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 リチャードが意識を取り戻した時、カビ臭い匂いがした。明かり取りの窓一つなく暗い。

 起き上がろうとして、できなかった。縄で手足が縛られている。刺された背中もズキリと傷んだが、同時に止血されている事にも気づいた。

 ゾクゾクするほど体が震えるのは、出血の為だけではない。恐らく蠱毒の毒だろう。

 どうやらどこかに監禁されている様だ。それでも手当をしているという事は、まだリチャードを生かしておく必要があったのだ。

 部屋の中を確認したかったが、夜目をこらすのも疲れる。


「……青い光(ウィルオウィスプ)いるなら、灯を照らしてくれないか?」


 リチャードの囁きに応じる様に、青い光がふわりと部屋の中に現れた。

 真っ暗な部屋を照らすには、十分に明るい光だ。おかげで、よく状況がわかった。石造りの壁に、扉が一つと、天井に小さな通風孔。

 恐らく地下室で、扉に鍵がかかっている。近くに死臭を感じない。気を失った場所から離れているのだろう。

 もしあの場所から引き離されたとしたら……メアリーにも居場所がわからないかもしれない。不味い。

 ──そう思った時、突然通風孔が、カンと音を立てた。

 目を向けると、女の手がにょきりと生えてくる。


「ミス・ベネット?」


 いや、違う。よく見れば、人形の手ではなく、普通の女の手だ。

 手はズブズブと通風孔から伸びてきて、腕の次は頭が出てきた。


「ベアトリクス!」


 リチャードは驚きのあまり、心臓が止まるかと思った。

 明らかにベアトリクスの体には、小さすぎる通風孔なのに、ぬるりと這い寄って抜け出る姿が、蛇の様に気味が悪い。全身が通風孔から抜け出ると、ぴたりと体に沿った、乗馬服姿のベアトリクスが現れた。着替えまで用意してたとは思わなかった。


「生きてたわね。リチャード」

「助けに来てくれたのか?」

「生きてるか確認しにきたの。死んでたら……その素敵な眼だけ、もらって帰ろうかと思ってたわ」


 ぞわりと産毛が逆立った。今身動きが取れない。このまま目玉をくり抜かれるのではないか……。

 ベアトリクスがナイフを取り出して、その刃を舐めて、こちらを見ている。


「良い表情だわぁ……。その怯えた表情。昔から大好きだったの」


 深く深呼吸をして、怯える心をねじ伏せた。


「ベアトリクス。お前に目玉をくれてやるくらいなら、火あぶりにされる方がマシだ」

素晴らしい(エクセレント)。この状況でも、そんな強がりを言えるなんて」

 

 ふふふと笑いつつ、そっとナイフで……縄を切り落とした。


「安心してちょうだい。あの子に助けて欲しいって頼まれたから。殺さないわ。貴方が死んだら、眼をもらいに行くけど」

「そう言われると、簡単に死にたくなくなるな」


 強がって笑ってみたが、声を出すのも辛い。

 手足が自由になったから、立ち上がろうとしたがふらつく。


「……解毒薬を持っていないか? 毒を口にしたようだ」

「解毒薬は持ってないけど……聖水ならあるわ」

「助かった」


 小瓶を受け取って、喉に流し込む、身体中が清められていく感じがした。

 まだ手足に痺れがあるが、なんとか立ち上がって歩けそうだ。


「あの狭い通風孔をよく通り抜けたな。ミス・ベネットに任せればよかったのに」

「確かに……お嬢さんの方が体は小さいけど、通風孔の中って案外複雑で、慣れないと途中で引っかかるものよ」

「ベアトリクスは慣れてるのか?」

「ええ……警察(ヤード)の資料室に簡単に忍びこめるくらい」


 何度も深呼吸を繰り返したら、やっと頭が回って来た。

 どんな組み技(グラップリング)を仕掛けてもすり抜け、打撃技を吸収し、狭い通風孔に潜る込める。

 驚異的な柔軟性。それがベアトリクスの武器なのだろう。


「それにね……私じゃないと、居場所がわからなかったのよ。私があげたカフスボタン身につけててくれて嬉しいわ」

「やはり……探知か。変な感触がしてた」

「やっぱり気づいてたのね。でも役に立ったでしょ」


 壁に手をついてゆっくりと、歩き始める。ベアトリクスが手を貸そうとしたが断った。


「もしも……敵が現れたら。僕を捨てて逃げられるように、両手を開けておいた方がいい」

「捨てて逃げたら、何の為に助けたのかもわからないじゃない。馬鹿ね」


 苦笑して、そのまま二人は並んで歩いた。リチャードの速度に合わせる為に、酷く遅い。


「大量の子供を使った人体実験。骨で骨を、ボーンチャイナで骸骨(スケルトン)を作る。ノースブルックは外道なようだな」

「そうみたいね。私もノースブルックから、興味深い話を聞けたわ」

「リーの事か? ヤツと会った。蠱毒とかいう、気持ち悪い蟲を袖に飼ってた」

「それも興味深いけど……私は別の事」

「それは何だ?」

「ちょっと確認したい事があるから、次に会う時に」


 階段を登ると息が上がった。背中の痛みが酷くなるが、堪えて登る。


「どうして……僕を助けた? ミス・ベネットに頼まれたから……なんて生易しい理由でもないだろう」

「貴方を愛してるから……って言っても信じてくれないわよね。出会ったばかりの、あのお嬢さんの方が信用できるなんて……本当に妬いちゃうわ」


 リチャードの様子を確認しつつ、周囲の気配を探るベアトリクス。笑みを決してポツポツと昔話を始めた。


「初めて出会った頃の事、覚えてる? 六人の中でリチャードが一番優しくて、紳士的だった」


 そう言われて思い出した。ベアトリクスが最初から、こんな狂気的な人間だったわけではない事を。

 出会った頃の七人は、皆が疑心暗鬼で、よそよそしくて、ぎこちなかった。

 それでも……最初は女性だからと、優しく接しようとしたかもしれない。女性を尊重し優しくするのが紳士だ。


「嬉しくて、もっと貴方の事が知りたくなって、先生の個人授業を、こっそり覗き見た事があるの。通風孔に潜り込んで。先生は言ってたわね。貴方の力の源はその眼にあるって。それを聞いた時、その眼が欲しいって思ったわ。妖精(フェアリー)が見える眼が」


 昔カッシーニが、リチャードの異能について、研究・分析した。最初に目をつけたのが、リチャードの眼だ。

 青い瞳の縁に光る金。人に見られる事を嫌って、伊達眼鏡で隠していた瞳。


「でも……貴方の目玉をくり抜いて手に入れた所で、貴方の能力が手に入るわけじゃないって、後から知った。それに……その力で苦しんでる貴方を見ていたら、異能を持つのも考えものだと思ったわ」

「じゃあ……何でいまだに僕の眼にこだわる」

「その眼が欲しい、欲しいって……じっと見てたら、私はその眼に恋したの」


 まさかと否定し、冷笑しようとしたら、ベアトリクスの眼が潤んでる事に気が付いた。バツが悪いように、俯いてリチャードの胸に顔を埋める。

 思わず立ち止まった。壁に寄りかかって、黙ってベアトリクスの返事を待つ。

 こんな事をしてる余裕はない、とにかく逃げなければと理性は告げているが、同時にベアトリクスが本音を吐き出していると感じて動けなくなった。


「人をまっすぐに見る礼儀正しさ、毅然と自分を律しようとする強さ、それでいて見えない何かに怯える繊細さ。貴方の眼差しは、強くて、脆くて、他者に優しくて、自分に厳しくて……誰よりも雄弁だった」


 かすかに聞こえたベアトリクスの声は、助けてと言ってるように聞こえた。ジャケットを強く握りしめ子供のように震えてる。

 今まさに、リチャードがベアトリクスに助けられているのに、逆さまで不思議な気分だ。

 ベアトリクスが顔をあげて背伸びをした、リチャードの耳元で小さく囁く。それを聞いて頷いた。


「わかった助ける。だから……泣くのは辞めてくれ」

「ありがとう……七人会(セブンス)で唯一信用できるのは貴方だけなの」


 胸ポケットに残っていたハンカチーフを差し出したら、ベアトリクスはそれを受け取って、目元に当てた。

 それから一歩づつまた階段を無言で登る。だが今度は、リチャードはベアトリクスの肩を借りていた。

 肩を預けるくらい、信用したという証だった。



 地上階にたどり着いた所で、ベアトリクスが窓から光る石を投げる。そしてリチャードの腕を引いた。

 ドカン! 唐突に外側の壁がぶち壊され、メアリーが飛び込んでくる。


「無事だったのですわね。ミスター……ごめんなさい……わたくし、心配で、心配で……」


 今にも泣き出しそうなほど、慌てた姿のメアリーを落ち着かせたくて……メアリーの頭を撫でた。

 女性に勝手に触れるのも、子供扱いするのも、作法(マナー)に反するとわかっていたが、それでも今はそうすべきだと思った。


「あまり無事……とは言えないかもしれないが、大丈夫だ。まだ生きてる」


 その言葉にホッとメアリーの表情がやわらいだ。

 傷口に手を当てると、また傷が開いたのか、ぬるりとした感触がした。貧血で目眩がする。でも……紳士たるもの痩せ我慢も必要だ。


「私が時間を稼ぐから、お嬢さん。リチャードをよろしく」

「……わかりましたですの。またドレスを作ってくださる約束、守ってくださいませね」


 いつの間にか息がぴったりあった女性陣の様子に、リチャードが困惑してると、メアリーが背に手を当てた。


「失礼いたしますですわ。ミスター」


 軽々とメアリーがリチャードを抱え上げる。お姫様抱っこで。


「なっ! 何をする、降ろしてくれたまえ」

「ノーですわ。そんなふらふらとした足取りで、逃げだせると思いません」

「だが断る。淑女(レディ)にこんな風に抱えられるなんて、屈辱だ」


 少女にお姫様抱っこされる成人紳士。ありえないと、リチャードが暴れる。


「本当に……困ったお姫様(プリンセス)よね。私たちの紳士(ジェントルマン)は」


 ベアトリクスが苦笑いを浮かべて、リチャードの毒虫に焼かれた頬を舐めた。その舌遣いに思わずぞっとして口を開けた時、唇と唇が重なり、何かを流し込まれたと悟る。

 目の前で繰り広げられたキスシーンに、メアリーの顔は赤く染まり、目が丸くなった。


「解毒薬は持ってなかったけど、睡眠薬は持ってたの。good night(おやすみなさい)、リチャード」


 リチャードは限界を超えて瞼を閉じた。意識を失う瞬間、ベアトリクスの顔を思い出す。

 涙目で助けてと言った彼女の姿を。



 七人の学徒 END

 NEXT 小休止ーa short breakーⅡ

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