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The Obliged Gentlemanー妖精紳士と人形少女ー  作者: 斉凛
小休止ーa short breakーⅡ
20/55

前編

 霧の街ロンドン。

 夜明け前から起きて働き始める人々に気づかれぬよう、メアリーは声を殺して廃屋に篭っていた。

 眠るリチャードの顔を覗き込み、震える。

 怪我人の看病などした事がない。医者の伝手もない。子供が大人の男を抱えて歩き回るのも異常だ。屋敷に帰えることも考えたが、例の三流退魔師(エクソシスト)が現れたら、リチャードが危ないかもしれない。


 メアリーの心は罪悪感で一杯で、何度も心の中でリチャードに謝った。

 そして祈った。どうか無事に目覚めますようにと。


 リチャードの瞼がピクリと動き、思わずメアリーは手を握りしめた。


「ミス……ベネット? ないて……」


 掠れたリチャードの声に、初めてメアリーは自分が泣いている事に気が付いた。

 まだ涙を流せる人間なのかと嬉しくなる。


「ミスターには治療が必要だと思います。どなたか医師の心当たりはございますか?」

「……ああ。いつもパイプの薬をもらっている医師がいる」

「ああ、あのパイプの。ミスターの体質もご存知のかかりつけのお医者様ですわね」


 リチャードは深呼吸をして、自力で起き上がろうとする。慌ててメアリーが支えた。

 廃屋の外をそっと覗いて、様子を伺う。


「ここは……ロンドンか。都合が良い。あそこに近そうだ。ミス・ベネット。先に帰っていてくれたまえ」

「何を言ってるのですか? ミスター。そのお体で一人で歩くつもりですか?」

「ああ……目的地までそう遠くない。一人でも大丈夫だ」

「いけません」


 リチャードは苛立たしげに、壁をとんとんと叩く。


「ついてきてほしくない」

「どうしてですか!! ……もしかして、また女性とか?」


 そこでメアリーが唇を尖らせて、ツンと横を向いた。

 リチャードには、なぜメアリーが拗ねているのかわからない。


「ミス・ベネット。君が何故不機嫌なのかはわからないが、たぶん君の懸念は、はずれている」

「疚ましい事がないなら、どうしてついて行ってはいけないのですか!」

「声が大きい。耳が痛い」


 弱った体に、音が響き、リチャードが呻く。

 メアリーは慌てて謝った。


「失礼、ミスター。でもやはりその様子で、一人にはできませんわ。絶対についていきますの」


 リチャードは迷ったが、メアリーが本気で心配している気持ちが伝わってきたので、諦めることにした。



 ロンドンの外れ、路地裏の小道をぐねぐね曲がった奥。特別な所など無いような、小さな家の扉の前に立つ。リチャードはとても緊張した顔をしていた。

 これほど余裕がない姿を、メアリーは初めて見る。


 トン、トン。ト、トン。トン、ト、ト、トン。

 不思議なリズムのノックをしたら、ガチャリと扉が開いた。出てきたのはシワの深い老婆。


「まあ……坊や。またこんなに怪我をして。随分やんちゃをしてきたのね」

「……」

「なんだって? 謝るときはしっかり声をお出し」

「すみません……お祖母様(グランマ)

お祖母様(グランマ)!」


 思わずメアリーは声をあげてしまった。老婆の視線がメアリーに移る。


「おや……可愛らしいお客さんだ。リチャードが女の子を連れてくるのを初めてみたよ。とうとう嫁を……」

「違います!」


 思わず大きな声を出して、咳き込んで崩れ落ちる。慌てて老婆とメアリーの二人で、リチャードを抱えて部屋に入った。


「初めまして……メアリー・ベネットですの」

「礼儀正しいお嬢さんだね。私はバーバラ・チェンバー。坊やをここまで連れて来てくれてありがとうね」


 ニコニコと嬉しそうに、両手でメアリーの手を包み込んで握手。そのままバーバラはリチャードの服に手をかけて、脱がそうとする。


お祖母様(グランマ)! ストップ」

「何を今更恥ずかしがってるんだい? 服を脱ぐくらい。坊やのおしめだって、変えたんだよ」

淑女(レディ)がいますから」

「わ、わたくしは、見ませんわ」


 メアリーが背を向けたのでホッとしたのか、そのままリチャードはベットに倒れ込んだ。

 リチャードの傷口を消毒し、塗り薬と、湿布をして包帯を巻く。リチャードの下まぶたをぐいと下に引っ張り、白い眼球の色を観察した。


「貧血と、毒……案外睡眠はしっかり取れていたようだね」


 丸い鉄鍋に、お湯を沸かして、歌いながら、草や、干物を入れていく。


The(トネリ) ash(コの) grove(こだち) how(なんと) graceful(おくゆかしく) how(かざり) plainly(のない) 'tis speaking,(ものいいよ) 

The(なん) harp(じが) through(かなでる) it playing(ハープが) has(わた) language(しにかたり) for(かけ) me()

Whenever(えだ) the() light() through(こぼ) its branches(るひか) is breaking(りが) 

A() host() of() kind() faces(わた) is() gazing(をみつ) on() me()


 バーバラの歌う歌をメアリーは知らなかったが、とても優しく部屋の中に響いた。

 メアリーは何もできないのが歯がゆくて、リチャードとバーバラの間を、行ったりきたりオロオロと。

 あまりに落ち着かない様子に、リチャードは苦笑した。


お祖母様(グランマ)はドルイダスだ。普通の医者とは違う」

「ドルイダス! 確か……ケルト人の司祭ですわね」

「もう……化石みたいなもんだけどねぇ。英国はもうずっと長いこと、クリスチャンの国。今では世界に名だたる大英帝国さ」

お祖母様(グランマ)は近代的なドルイダスではないですか?」


 リチャードの言葉に嬉しそうにバーバラが笑う。


「そうそう。長く生きてると面白い事が色々あるね。細菌という小さな生物がいて、これが傷口が膿む原因なんだとさ。悪い呪いが降り懸からぬようにと、必死に拝んでいたのにさぁ」


 そう言いながら、鍋でドロドロになった薬湯をビーカーに入れ、ガラスの試験管から数滴液体を入れる。


「また実験(・・)ですか?」

「そうそう。坊やの体は特別だからね。近代の薬を色々試せる」

「実験?」

化学(サイエンス)魔術(オカルト)の融合だよ」


 受け取ったビーカーに口をつけ、リチャードは顔をしかめる。相当不味いのは表情だけでわかった。それでも文句を言わずに最後まで飲みきり、またベットに倒れ込んだ。


「後は一日寝るだけだ。さて……待ってる間に、お茶でも飲もうかお嬢さん」

「は……はい」

「坊やの子供の頃の話をしようか?」

「是非、聞きたいですわ!」


 メアリーの勢いのよさに、辞めてくれとリチャードは言いたかったが、体が熱を帯びてきて、声を出す力が出ない。バーバラはそっとリチャードの額に触れ、にっこり微笑んだ。


「ちゃんと熱が出てるね。悪い毒を体の外に追い出して、体を一気に治すんだ。しっかり熱が出ないといけない」


 どんどん上がる熱のせいで、眠れないのに、声も出せず。リチャードはうつらうつらしながら、バーバラとメアリーの話を聞いていた。


妖精(フェアリー)死霊(ゴースト)が見える坊やの力。あれはきっと私譲りだね」

「ミセスにも見えるのですか?」

「坊や程ではないけど、見えるね。あたしの爺さんや婆さんの世代に遡っても、坊やほど強い力を持った人はいなかったよ」


 それまで楽しそうに話をしてたのに、急に表情が陰る。


「坊やの母親……嫁はね。ドルイダスなんて化石、信じたくなかったんだよ。坊やが妖精(フェアリー)死霊(ゴースト)が見えるって言い出したら、真っ青になっちまって。必死に『取り替え子(チェンジリング)だ。医学的な病気で、教育次第で大人になったら治る』と言い続けてたよ」


 ハーブを混ぜたミルクティーは、独特の味がしたが、メアリーはそれが嫌ではなかった。干した果物と木ノ実という、質素なおやつをつまみつつ、黙って話を聞き続ける。


「あたしもいけなかったんだよ。坊やにドルイドの伝承を、口伝で教えてしまったからね。坊やはあたしと母親。二人の板挟みのまま育ってしまった。見えるのに、聞こえるのに、何もわからないふりをして、英国紳士(ジェントルマン)になるんだって、背伸びして……可哀想に」

「わたくしはミスターが紳士(ジェントルマン)で、とても優しくて、嬉しかったですの。ミスターの優しさは、お祖母様とお母様。お二人の愛のおかげではありませんか?」


 メアリーの言葉に、バーバラは顔がクシャクシャになるくらいに笑って、目を潤ませた。


「優しい良い子に育ってくれて、嬉しいねぇ」

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