップにはならない。無駄な考えは辞めたまえ」
「メアリー……だったか? ランプを。奥の部屋が見えない」
クリスに手を差し出され、メアリーがランプを持って階段を降りてきた。
灯が奥の部屋を映し出す。机の上に一冊の本。メアリーがランプをかざして奥へと進んでいたその時だった。
ガツン。グスタフが足を滑らせてメアリーにぶつかる。ランプが奥の部屋へと転がり込んだ。
「悪りぃ……ちょっと、足怪我してたみたい……」
グスタフが起き上がると、奥の部屋が火の海となっていた。
「あちゃ……せっかくの手がかりが、台無しか」
「そんなことはない」
リチャードが唇の端を釣り上げて、躊躇いもなく火の中へ歩いて行った。
「ちょっ、待て、リチャード」
慌ててグスタフが追いかけて、驚いた。炎の中に入ったのに熱くない。
「この炎は魔法の幻覚だ。ランプもミス・ベネットが、すり替えてくれた。グスタフ。君は相変わらず、退魔術が苦手とみえる。これも見抜けない節穴だ」
床に転がったランプから、青い光が浮かび上がってリチャードの周りを飛ぶ。青い光だ。リチャードが机の上の本を手にしたので、グスタフは飛びかかろうとして……また足がもつれて倒れこむ。
「なんだ……これ……痺れがある」
「リチャード。君……パイプに何か混ぜてただろう」
「やはりクリスには見抜かれてたか。そう。痺れ薬を混ぜさせてもらった。この狭い空間に煙が充満している。戦闘で体を動かし呼吸が増えると、体内で煙が濃縮される」
「……そんな予感がしたから、必要最低限の動きに留めた。それで……痺れ薬と幻覚まで使って、リチャードは見抜けたのか? 僕とグスタフ。どっちが異端審問官か」
「ああ……やっとわかったよ。クリス。グスタフが異端審問官だ」
リチャードは本を懐にしまって、クリスを真っ直ぐに見た。
「クリス、君は命を狙われているのに気づいたまま、よくもあれだけ冷静でいられたものだな」
「案外必死だったよ。グスタフは対人戦が得意だからね。隙を見せたら殺される」
グスタフは、まだ痺れが残る体で、懐から錫のスキットルを取り出してぐいっと煽る。アルコールと薬草が入り混じった、独特の癖のある匂いが漂う。リチャードは眉をしかめた。
「修道院で作られた聖水さ」
「薬草入りのリキュールだろう。その匂いのきつさは……薄めてないな」
「へへ。酔うほどに体にキレがでる……酔拳なんてものが東洋にあるらしいぜ」
グスタフは立ち上がって、スキットルを投げ捨てた。グスタフの立ち姿は、痺れを感じさせない佇まいで、リチャードは目を見張った。
「なんで……俺だと思ったんだ?」
「メルヴィンは異端審問官のエリオットに殺されたんだ。メルヴィンの手記に自分が殺される可能性が書いてあるかもしれない。異端審問官なら手がかりを手に入れることより、証拠を消去する方を選ぶと考えた。ミス・ベネットにぶつかってランプを落とさせたのはわざとだな? ガスの匂いがする……。この部屋に火が入れば引火する罠だ」
グスタフと距離を保ち、慎重に奥の部屋から出る。
「それに……僕は初めから、メルヴィン殺しの犯人は、クリス以外だと考えていた」
「僕を信じてくれた……という訳でもなさそうだね。何か理由があるのか?」
「殺人事件において、第一発見者はまず疑うべき存在だ。だが……退魔師であれば、殺した後の証拠隠滅は確実にする。逆に第一発見者として名乗りでるものが、もっとも犯人から遠い」
リチャードは右手に持った銀のリボルバーを、グスタフの頭に向けた。
「クリス。君の狙いは最後までわからなかっから迷ったが、僕はミス・ベネットと共に生きると決めた。エリオットはミス・ベネットの存在を許さない。だから異端審問官は僕の敵だ。共闘しよう」




