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The Obliged Gentlemanー妖精紳士と人形少女ー  作者: 斉凛
小休止ーa short breakーⅡ
21/55

後半

 熱が落ち着いて、うつらうつらとリチャードは浅い眠りに沈む。

 くっきりと鮮やかな夢を見た。いつかのメルヴィンとの会話だ。


noble(高貴さは) obligation(義務を負う)七人会(セブンス)の中で、私と君にしか理解できない概念だ」

「エリオットは? 彼はとても善人で、責任感もある」


「彼は優しすぎる、潔癖すぎる。規則(ルール)に囚われ、上の人間に判断を委ね、自らの思考停止をする。だからダメだ。例えば……目の前に飢えに苦しむものがいて、自分の手に来年植えるための種もみしかない。エリオットならどうすると思う?」

「ためらいなく、その種もみを使ってパンを作り、飢えたものに差し出すだろうな」


「そうだ。だが……その為に種もみを失って、翌年麦が取れなくなり、より多くの人間が餓死する。来年の為に、目の前の餓死者を諦める覚悟も必要なんだ」

「弱者を切り捨てるのか?」


「そうではない。種もみを手元に残したまま、飢えたものを救う道が本当にないのか、検証はすべきだ。そしてより多くの弱きものを助ける為に、最善だと判断したら諦める」


 諦めるときっぱりと言い切って、メルヴィンは表情を陰らせた。


「世界で一番、最悪な予想を聞くことを好むのが、英国人さ。悪いと解れば備えられる」

「我慢強く、粘り強く、冷静でタフで、苦境に陥っても、ユーモアに変えてしまう。それが英国紳士か?」


「そうだ。リチャード、常に考えろ、一歩も二歩も先を読め。未来を見据えて、考え抜いた上で、決めるんだ」

「その最善だと判断する基準は何だ?」


「それは人によって違う。エリオットは宗教に答えを求め、ベアトリクスは鋭い直感を信じ、ジミーは仲間に相談し、グスタフは利に聡い、クリスは……彼の考えはわからないな。違う考えの人間が意見をぶつけ合って議論するのが我が国の伝統(トラディショナル)だ」

「メルヴィン。君の基準は何だ?」


 その時、彼は皮肉(シニカル)な笑みを浮かべた。


女王(クイーン)さ。昔から、英国は女の尻に敷かれるのが伝統(トラディショナル)だ」

「違いない。この英国に、女に勝てる男はいない」


 メルヴィン特有の自虐ユーモアだと、リチャードは解釈し笑った。

 思い返すとリチャードは笑えない。リチャードは昔も今も、女の尻に敷かれる伝統(トラディショナル)に、悩まされ続けているのだから。



 メアリーはバーバラに料理を教わりつつ、リチャードの回復を待っていた。半日以上寝込んで、やっとリチャードの熱が引いてホッとする。

 あまりにバーバラが優しくニコニコと、受け入れてくれるので、メアリーは何だか申し訳なくなった。

 自分は化け物だから、リチャードの妻になることなどできはしないのに、期待させてしまっただろうかと。

 だから勇気を振り絞って手袋を外した。


「すみません。わたくし……わたくし……人間じゃな……」

「人間だよ。優しい女の子だ。体がどんなに不思議でも、心はちゃんと人間だ。初めて見た時からわかった。お嬢ちゃんが優しい子だから、坊やは信じてここに連れてきたんだよ」


 バーバラの優しい言葉に、メアリーは緊張の糸が解けたように、ポロポロと泣き出した。

 そしてそのまま、寝てしまう。あどけない寝顔は、普通の子供にしか見えない。



 リチャードが目を覚まし、声が出せる程に体力が回復した。バーバラは栄養たっぷりのスープを作って、食べさせた。

 懐かしい味に、リチャードの顔も自然と柔らかくなる。


「最近、鎮静剤を取りに来なくなったね。あの子のおかげかい?」

「そう……ですね。ミス・ベネットが側にいる時は、余計な物を見なくて済む」

「それは良い事だ。きっと私よりずっと強いんだろうね。あたしじゃあ、坊やの足手まといだ。人質にならないように、隠れるしかできない」

お祖母様(グランマ)のおかげで、怪我をしても生き残れる。足手まといじゃありません」


 温かいスープの匂いが漂って、リチャードの体に染み渡る。


「この前、坊やの友達……ヘンリーがうちにきたよ。坊やと連絡が取れない。心配だ。何か知らないかって、真っ青な顔をして。せめて生きてる事だけでも、教えておあげ。坊やの大切な友達なんだろう?」


 リチャードは顔をしかめて、ポツリ、ポツリと弱音をこぼす。


「でも……ヘンリーは普通の人間で、危険な事件に関わらせたくないんです」

「彼は普通の人間でも警察(ヤード)だ。命がけで仕事をする覚悟はあるんだよ。坊や。お前さんは、一人で抱え込みすぎだ。せめて友達くらいは信頼して、頼ってあげなさい」


 肩をバシンと叩かれて、リチャードは観念したように頷いた。



 丸一日静養して、リチャードは大怪我から嘘のように回復した。傷は塞がり、顔色が良くなって、毒も貧血も吹き飛んだ。


「凄いですわね……人ってこんなに回復力があるものかしら?」

「あたしの治療……もあるが、坊やの体は特別なのさ。まあ、あたしにしか治せないがね。念のため、解毒薬、解熱剤、貧血の薬もいれておくよ」


 ニコニコと笑うバーバラを見て、リチャードは神妙な顔で、ためらいがちに言葉を紡ぐ。


お祖母様(グランマ)。お願いがあります。もう鎮静剤は必要ありませんが、以前いただいた退魔の薬を多めにもらえませんか? それと対人(・・)で効果的な物を」


 バーバラは眉を跳ね上げて、ため息をついた。目が憂いを帯びて行く。


「また……戦いに行くんだね」

「ええ。事件はまだ解決していない。それに……友人と約束をしたので。助ける(・・・)と」

「その友達は女の子かい?」

「……ええ……困ってる女性と子供には親切にしなさいと、お祖母様(グランマ)が教えてくださったことです」

「そうだね。坊やは優しいね」


 バーバラの言葉に含まれた、揶揄いの色に、リチャードは苦笑を浮かべた。


「一つだけ約束しておくれ、絶対生きて帰ること、生きてさえいれば、あたしが絶対に直してあげるから」

「約束します」

「わたくしも、ミスターを守りますわ」

「頼もしいお嬢ちゃんだね。坊やを任せたよ」


 笑顔の老婆に見送られ、家路に向かう。街中を歩いていたら、唐突にリチャードは立ち止まった。


「アフタヌーンの時間だ。喫茶店(ティールーム)に寄って行こう。口直しにミルクティーが飲みたい。あの人の薬は良く効くが、味は最悪だ」

「わたくしもお菓子が食べたいですわ」


 問題は山積みで、危険だらけ。でも……二人は束の間の休息を満喫した。

 メアリーはアフタヌーンティープレンドのミルクティーとヴィクトリアンサンドイッチ。

 リチャードはアールグレイのミルクティーとキューカンバーサンドイッチ。

 紅茶を飲みつつ、Times(新聞)を読む。新聞を騒がすような事件はないようだ。だが新聞に乗らない、闇の世界の事件がロンドンで今も起こっているだろう。


「ミスター。この後、どうしますか?」

「一度家に帰ってから、調べに行きたいところがある。ベアトリクスが無事に逃げだせたかも気になるな。彼女はノースブルックの何かを掴んでいたようだ」

「そうですわね。ドレスの約束を果たしてもらわないと」


 ドレスに目を輝かせるメアリーを見ながら、ベアトリクスと交わした約束を思い出す。


「ベアトリクスとの約束を守る為には、ヘンリーと会わないわけにはいけないな」


 約束は必ず守る。それが紳士(ジェントルマン)として当然の義務だ。


 小休止ーa short breakーⅡ END

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