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レディの時間

「ここのフィッシュ&チップス美味いだろ」

「確かに美味しい……ですが」


 街の露店で売っていた、フィッシュ&チップスを買い込んで、公園のベンチでグスタフとメアリーは並んで食べる。メアリーは大きな旅行鞄を、ベンチの横に置いていた。

 小柄でそばかすの浮いたグスタフは子供っぽくて、メアリーと並ぶ姿に違和感はない。のどかでのんびりとした時間が流れていた。


「これでビールもあったら最高なんだけどな」

「わたくし達、探し物をするはずでは?」

「探し物っていっても、手がかりもなしに、どこからどうやって探すんだよ」

「せめてベアトリクスに似た人を、見かけなかったか聞き込みをするとか。ああ! ミスターに似顔絵を書いていただけばよかったわ」

「確かにリチャードの絵は上手いよな。俺には真似できない。調べ物もいつもアイツが一番上手かった。だから任せとけば何とかなるんじゃないか?」

「そんな無責任な……」


 メアリーは苛立ちを止められない。今までずっと、不真面目なグスタフのペースに振り回されっぱなしだ。

 グスタフの榛色(ヘーゼル)の瞳に、揶揄いの色が滲む。


「そんなにリチャードが恋しいの? 一緒に住んでるんだって? あのお固いリチャードが、お嬢ちゃんと一緒の時にはどんな顔をするんだよ。鼻の下伸ばしたり?」


 思わずベンチから飛び降りて、グスタフを睨む。 


「ミスターを侮辱しないでくださいませ。ミスターは紳士で、わたくしとはお友達ですわ」

「友達ね……ま、そういう事にしておこうか。お嬢ちゃんは、ベアトリクスに妬きもち焼いてそうだけど……」

「そ、そんなことありませんわ」

「あやしいー」

「と、とにかく、お遊びは辞めて真面目に……」

「そうだなぁ。そろそろ真面目に行こうか」


 そう言った瞬間、グスタフは殺気を纏って、メアリーの鳩尾に、掌底を叩き込む。とっさにメアリーは後ろに飛んで逃げた。メアリーはグスタフを強く睨みつける。

 軽薄な笑みは変わらずに、ゆっくりとグスタフは立ち上がった。その何処にも『隙』がない事に、メアリーは戦慄する。


「殺気も最小限に抑えたし、寸止めにした。散々揶揄って油断してたはずなのに……凄いんだな、お嬢ちゃんは」

「どういうおつもり?」

「リチャードは化け物相手の事件を追いかけてるんだぜ。危険も多い。あの紳士気取りが、ただの女の子を連れまわすわけないと思ってたんだよな。やっぱりただの女の子じゃないってわけだ」


 メアリーは焦った。自分の正体を探るためのブラフだったとは……。思いっきり歯ぎしりをしてしまう。

 これ以上探られたくもないし、今すぐ逃げ出したい。でも……ベンチの横に置いた鞄を置き去りにするわけにはいかない。


「じゃあ……もうちょっと遊んでもらおう……かなっと」


 右へ一瞬重心を傾け、メアリーの注意を右に向けてから、即座に左に跳ね、着地した左足を軸に、回し蹴りを放つ。

 とっさに両腕をクロスして蹴りを受け止めた。

 グスタフは面白そうに口笛を吹いた。


「腕が固い。骨を砕いた感触もない。随分頑丈なんだな……じゃあこっちはどうかな?」


 ずむ、と肘鉄をメアリーの喉元に突きつけると、その腕を払いのけようとメアリーは二の腕を掴む。しかしグスタフは肘を起点に腕をあげ、メアリーの顎を穿ち抜いた

 思わずメアリーは咳き込む。


「胴体も固いが、頭は普通の人間っぽいな。気道を塞ぐのも効く……。面白い」


 榛色(ヘーゼル)の丸い瞳をよりいっそう丸くして、楽しそうに笑う。フットワークを軽く右に左に飛び跳ね、鳶色の巻き毛が揺れる。

 メアリーはグスタフの動きに、完全についていけなかった。

 グスタフの正拳突きに、とっさに腕を伸ばした時、その腕を捕まれた。そのまま一本背負いで、地面に叩きつけられ、スカートがめくれ上がる。


「頑丈なのに随分軽いな。投げ技が効くって事は、関節の可動域は、人間と同じって事だな? あははドロワーズが丸見えだ」


 メアリーは慌てて、スカートの裾を掴んで起き上がる。その顔は真っ赤だ。


「女性の下着を見て笑うだなんて、失礼だわ!!」

「怒るくらいなら、ドレスなんて着るなよ。戦闘中に、スカートがめくれないように、気をつけてくれる紳士な敵は、そうそういないと思うぜ」


 メアリーは悔しくて唇を噛みしめる。グスタフの言う通り、いつ化け物に襲われるかわからない状況で、動きにくいドレスは不釣り合いなのだ。

 軽く笑って、口笛を吹くグスタフに、まるで隙がなく、一つ攻撃を受けるたびに、こちらの手の内がどんどん暴かれていく。八方塞がりだ。


「遊びはそこまでにしておけ、グスタフ。それ以上はリチャードに怒られるぞ」


 怜悧な声が響き、グスタフは動きを止めた。離れた場所に、いつの間にかクリスが立っていた。

 切れ長の翡翠(エメラルド)の瞳は、じっとメアリーを見つめている。


「怒られるなら同罪な。お前もさっきから見てて、止めなかったんだから」


 クリスの眉は微動だにしない程、無表情を貫いた。

 どちらかが異端審問官だとリチャードは言っていた。その両方に今の様子を見られてしまった。メアリーの顔が真っ青になった。


「ま……隠し事をしてたリチャードも悪い。あとで合流したら聞き出そうぜ。そこのお嬢ちゃんは人間じゃないだろ?」

「他にも何かリチャードが隠してる可能性がある。戦力の把握は重要だ」


 メアリーには、どっちが敵か全くわからなかった。両方敵なのかもしれない。

 せめてあの旅行鞄だけでも、持って逃げないと……と見たのが行けなかった。


「この鞄に大事なものでも入っているのか……なんだ? すげー重い。軽々持ち歩いて、怪力少女だな」

「返してください! 淑女(レディ)の持ち物を勝手に触るのは、礼儀(マナー)違反ですわ」

淑女(レディ)ね……。ん? 黒い磁器性のタイプライター? 変なものが入ってるな」

「キャー! 鞄の中身を開けるなんて変態」


 全力を込めたメアリーの飛び蹴りが、グスタフの頬に決まった。


「見事な蹴りだ」

「痛ってーな……。うっかり落として壊したらどうするんだよ……まったく、本当にお転婆女だな」


 痛そうに頬をさするグスタフから、鞄を取り上げて、メアリーはぷいと顔を背けた。

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