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二人はこっそりと舞踏会の部屋から出て、使用人に気づかれぬように慎重に歩く。リチャードは迷うことなく、下へ下へ向かった。
「既に検討がついているのですわね。流石ミスター」
「死霊達の遠吠えが煩い。死臭もするし……この気配。ベイリー男爵の屋敷でも感じた」
その言葉にメアリーはビクッと身を震わせる。嫌なことを思い出したのかもしれない。
地下の廊下でリチャードはピタリと足を止める。壁をこんこんとノックした。
「壁の向こうに空洞がある。おそらく隠し部屋があるのだろう」
隠し部屋への入り口を探るように、壁に触れていた時、リチャードは唐突に上を向いた。
「不味い。誰か来る。おそらく……この気配は普通の使用人だと思うが」
「ミスター。わたくしが時間を稼ぎますわ」
「ミス・ベネット。それは危険だ。もし正体が知られたら……」
「no problemですの。子供が迷ったふりをしておけば、普通の人間なら誤魔化せますわ。後から追いつきますので、お先にどうぞ」
迷っている時間はない。リチャードは頷いて、再び隠し扉の場所を探し始めた。
メアリーが離れた途端、青白い光の球が浮遊して、壁に備え付けられた、一つの燭台の上に乗る。青い光・妖精の一種だ。
「それが鍵か。たまには妖精も役に立つ」
燭台を捻ると、かすかに音を立てて、壁の一部が開いた。
慎重に中に入る。さらに濃い死臭が漂い、思わず眉間にシワがよった。ふわりと漂う青い光に照らされて、床が見える。
血で刻まれた魔法陣。その中心には白骨死体がある。骨の大きさ的に子供である事は容易にわかった。
「綺麗に白骨になるほど古い? いや……そうではないな。これは……」
嫌な予感がして、リチャードは咄嗟に後ろに跳ぶ。白骨死体が急に起き上がったのだ。
「骸骨か。流石、化け物屋敷だ」
気づくと部屋の隅々から、次々に骸骨が起き上がる。
リチャードは手に持った杖を骸骨に叩きつけた。鈍い音がしたが、砕けた感触は無い。
「まるで、ミス・ベネットのような硬さ……まさかあのボーンチャイナと同じ素材か?」
だとしたら霊銃より銀が有効だ。そう判断し、フロックコートの下から、銀のナイフを取り出し両手に持つ。
銃の弾丸では、骸骨の骨の隙間を通り抜ける可能性が高い。
片足に重心を置いて溜めを作り、バネのように一気に跳ね、すれ違いざまにナイフを叩きつける。パリンと良い音がして骨が砕けた。
「やはり、銀が有効か……しかし、こう数が多いと骨が折れるな」
次々と襲い来る骸骨の攻撃を、踊りのように躱しつつ、銀のナイフを振るう。眼鏡の奥のリチャードの瞳が光った。
部屋の奥の扉に嫌なものが見えたのだ。そちらに向かって、銀のナイフを構えて突撃し、力づくで押し進む。攻撃を躱しきれずに、殴られて、思わず舌打ちをした。
「コートが台無しだ。気に入ってたんだがな」
しゃがみこんでから、奥へと転がり進む。扉の前まで来て、リチャードは悪寒を感じた。
開けてはいけない。という感覚はあったが、同時にそれこそが探し求めていたものだろうという直感もあった。
メアリーを待つべきか、一瞬悩んだが、どれくらい時間がかかるかもわからない。
両手のナイフを手放さず、扉を蹴ってこじ開けた。
ガタン! 大きな音を立てて扉を開け飛び込む。直後に強烈に頭を殴られたような感覚に襲われて、眩暈がした。
とっさに扉を閉めて、部屋の中を見渡す。
何も無い。だが、リチャードには見えた、聞こえた。たくさんの子供の叫びが、嘆きが、ここで何が行われていたか。
「生きた子供を実験材料に、骸骨作りか……吐き気がするほど畜生だ」
あまりに強い残留思念に、ぎゅっと目をつぶって、五感を遮断する。
銀のナイフを逆手に持って、人差し指を立て、指先に青い光の光を纏い、宙に紋を描く。踊る様に踏むステップは、円を描く。
「Good night, sleep tight, Wake up bright In the morning light To do what's right With all your might.」
リチャードの声は子守唄の様に優しく、光と共に揺らめいて、嘆きの声が弱まっていく。
そっと目を開けると、安らかに眠りについて、天へと登っていく子供達の残像が見えた。
それに気を取られたせいで気づかなかった。リチャードの背後に人間が迫っていたのを。
気づいた時には、遅すぎた。
ずぶり。背中側から胴体に、刃物が突き刺さった感触がする。振り向くと、そこにいたのは、あの東洋人だ。
間近に見えた細い瞳の奥に、黒々とした光が滾る。眉も唇も仮面のように強張っているのに、その瞳は燃える炎のように激しい。
「……リー・チュンミン」
名を読んだら、一瞬男の表情が変わった。その隙にリチャードは体から刃物を引きぬいて、距離をとる。血がどくどくと流れるが、気にしていられない。
『久しぶりだな』
リチャードが片言の中国語を口にすると、リーの眉が跳ね上がった。
『メイが……連れてきた、英国人』
『メイ? ミス・ベネットの事か? 彼女なら上にいる』
弾かれたようにリーは、顔を上にあげた。その隙をついて、リチャードは飛びつく。床に押さえつけて、刃物を取り上げた。もみ合ううちに、間近に見えた、首に双頭龍の刺青。
一瞬リチャードは刺青に目を奪われた。その隙をつき、リーはリチャードの腹に蹴りを入れる。
『薄汚い英国人が、私に触るな!』
蹴りの衝撃で、刺された傷の痛みが響き、思わず手を緩める。リーがリチャードの拘束から逃れ、這いずって逃げ出した。
リチャードが追いかけようと立ち上がったところで、リーが両腕を振るう。東洋らしいゆったりとした袖から、気味が悪い蟲が這い出て来た。
蟲をリチャードは左手のナイフで叩き切ったが、ジュワーっと音を立ててナイフが溶ける匂いがした。
慌ててリチャードはリーから離れて思い出した。
マクレガーに取り付いた蠱毒の蟲。あれには霊銃が効いた。溶けたナイフを投げ捨てて、左手に真鍮のリボルバーを取り出す。
銃から放たれた青い光が蟲を焼く。右手のナイフを構え、リーへ向かって飛び込もうとした時だった。
後ろから骸骨に組み付かれた。咄嗟にナイフを振り下ろそうとするが、さらに他の骸骨が足に取り付いて、ひっかけられ体勢を崩す。
胴の傷の痛みで、体勢を整えることもできず床に倒れ、起き上がろうとしても、骸骨に踏みつけられる。すぐ側までやってきたリーが、リチャードの顎を掴んで、蟲をねじ込もうとして来る。必死に歯を食いしばって抵抗したが、蟲の毒がリチャードの頬を焼いた。
「……メイハ……ドウシテル……」
「彼女は淑女だ。踊りをし、甘い菓子を食べて喜んでいる」
訛りの強い英語に、傲岸不遜な笑みを浮かべて綺麗な発音の英国英語で返す。
必死に抵抗しながら見上げると、リーの黒い瞳から炎が消え、深い闇のように静かになった。
「……メイガ……レディ……」
「……!!」
蟲を口に押し付けられ、声にならない悲鳴をあげ、リチャードは意識を手放した。