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The Obliged Gentlemanー妖精紳士と人形少女ー  作者: 斉凛
小休止ーa short breakー
12/55

後編

「それにしても……ミスターは絵がお上手なんですね。とてもリアルですわ」

「私の特技の一つだ。人相書きが描けると、人探しにも便利だから学んだ」

「なるほど。それは素晴らしい特技ですわね」


 メアリーが感心したように頷いた所で、リチャードは問い返した。


「今度は君の話も聞かせてもらいたいものだね。例えば……」


 何を最初に聞くか考えて、一番恐ろしいことから聞くことにした。


「君の鞄はやけに重いが、何を持ち歩いてるのかね? また死体を持ち歩いてるなら、早く捨ててきて欲しいんだが」

「死体……とも言えるのかしら? 捨てるわけにも行きませんが。ミスターの役にもたちますし」


 鞄からおもむろに取り出したのは、黒いタイプライター。


「黒……というのは珍しいな。しかも金属ではなく磁器だ。使い物になるのか?」

「試しに文字を打ってみてくださいませ」


 メアリーが紙をセットして、指で指し示す。リチャードは文字盤を押そうとして、顔をしかめた。


「随分と硬く重い」

「もっと強く押してくださいませ」


 磁器を壊すのではないかと恐れていたが、思い切って力づくで文字盤を押し込む。

 カタ……タイプの音が一音、鳴り響き、同時にリチャードの背筋が凍った。


「今……悲鳴が聞こえた気がしたのだが、気のせいだろうか?」

「流石ミスター。お耳がよろしい。これはベイリー男爵の灰を使ったボーンチャイナ。中に魂の石も入っています。記憶も苦痛も感情も生き続けた石が。この文字盤を叩くと、悲鳴が出るほど痛いようですわね」


 メアリーは涼しい顔でタイプライターの前に座り、軽やかなタッチでタイプを打ち始める。


「家で雇っていた磁器職人の正体を、知ってる事は全て話してくださいませ。話すまで打ち続けますわよ」


 リチャードは思わず耳を塞ぎたくなるのを必死に堪えた。メアリーの手が止まったのに、まだタイプがカタカタと文字を打ち続ける。今度は悲鳴は聞こえない。


「あの男の記憶の一部が残っているので、上手く情報を引き出せれば、有用ですわ」

「……それは拷問じゃないかね?」

「これに人権があるとでも?」


 生前の行いを思えば、同情の余地は一切ないし、確かに便利ではある。


「……今後これを使う時は、私の居ないところでしてくれ」


 リチャードの良すぎる耳で、悲鳴を聞き続けるのは耐え難い。

 それに自分が押すのに苦労したものを、あんなに軽やかに押し続ける、メアリーの力も恐ろしい。

 涼しい顔で元父親に拷問する、残虐な少女の絵面が、とても気分が悪かった。


「あの東洋人は知り合いじゃなかったのか?」

「ベイリー男爵に雇われた磁器職人なのは知ってましたが、詳しい事は知りません。あの事件の後に、一度会って、このタイプの製作を頼んだ時以来、消息がわからなかったのですが……まさか呪術使いとは思いもよりませんでしたの」


 メアリーの言葉に嘘は無いように見えた。しかし何かを隠してる気配も感じた。

 だがリチャードは深く追求しなかった。隠し事をしてるのはお互い様であり、腹を探られたくなければ、余計な事を聞かないに限る。


 タイピングの音が終わった時には、実に見事な報告書ができあがっていた。

 東洋人の名前は、リー・チュンミン。特別な磁器を作ることができる職人として、ノースブルック子爵から紹介された。磁器を作るのに必要だと言われた材料を全て用意して、後の製作は任せただけ。それ以上の事は知らないと書かれている。


「ノースブルック子爵?」

「ご存知ですの?」

「噂を聞いた程度で直接会った事はない。成り上がり嫌いの偏屈な老人だ。僕のような存在は気に食わんだろうね」

「あら……ミスターはとても紳士的なのに」

「母は生粋の貴族だが、父は中産階級の成り上がりだ。純血の貴族でないと、あの老人は近づくことさえ嫌がるだろう」


 成金の商人との政略結婚に、不満を持っていた母だからこそ、子供に不必要な程に紳士的である事を求めた。


「どなたか……そのノースブルック子爵が気に入りそうなご友人はいらっしゃいませんの? そうだ。あの警察(ヤード)の方!」

「ヘンリーか。確かに彼は育ちが良い。きっとあの老人も気にいるだろう。だが……」


 カッシーニと別れたあの夜以降、ぴたりと切り裂きジャック事件は止まり、犯人不明のまま事件は迷宮入りした。

 カッシーニがやり方を変えて、死体を隠しただけだとは思うが、彼の言うことが正しければ退魔師(エクソシスト)として、必要な仕事をしているだけだ。

 

 リチャードはカッシーニと会った事を言わなかったし、ヘンリーも事件について何も語らなかった。

 言わなくても何となく相手の考えがわかる。それくらいリチャードとヘンリーの付き合いは長い。顔を合わせてしまえば、話さないわけにもいかない。

 それは気が進まない。


「後ろぐらい人間なら、警察(ヤード)を警戒するだろう。ヘンリーには向いてない」

「それもそうですわね。他にはいらっしゃいませんの?」

「……いない事はない。気が進まないが……」


 リチャードは顔を顰めて、ため息をこぼした。


「手配しておく。しばらく休暇だ」



 その後二人で夕食を食べに行き、帰ってきてから、暖炉の前でリチャードは食後のスコッチを楽しんでいた。


「ミスター。寝る前に一つ聞いてもよろしいかしら?」

「質問にもよる」

「今日一日一緒にいましたが、パイプをお吸いにならなかったですわね。わたくしがお邪魔でした?」


 指摘されて初めて気がついた。いつもなら無意識のうちに咥えているというのに。


「あれは気分的に落ち着かせる薬のようなものだ。今日は必要なかった」

「薬……もしかして麻薬?」

「違う。知り合いの医者に調合を任せた、鎮静剤とハーブの混合だ」


 その人が麻薬に値する物質を、混ぜている可能性もあるが、それは言わなかった。


「五感が鋭すぎるというのは、酷く精神を削られる。見たくもないもの、聞きたくもないものが、勝手に入ってくるんだ。考え事をする時も集中できない。パイプを吸ってる間はそれが落ち着く」

「ミスターも大変なのですわね……」


 気遣わしげな表情を浮かべて、メアリーはそっと自分の部屋に向かった。

 グラスに入ったスコッチの水面を見つめながら、じっと考えた。

 毎日騒がしい妖精(フェアリー)や低級な死霊(ゴースト)達が、メアリーと共にいる間は近寄りもしなかった。

 メアリーという化け物を恐れているのだろう。

 より面倒な屍人(ゾンビ)の世話を見なければいけないのは苛だたしいが、それでもまだ人間らしさのあるメアリーの方がマシかもしれない。


「静かな夜だ」


 メアリーがいる間は、この家の夜は今までよりずっと、静寂が続くのだろう。

 それが、少しだけ居心地が良いとリチャードは思ってしまった。


 小休止ーa short breakー END

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