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The Obliged Gentlemanー妖精紳士と人形少女ー  作者: 斉凛
小休止ーa short breakー
11/55

前編

「おはようございます。ミスター」


 朝目覚めた時、聞き馴染みのある声が聞こえ、リチャードは一気に眠気が飛んで跳ね起きた。

 ベット脇にメアリーがニコニコと立っている。


「何故ここにいる! 家に招いた覚えもないし、鍵もかかって……」

「随分厳重な邸宅ですわよね。窓は鉄格子だらけ。お陰で骨が折れました」


 屋根裏部屋の窓を、力づくで開けて忍び込んだと聞き、リチャードは絶句した。


「君は淑女(レディ)じゃなかったのかね? 屋根の上に登って、力づくで窓をこじ開ける淑女(レディ)がどこにいるんだい?」

「ミスターのお屋敷を見てみたかったのに、入れてくださらないんですもの」

「……女性を家に連れ込むなど、紳士ではない」


 本音は屍人(ゾンビ)を家に入れたくないだったが、それを言ったらメアリーが癇癪を起こすのは目に見えていた。


「それにしても……紳士を自称する割には、掃除が行き届いていませんわね。身だしなみは整ってるのに、家は埃だらけ」


 メアリーが指摘するように、屋敷の中の使われていない場所は埃まみれだ。

 物が乱雑に置かれてるわけではなく、整理整頓はしっかりされているが、分厚い埃が溜まっているところが多い。

 普段からよく使う部分だけ、かろうじて掃除をされている。


「仕方がないだろう。仕事で家を開けることも多いし、この家は広い。一人で手入れするにも限界があるんだ」

家政婦(メイド)を雇えばよろしいのでは?」

退魔師(エクソシスト)なんて、化け物に恨まれる仕事をしてるから、物騒なんだ。雇った家政婦(メイド)が死体になるのは、寝覚めが悪い」


 メアリーは手袋をつけた指を顎において、小首を傾げて少し悩んだ。


「それでしたら……わたくしが家政婦(メイド)になれば、この家に住み込めて、掃除もできてKilling two birds(一石) with one(二鳥) stone」

「ダメだ!」

「どうしてですか? わたくしなら化け物は怖くありませんの」


 当然だ、化け物なのだから、という言葉をリチャードは飲み込んだ。


「上流階級の淑女(レディ)が、家政婦(メイド)なんて下働きをするものかね?」

「本当は嫌ですけど……住処がないよりずっと良いですから。廃屋や物置に隠れ潜むのはもううんざりですの。清潔なベットの上で眠りたいですわ」


 屍人(ゾンビ)のメアリーには眠りも、食事も、本来は必要ない。それでも人間らしくいたいから、人間的な生活をしたがる。

 年端も行かぬ小娘に振り回されるのは癪に触るが、リチャードは説得を諦めた。


「……わかった。好きにすれば良い。空いてる部屋ならどこでも自由に使ってくれたまえ。ただし……一つ条件がある」

「何でしょう?」

「私の部屋に許可なく入るな。入る前にノックをするのは、淑女(レディ)礼儀作法(マナー)ではないのかね?」

「あら……そうですわね。失礼」


 丁寧にお辞儀をして、メアリーは出ていく。

 見た目は可憐な少女、中身は屍人(ゾンビ)。華奢に見えて、力はリチャード以上なのは確実。化け物扱いをすれば、怒って何をしでかすかもわからない。

 リチャードは大きくため息をつき、この先の生活を考えて、憂鬱な気分になった。



 お嬢様育ちのはずだが、メアリーは案外家政婦(メイド)としても優秀だった。半日で主だった所が綺麗に掃除されてしまった。

 リチャードも清潔な家で過ごす方がずっと気持ちは良い。だから多少の感謝の気持ちは湧いてきた。だが……しかし。


「まだまだ終わりませんが、初日ですし、この程度で休憩させていただきますわ。ミスター。アフタヌーンティーに行きましょう」

「断る。今日はまだ家でゆっくりしたい。紅茶の茶葉ならキッチンにあるし、昨日買ったパンがまだ食べられる」

「お菓子が食べたいですの」

「ああ……もう。そんな恨みがましく睨まないでくれたまえ」


 メアリーが唇を突き出して、頬を膨らませて怒り出す。

 リチャードは心底面倒だという顔のまま、厨房(キッチン)の棚から、一つの缶を取り出した。


「何かの試供品で配ってた飴だ。私は菓子は食べないから、残っていたが、多分まだ食べられる」


 埃にまみれた缶だったが、缶のデザインの可愛らしさと、カラフルに着色された飴が気に入ったようで、メアリーの機嫌が治った。

 飴玉を口の中で転がしつつ、メアリーは呟いた。


「そういえば……ミスター。聞きたいことがあるのですが」

「これ以上何を話せと?」

「大切な話ですの。ミスターの力について。今後の戦闘も考えると、互いの戦力を把握するのは、重要ではないでしょうか?」


 メアリーの言葉にも一理あった。リチャードとしても、メアリーに聞きたい事は色々ある。


「超常的な五感というのは、どんなものですの?」

「通常の人間より、何倍も五感が鋭い。匙加減次第で多少は調整できるが、今も集中すればこの家の前を通る人間の気配、話してる声、身につけている香水はわかる」

「犬みたいに便利ですわね」


 リチャードは、パンっと机を叩いて睨んだ。あまりの怒気にメアリーが震えた。


「犬と私を同列に扱うなど……最大の侮辱だ。口を慎みたまえ、ミス・ベネット」

「申し訳ございません。ミスター」


 メアリーが深く反省している様子だったので、リチャードはそれ以上追求しなかった。

 元々自分の異能が好きではない上に、リチャードには高い矜持(プライド)がある。だからこの力について人に話すのが嫌だった。


「……あの……もう一つだけ……」

「まだ何かあるのかね?」

「見える、聞こえる……というのは、霊的な、魔術的なものも?」

死霊(ゴースト)を見たり、声を聞いたり、死臭もわかる。うんざりするほど不愉快だから、仕事の時以外はできるだけ遮断したい」

「なるほど……初めてお会いした時に、わたくしの死臭がわかったのも、その力ですわね。ミスター以外の方に、死臭がするなどと言われた事はありませんでしたので、不思議だったのですわ」


 乙女らしくメアリーは自分の匂いが気になっていた。リチャードにしか死臭がわからないと知って、ほっと胸を撫で下ろす。

 それからやっと気が付いたとばかりに、パッと顔をあげて、上目遣いでじっと見つめる。


妖精(フェアリー)に愛された男……。ミスターの異名の一つですわよね。もしかして妖精(フェアリー)も見えるのですか?」


 夢見る乙女のようにキラキラ輝く瞳で、じっとリチャードを見つめる。そこまで期待されると……その期待を裏切りたくなった。

 ペンをインク壺に入れて、紙の上を走らせる。軽やかに描かれるのは……とても醜悪な男の顔をした小人だった。


「ブラウニー。屋敷に住み着く妖精(フェアリー)だ」

妖精(フェアリー)がこんなに醜いなんて……がっかりですわ」

「今もここにいる。ほら……君の肩に……」

「ええ!!」


 メアリーが飛び上がって、慌てて肩を手で振り払う。


「嘘だ。見慣れぬ人間(・・)の気配を恐れて、隠れてる」

「そ……そうですか。ミスターは本当にお人が悪いですわね」


 本当はメアリーの化け物としての気配を恐れているのだが、余計な事は言わない。

 本当はもっと美しい妖精もいるのだが、メアリーを喜ばせるような事は言わない。

 振り回されてばかりだったから、少しだけ気分がすっとした。

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