表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/55

 面会室の鉄格子越しに見て、似ていない姉妹だとリチャードは思った。

 赤毛と菫色(ヴァイオレット)の瞳は同じだが、つり目で見るからに育ちが悪い。狂気的とはいえ、まだ姉の方が淑女(レディ)としての立ち振る舞いができていた。


「ミス、ジュリア・オニールだね」

「あんた……誰だよ」

「リチャード・チェンバー。ベアトリクス……君のお姉さんの友人だ」

「姉貴の……? 本当に?」


 親指の爪を齧りながら、胡乱げな目でリチャードを見上げる。


「お姉さんから君の事を頼まれている。妹を助けてくれと」

「へー。じゃあ、この刑務所から、あたしを出してくれんの?」

「僕が身元引き受け人になれば可能だ。でも……もうしばらく外に出ない方がいい」

「なんでだよ」

「今、ベアトリクスは危険な事件に関わっている。君を巻き込みたくない。だから刑務所の中の方が安全だ」

「姉貴が危険って、どういうことだよ!」


 ジュリアは興奮して、鉄格子を両手で掴んで揺すった。


「お姉さんは僕が助ける。約束する。だから……落ち着いて。警察(ヤード)に僕の友人がいる。上等な独房に、変えてもらうおう」

「あたしは牢屋だろうが、どこだっていいんだよ! それより姉貴は!」

「無事だ。ただ……今ここに来られないだけで」

「嘘臭い……。紳士ぶって、偉そうに……憐れみ? 施し? Shit(糞食らえ)!」


 またジュリアは親指の爪を噛んだ。粗野な野生児で、手がつけられない。ため息をつきそうになって、飲み込む。

 ヘンリーから聞いた話では、ジュリアは何度も屋敷に忍び込んで物を盗む、泥棒の常習犯だ。

 ベアトリクスとは腹違いの妹らしい。ジュリアの母親は商売女だったようだ。


「あんたさ……姉貴に気があるの? 綺麗だし、色っぽいし、男はみーんな姉貴に夢中になるよね」

「ベアトリクスは友人だ。気があるとかそういう事は一切ない」

「どーだか。紳士を気取ったところで、下半身は変わんないっての」


 話が通じない。普段下品な人間と付き合いがないから、どう話をしていいか困る。手を顎に添えて、本気で悩んだ。

 すると突然ジュリアが顔をあげた。


「あんた! それ! そのカフスボタン」

「ああ……これは、ベアトリクスに借りてるものだ」

「姉貴が……貸したのか?」

「ああ……宝物だと言っていたな。冗談かと思ったが……」

「冗談じゃないよ。冗談で人にそれを貸すもんか。それを貸すって事は、姉貴は本気であんたの事……」


 そこで言葉を区切って、食い入るようにリチャードを見る。


「その眼鏡外して、目を見せて」


 赤い唇から舌がちろりと見える。その仕草がベアトリクスを思わせて、ぞくりと恐ろしくなった。

 自分の目が好きではないし、見せたくない。だが……信用してもらわないと話が進まない。渋々眼鏡を外した。


「へー。不思議な目の色だね。青の周りに金色の縁」


 目を凝視されるといたたまれない。思わず足元に視線を落とす。


「似てる……っていえば似てるかもしんないな。あんたのその目。そのカフスボタンの主に。だから姉貴はあんたを好きになったのか」


 ジュリアが不思議と納得して笑う。不意にリチャードは『私はその眼に恋したの』というベアトリクスの言葉を思い出した。


「その……カフスボタンの主は誰なんだ?」

「へー……気になるんだ。妬きもち?」

「違う。これは借り物だ。主に返さなければいけないだろう」

「それは……姉貴に返してあげてくれ。だって……そのカフスボタンをつけてた親父は、もう死んじまったから」


 父親と似た男を好きになる?

 リチャードには笑えない冗談だった。リチャードも、いまだに母親に囚われている。


「姉貴にそのカフスボタン返すってんなら協力するよ」

「約束する」

「じゃあ……これ」


 ジュリアが首から取り出したのは、黒曜石でできたロザリオだった。


「姉貴との連絡は、いつも預かり屋を通してる。それを見せれば姉貴から届いた手紙を読めるよ。何か届いてればね」

「ありがたく、借りておこう。ミス・オニール」


 ジュリアはぶっと吹き出す。


「あたしみたいなあばずれに、最後まで敬語でさ……あんた変わってるね。面白い」

「女性に礼儀を尽くすのは、紳士(ジェントルマン)礼儀(マナー)だ」


 例えどれだけ下品な相手でも、自分の流儀(スタイル)を変える気はない。



 ジュリアから借りたロザリオを見せて、預かり屋から手紙を受け取る。

 預けられたのは、ノースブルックの夜会の直後。おそらくエリオットに会う前だろう。

 エリオットを警戒していたベアトリクスの保険なのかもしれない。その後現れていないという話に、胸騒ぎを覚えた。

 妹への心のこもったメッセージと一緒に、リチャードに届けて欲しいという手紙が一緒に入っていた。

 手紙は暗号になっていて、直ぐに読めない。帰ってからじっくり確認しようと、家路へ急ぐ。

 すっかり日も暮れて、霧のせいで視界が悪い。またジミーに隠れられないように、五感を鋭く研ぎ澄ませた。


「……お、おかえりなさいませ……ミスター」


 メアリーは震えた声で出迎えて、帽子を受け取った。


「何かあったのかね? ミス・ベネット」

「ミスターに……お客様が……」


 嫌な予感がして居間(リビング)に急ぐ。ソファに座って悠然と構えていたのは、鷲鼻の初老の男。


「カッシーニ先生! どうしてここに!」

「ジミーに与えた宿題の答えを聞きにきたのだよ。生徒達の中で、一番真相に近いのは、リチャード。君だろう」

「大人しく答えるとでも?」

「私も君に重要な情報を持ってきたんだがね。……いいのかい? 簡単に追い返してしまって」


 メアリーが困ったように首を傾げていた。メアリーもまた、カッシーニの情報が気になるからこそ、追い返すこともできずに、リチャードを待っていたのだろう。


「太ももを撃ち抜かれた、悪い生徒がいただろう。その後も君の周りを間抜けにうろちょろしてたようだから、昔馴染みに一報入れておいたよ。最近ここに来てなかっただろう? 今頃上司に叱られてるだろうね」


 穏やかに微笑みつつ、酷いことを言う。食えない男だとリチャードは舌を巻いた。


「先生は……教皇から『異端宣告』を受けて破門されたのではないのですか?」

「イエス。しかし……だからといって、ヴァチカン内部に知り合いの一人や二人、いてもおかしくないだろう?」

「では……単刀直入に聞きます。ヴァチカンの退魔師(エクソシスト)が英国に来た理由は? なぜメルヴィンは殺されたのですか?」

「その二つの質問は、講義の後にしよう。その方が理解が早い」


 カッシーニはもったいぶったように、懐からロンドンの地図をだす。

 さらにポケットから、いくつかの石を取り出した。


「そ! それは……心臓の石」

「イエス。レディの目は鋭いね。しばらく化け物狩りを続けて面白いことがわかった。死体から心臓を取り出しても、直ぐに壊れる。生きてても寝込みを襲ってはだめだ。意識があって、強い感情が現れた時に、取り出す方がもっとも大きく輝きを放つ」

「恐怖で震えた人間から、心臓を引きずり出したのですか?」

「手遅れの化け物を殺すのは退魔師(エクソシスト)の仕事だろう? 感情的になるのは減点だ。リチャード」


 取り出した石を地図の上に並べ始める。


「これが切り裂きジャック事件の被害者の住まい。こちらがその後、秘密裏に私が殺した化け物の住まい……」


 並べられてリチャードにもはっきりわかった。


「魔法陣……になっている? だがまだピースが足りない。これだけではなんの陣かわからない」

「そう。あの東洋人はこのロンドンで盛大な魔術を行おうとしている。私はそれを調べに英国に舞い戻った。ロンドンの住人全員が生贄になるような、大魔術は阻止されなければいけない。ヴァチカンも私を追って英国にきて、事件の匂いを嗅ぎつけたのだろう」


 笑みを消して神妙な顔で語るカッシーニの言葉に、リチャードもメアリーも息を飲む。


「さて……欠けたピースを埋めるために、リチャード。君の話を聞こうか。過去の遺恨に囚われている場合ではない」

「貴方が……それを、ココで言いますか?」

「手遅れの化け物を殺すのは退魔師(エクソシスト)の仕事だろう? 感情的になるのは減点だ。リチャード」


 わざとのように同じ言葉を繰り返すカッシーニに、苛立ってリチャードが震える。


「ミスター……」


 メアリーがリチャードの手に手を重ねて、心配そうに見つめる。

 硬く冷たい人形の手。それが心を落ち着かせてくれた。


「ええ……そうですね。たとえ僕の父と母であったものでも、あれは手遅れの化け物だった。だから貴方はこの部屋で二人を殺した」


 メアリーが驚いて口を開ける。声を出さずに、ぎゅっとリチャードの手を握る。

 メアリーに無様な姿を見せたくないと、意地になったら、落ち着いて返事ができた。


「私を恨んでいるかい?」

「ノー。僕の心を乱して、試したいなら無駄です。それはもう僕の中で終わったことだから。まだ手遅れでない事件を解決することを優先すべきだ。僕達は退魔師(エクソシスト)なのだから」


 カッシーニは嬉しそうに笑って、拍手をした。


「ブラーボ。合格だ。リチャード」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ