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カッシーニが鍛え上げた七人の生徒。英国国教会内部で、最も優秀な退魔師達は、七人会と呼ばれていた。
皮肉屋のリチャード。潔癖すぎるエリオット。狂気的なベアトリクス。軽薄なグスタフ。陰気なジミー。謎だらけのクリス。……そして、完璧と呼ばれたメルヴィン。
曲者揃いの六人が一目置いたメルヴィン。彼らの代表で、筆頭と呼ばれた男が殺された。それは残された六人に大きな意味があった。
学友を失ったという感傷的な話ではない。最も強い男を殺す存在が、この英国にいるという、その恐怖である。
リチャード達は円卓に輪になって座る。リチャードの両脇にベアトリクスとエリオット。正面にクリスでその両脇がグスタフとジミー。
本来であれば、この場を仕切るはずの男はもういない。リチャードは一番冷静なクリスへ問いかける。
「メルヴィンを殺した相手の、検討はついてるのか?」
「ヴァチカンから来た退魔師のようだ。だが……何も情報は掴めていない」
「カッシーニ先生か?」
「ノー。カッシーニ先生は既にローマ教皇から『異端宣告』を受けて破門されている。カトリックではない」
「なぜ、カトリックだと言い切れる?」
「メルヴィンの死体の第一発見者は僕だ。カトリック式の退魔術の傷跡がいくつも残っていた。ご丁寧にカトリック式の追悼の聖句まであった。あれは熱心なカトリック信者だ」
淡々と語った後に、クリスは感情のこもらない瞳で、じっとリチャードを見つめた。
「リチャード。君はカッシーニ先生にこだわっているようだが……もしかして会ったのか?」
「ああ……今追ってる事件の最中に。あの切り裂きジャック事件は、先生の犯行だ」
「まさか! なんで!」
慌てたグスタフを宥めるように、事の敬意を説明する。
メアリーがベイリー男爵の娘で、屍人であることだけは伏せて。
「リチャードの前に現れた……その間抜けな三流退魔師。それって本命から遠ざける為の牽制なのかしら?」
「ベアトリクス。どうしてそう思う?」
「もし……秘密裏に何かをしようとするなら、一番厄介なのはリチャードの五感よ。一番強いのはメルヴィンであっても、強さだけなら、相手に分があったということでしょう?」
「なるほどね。先生がそっちに現れたって事は、リチャードの追ってる事件と、メルヴィンを殺した退魔師はどこかで繋がっているのかな」
グスタフの言葉に全員が小さく頷いた。まったくの無関係とは思えない。
「……ノースブルック子爵」
ポツリと呟いたジミーの言葉を待つように、皆が固唾を呑む。
「……以前より積極的に舞踏会を開いて、多くの人が集まってると……噂になってる。今までのように、階級で選り好みをしない節操のなさが、不自然だ……と」
「やはりそこが糸口か」
リチャードの本来の用事も、ノースブルック子爵への伝手を得る為だったが、話を聞く限り、以前より接触しやすそうである。
「僕が舞踏会に潜り込んで探ってみる」
「なら……リチャードと一緒に、私も行くわ」
「なぜついてくる」
「だって……。女連れの方が相手の警戒心も薄れるだろうし、色仕掛けが上手く行くこともあるかもしれないじゃない。それとも……その協力者の女の子を連れて行く方がいいのかしら?」
リチャードはとっさに思考を巡らせて、メアリーよりベアトリクスと一緒の方が良いだろうと判断した。
メアリーの化けの皮が剥がれるリスクは避けたい。
「わかった。よろしく頼む。他は……どうする?」
エリオットが控えめに手をあげた。
「私は英国国教会内部を調べてみる。もしヴァチカンの退魔師の仕業と確定されれば、下手をしたらカトリックとの戦争だ。内部の動きを用心しておいた方がいい」
この中で表向きも、英国国教会の聖職者なのは、エリオットだけだったので、適任だと皆が納得した。
クリスが口を開く。
「僕は……メルヴィンの殺された場所やその周囲を、もう一度当たってみようと思う」
「それなら俺もついて行く。一人より二人。違う角度で検証した方が、新しい発見もあるかもしれないし……それに」
そこでグスタフが言葉を止めて、神妙な顔で言った。
「メルヴィンを殺した犯人が、俺達より強いなら、単独行動は危険だ」
それこそが最も注意すべき事だった。
「……俺も……危ないから隠れて……色々噂を探ってみる……それで、時々、エリオットに……会いに、行く」
「ジミーなら大丈夫そうだな」
ジミーは背を丸めたまま、コクリと頷いた。大男で目立ちそうな外見に反して、この中で最も隠密行動を得意とするのがジミーだった。
「私が教会内部にいる間は、人目につくから下手に手出ししづらいだろう。皆、何か新しい事がわかったら、私に知らせてくれれば、他の皆に伝わるようにとりはからう。それでいいかな?」
エリオットがそう締めくくって相談は終わった。
「リチャード。舞踏会のエスコート楽しみにしてるわ」
「遊びに行くわけじゃないんだが」
ベアトリクスの存在にうんざりだという表情を浮かべたら、リチャードにしがみついて、耳元で囁いた。
「協力者の女の子って……何か訳ありなんじゃない?」
エリオットにちらりと流し目をするその姿に、微かに動揺して声を潜める。
「その話はまた今度」
「ええ……そうね。二人だけでゆっくりと……」
ベアトリクスが、赤い唇を舌なめずりすると、リチャードの背筋がぞわりと震えた。それを楽しそうに笑って去って行く。
その様子を苦笑しながらエリオットは見ていた。
「昔からだけど……二人は不思議な関係だね。リチャードはベアトリクスが大嫌いで、ベアトリクスは逆に大好き。どうしてなのかな?」
リチャードが忌々しげに口をへの字に曲げた。
「昔あの女が僕に迫ってきた時、なんと言ったと思う?」
そう言いながら、リチャードは眼鏡を外した。青い瞳の縁が金に輝く。
「『貴方の眼球を舐めてみたい』だそうだ……。気色悪くてムカムカする」
「リチャードには女難の相がありそうだよね」
否定できずに苦虫を噛んだような表情になる。
母親は執念深かったし、ベアトリクスの狂気的な愛も恐ろしい。さらに……最近もう一つ頭痛の種が増えている。
「そういう君が……女の子を協力者にするなんて、珍しいね。どんな子なのかな?」
エリオットは世間話をするように、柔らかく微笑みつつ問いかけた。
「我儘で引っ掻き回すお転婆だ。仕事の面では優秀だが」
「それはまた大変そうだ。あ、そうだ。その子はお菓子好きかな?」
「ああ。好きだ」
「信徒から色々もらってね。食べきれないから、よかったら持って帰らないかい?」
「ありがたく、いただこう」
エリオットと共に、司祭用の住居に戻る。五感を研ぎ澄ませ、他のメンバーが全員帰った事を確認してから問いかけた。
「エリオット。メルヴィンが殺された事について、僕の懸念を君だけに言っておこう」
「何かな?」
「犯人が本当にヴァチカンかわからないし、仮にそうだったとしても、協力者がいるかもしれない。内部に」
「それは……七人会の中にという事だね。それは注意すべき事だと私も思う。だが……どうして私にそれを言うのかな? 私の事は疑わないのかい?」
「君は嘘が嫌いだ。裏切りが嫌いだ。誰よりも潔癖だから」
エリオットは笑う。朗らかに、楽しげに。
「私を信じてくれるのは嬉しいよ。私もリチャードを信じている」
その信頼を裏切った時、この天使のような男がどんな顔を見せるのか。リチャードは想像できなかった。