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 メアリーの叫びに、リチャードは頭を殴られたような衝撃を受けた。平静を取り戻したリチャードの脳内は高速回転し、そしてある答えを導き出した。

 怯えも悲しみも消えた、傲岸不遜な紳士の顔でカッシーニを真っ直ぐに見る。


「ベイリー男爵を操り、化け物になるよう協力したのは、貴方ですか?」

「それはあり得ない」

「では、質問を変えましょう。今ロンドンで起こってる切り裂きジャック事件。あの犯人は貴方ですね」

「馬鹿な。何を根拠に」


 咄嗟に感情を露わにしたカッシーニは、まるで図星を刺されたようだった。


「切り裂きジャックの犯行は、とても綺麗に死体を切り裂いて、心臓だけを正確に抜き取っていた。医学的知識のある人間の犯行です。先生も医学的知識を持ってますよね」

「専門外だ。初歩的なレベルでしかない」

「貴方がミス・ベネットを欲しがる理由。それはマクレガーから石を取り出した、その技にあるのではないですか? 人間の心臓に宿る石。体が死んでも、記憶も苦痛も感情も生き続ける……賢者の石に繋がる禁断の魔術。それが欲しかった。だから人を殺した」


 リチャードの鋭い糾弾に、カッシーニの瞳から、笑顔が完全に消えた。暗い暗い闇のように濁る。


「そうだ……確かに切り裂きジャックは私だ。だが、アレは殺されなければいけなかったのだよ。何故なら既に人間でなくなりかけたから」


 その言葉に、一瞬リチャードは目を見開いて、息を飲む。


「何者かがロンドン中に仕掛けた呪術で、化け物となりかけた人間だった。彼らは人間に戻れず変質し、放置すれば化け物になって人を襲う。その前に心臓の石を取り出すのは、人を救う退魔師(エクソシスト)の仕事だ」

「それなら何故、警察(ヤード)が気づくように、死体を放置したのですか? 我々退魔師(エクソシスト)は、徹底的に痕跡を消し、事件を闇に葬らなければいけない。貴方がかつて僕に教えた事だ」


 カッシーニは沈黙を貫く事で、それ以上探られまいと抵抗する。

 そこに一石を投じたのはメアリーだった。


「ミスター・チェンバー。貴方の友人は警察(ヤード)の人間でしたわよね」


 その言葉でやっとリチャードは真相に辿り着いた。


「ヘンリーは切り裂きジャックの犯人は人間だと断言した。ヘンリーの恐ろしい感で、貴方の犯行ではないかと疑ったんだ。そして僕を事件から遠ざけようとした。彼は僕が貴方と接触する事を恐れていた。それが貴方の狙いだった」


 その言葉に観念したかのように、カッシーニは大きくため息をつく。

 真相を暴かれたというのに、酷く冷静だった。鷲鼻の先を指先で撫で、目を瞑る。


「ヘンリーの感と、君の退魔師(エクソシスト)としての能力。それが私の目標を阻止したことが、昔あったね。だから引き離したかった。でも……私の計算を狂わせた存在はそこのレディだ。君さえいなければ完璧だったのに……残念だ」


 カッシーニは皮肉げ(シニカル)な笑みを浮かべた。


「完敗だ。レディの機転に免じて、今回は大人しく引きさがろう。君たちがあの東洋人を追うなら、いずれまた会うだろう」

「待て!」


 カッシーニは突然駆け出した。リチャードはとっさに追おうとしたが、霧の中で、唐突にその存在が消えた。


「この霧は、あの人の魔術か」


 リチャードの感を狂わせ、自分の痕跡を消す秘術。それに気づいてリチャードは追う事を諦めた。

 メアリーが静かに淡々と語りかける。


「ミスター。貴方が紳士であろうとする気持ちが少しわかった気がしますわ。自分を化け物だと認めたくない、人間だ。そう示したかったのでしょう?」


 息子の異能を恐れた母、英国紳士にふさわしい大人になれ、そう言い続けた言葉は、呪いのようにリチャードを縛り続ける。


「違う。僕は誇り高き生粋の英国紳士だ」


 そう断言する言葉は、リチャードの本心のように見えた。だからメアリーはそっと目を外して見なかったことにする。


 戦いが終わって、リチャードは緊張の糸を緩めた。途端に体が鉛のように重くなる。

 メアリーも酷く疲れた顔をしていて、その体は小刻みに震えていた。リチャードは自分のコートを差し出す。


「ミスター……?」

「ミス・ベネット。今回は君に助けられた。これは貸しだ」


 メアリーはコートを受け取って、こっそり微笑む。青白かった頬が、赤みを帯びた。

 リチャードはそれに気づいてないように、遠くを眺めて口を開く。


「カッシーニについていけば、僕よりずっと安全だった。あの人の頭の良さ。ヴァチカンすらだしぬく退魔師(エクソシスト)としての経験値。さらに君の力を引き上げ導くこともできたのに、何故断ったんだい?」


 メアリーはぷいっと顔をそらして唇を尖らせる。


「あの男はわたくしを化け物と呼んだんですもの。失礼だわ」


 その言葉の後、リチャードをちらりと見る。


「ミスターも、わたくしを化け物だと思っているのでしょう?」

「そ、それは……」

「でも決して私を化け物とは言わなかった。いつだってミス・ベネットと呼んだ。それが貴方の流儀(スタイル)で、上辺だけ紳士的な振る舞いをしてるのは、わかってますわ」


 それでも……そう呟いて、とびきりの笑顔を浮かべた。


「それでも私を淑女(レディ)として、人間として扱ってくれた。そんな変人、世界中を探しても、貴方くらいだわ」


 メアリーの言葉は完全にリチャードの予想外で、クククと笑い声が漏れた。


「では……レディ。君が体を冷やさぬうちに、帰ろう(・・・)か。温かいミルクティーは英国人に必要不可欠だろう」

「ヴィクトリアンサンドイッチも用意してくださいませ」

「この時間に無理だ。明日、またアフタヌーンの時間に」


 東洋人の呪術師は逃走し、カッシーニの狙いはまだ不透明。ヴァチカンの退魔師(エクソシスト)もまだ生きている。何も問題は解決していない。

 それでも、今日の事件は大きくリチャードとメアリーの関係を変えた。

 紳士(レディース)()淑女(ジェントルマン)の戦いはこれからだ。


 異端の退魔師 END

 NEXT 小休止ーa short breakー

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