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「ロンドンで食べるより、クロテッドクリームが美味しいですわ。ラズベリージャムと一緒にたっぷり乗せて、ミルクティーとの相性が……最高ですの」

「そりゃそうだよ、お嬢ちゃん。ロンドンと違って、オックスフォードは近くに牧場があるからな。新鮮な牛乳で作る、クロテッドクリームやミルクティーは美味いさ。それにロンドンには牛乳を水で薄めて売る、酷い商売する奴も多いしな」

「まあ……。そうなんですの? 信用できるミルク売りを選ばないといけませんわね」


 いつの間にか意気投合しているグスタフとメアリーを横目に、リチャードはクリスと向かい合ってミルクティーを飲む。

 謎が多い七人会(セブンス)の中で、クリスはもっともよくわからない存在だ。

 感情を露わにする所を見たことがないし、自分の事は一切語らず、全く年をとっていないように見える。

 だから昔からクリスの事が苦手だった。


「カッシーニ先生が、ロンドンで大規模な魔術が行われると言ってたのか」

「ああ……もしそれが本当なら、絶対に阻止しなければいけない。ノースブルックを探ってたベアトリクスが何か掴んだかもしれないし、ベイリー男爵の方は……ミス・ベネットの情報が有効だ」


 エリオットが異端審問官である事。メルヴィンが殺された理由は話さなかった。まだ知らないふりを続けた方が良いと判断したのだ。


「メルヴィンが殺されたのも……その事件と関わりがあるのだろうか? タイミングが良すぎる」


 クリスの指摘に、リチャードは迷った。知っていて知らないふりをしてるのか。知らなくて感が鋭いだけなのか。


「……メルヴィンが残したものも、ベアトリクスも探すとして……僕は地下(アンダーグラウンド)と教会を探そう」

「んじゃ、俺は街中担当で。リチャードは学校が適任だろう? なにせ俺たちの中で唯一、表でもオックスフォードの学生だったんだからさ」

「みなさん、同じ学校だったのでは、ないですの?」

「カッシーニ先生の退魔師(エクソシスト)の授業は、地下で隠れて行われていて、オックスフォードの正規の授業ではないのだよ。僕は表のパブリックスクールにも通っていたし、先生もラテン語教員として教鞭を振るっていたが」


 正規の学生として、名前も出自も明らかになっていたのはリチャードだけだ。

 他のメンバーが退魔師(エクソシスト)の授業がない時間、何をしていたのかリチャードは知らない。


「お嬢ちゃんは俺と一緒に街中を探そうぜ」

「ええ! わたくしは……ミスターと一緒が……」

「オックスフォードの学校は伝統的に、男社会だ。女が立ち入る事を快く思わない人間も多い。地下(アンダーグラウンド)には魔術的な仕掛けもあるかもしれないし、グスタフと街中の捜索が一番安全だ」


 クリスの指摘は正しい。普通の淑女(レディ)であるなら、もっとも安全な街にいるべきなのだ。

 だが……リチャードと離れ、グスタフと一緒に行動させて大丈夫か不安でもある。


「グスタフ……。くれぐれもミス・ベネットに失礼のないように」

「はいはい。お前さんのお姫様に手出しなんてしないよ」


 メアリーは不安な顔でリチャードを見たが、二人に不自然に思われないために、仕方がない。


「それで? メルヴィンの残したものというのは、具体的に何かわかっているのか? もし本や手記だというなら……学校の図書館に紛れ込ませられたら、捜索に何年かかるかもわからないぞ。学校の数だけ図書館があるんだ」

「たぶん……活動記録か手記。だが……一般人に内容を知られるのも不味い。簡単に手に取れる所には置かないだろう。魔術的なトラップと、暗号も仕込まれてる可能性が高い」

「簡単に閲覧できない書庫を中心に、魔術的な気配を頼りにする……という事か。それだけでも厄介だな」


 リチャードは眉根を寄せて、パイプを咥えた。

 もはや精神安定剤は必要ないが、考え事をする時に、パイプを吸う癖は治らなかった。



 学校内の図書館の書庫。本来は関係者以外立ち入り禁止だが、忍び込むことは容易だ。


「魔術的な気配……といっても、ここには普通の魔術書が紛れ込んでいたりする。もう少し手がかりはないか……」


 うっかりパイプを取り出そうとして自粛する。紙の本にまみれた書庫でパイプは厳禁だ。

 メルヴィンは二つの事件に関わっていた。あの事件の元はあの東洋人。


中国人(チャイナマン)……。中国系の書籍に偽装? ベアトリクスのあの手紙のように、ラテン語の暗号の可能性もあるな」


 キリスト教に関連した文献はラテン語も多い。退魔師(エクソシスト)の授業では必須だ。

 リチャードは五感を研ぎ澄ませ、書庫内の魔術の匂いを嗅ぎながら、本棚に並ぶ本の背を一つづつ見て行く。


『やっと余計な引っ付き虫がいなくなった』

『教会も居心地がわるいわよね』

『遊ぼう、遊ぼう、リチャード遊ぼう』


 三角帽子を被った赤毛の小男ピクシーは、本を勝手に浮かせる。

 頭の上を飛び回るシルキーは、シルクの衣をまとった美しい少女。ピクシーが散らかした本を戻している。

 足元にまとわり付くのはケット・シー。猫の癖に二本足で歩く。

 そういえばメアリーと離れ、教会以外の所に長居するのは、久しぶりだった。すっかり忘れていた。


「煩い。今忙しいんだ。邪魔をしないでくれ」


『探し物かい? それなら、俺たちを頼ればいい』

『もちろん、対価はいただきますが』

『遊んでよ。昔みたいに、遊んでよ』


 気づけば書庫内に、もっとたくさんの妖精達の気配を感じた。確かに、探し物をするなら、彼らの力を借りるのが一番だ。

 青い光(ウィルオウィスプ)は温厚だったが、他の妖精たちはどんな悪戯をするかしれたものじゃない。見返りの対価も面倒な事になりそうだ。


「気が進まないが……そうも言っていられないか。よかろう。ルールは他の人間に見つからない事。一番に見つけたものに、功績に見合った対価を与えよう」


 探し物を見つける探索(ハンティング)の遊び。妖精達は喜んでオックスフォードの学内を飛び回った。

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