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22話


 メアリスの朗読は続く。しかも内容は悶えるほどの恥ずかしさに満ちた恋のポエムとまさに黒歴史そのものだ。それだけでなく、時々混じる無駄に洗練された詩的表現が黒歴史っぷりをさらに際立たせる。


「おいメアリス! そのひどいポエムを今すぐ止めろ!」


「お父さんに対して失礼ね。ひどいのは否定しないけど」


「知った事か! というか父のものならなおさら聞きたくない! そもそもなぜそんなことをする必要がある?! まさかそうやって召喚するよう先代魔王は言ってたのか?」


「まさか。そんなのこっちからお断り」


「ではなぜだ?」


 メアリスは気まずそうに視線をそらす。何か後ろめたいことがなければこんなことはまずしない。しばらく奇妙な間が生まれようやくメアリスが口を開くと――


「……れたの」


「は? なんだって?」


「召喚方法を忘れたの!! だってとっても昔の事だししょうがないじゃない!!」


 全員の顔に理解不能と書かれた。メアリスは言い訳を続けるが、すぐにそれが無意味だと悟り「恥ずかしい思いをさせれば彼の方から出てくるの。……多分」と語尾を弱め再び朗読を再開した。


「本当に出てくるのですかねえ……? まあ吾輩なら嫌すぎて出てくると思いますが」


「もし出てきても余計に恥ずかしいだけだろ。ん? でも待て、出てこないと朗読がずっと続くのか……」


「うわぁ……。吾輩、死ぬ前の身辺整理の大事さを今とても学んでますよ」


「奇遇だな。私も同じだ」


 とても馬鹿馬鹿しく内容もさることながら、果たしてこんなことで先代魔王が召喚できるのか。ウール達は疑いの目をメアリスに向けたまま恥ずかしい恋のポエムを聞き流す。


 すると――



「――……うう」



 聞きなれない低く優しい男性の声がどこかから聞こえた。メアリスは確信めいた含み笑いをすると更に声を張って朗読を続ける。


 そして次のページをめくろうとした時だった。


「うわあああああああ!!!! ひどいじゃないかひどいじゃないか!! なんてことしてくれてるんだ!!!!」


 突如、黒の手記から大声が響き渡りまばゆいばかりの光が解き放たれた。手記はたちまちメアリスの手から飛んで抜け出しテーブルの上にドサッと落ちる。すると信じられないことに手記の中から一人の男性が飛び出してきた。


「……まさか本当に出てくるとは」


 ウールが呆れた目で見ている男性はパッと背丈ぐらいが人間であとは全く人間とは異なっていた。


 上に向かって生える黒々とした二本の角に後ろに流した燃えるような赤髪。学者のような丸眼鏡をかけているがその下には赤く染まった鋭い目を覗かせ肌は毒々しい紫色だ。


 そして黒と赤のコントラストが見事な禍々しい鎧の上に白くふかふかとした毛皮のマントを羽織っている。それが彼――先代魔王ベルゴーニアに威圧感を与え彼が大きく恐ろしい存在であることを知らしめている。


 しかしそれは見た目だけの話だ。


「メアリス!! なんでこんな大勢の前で僕の日記を読んだんだ?!!」


「召喚方法を忘れたから」


「忘れたって君……。たしかにあの時は色々大変だったよ? でも忘れるなんてあんまりじゃないか! メモくらいしておいてよ!」


「でも召喚できたからいいじゃない?」


「結果論じゃないか! 少しは悪いと思ってよまったく……」


 ベルゴーニアは出たばかりだというのにもう疲れきった様子で体を小さくし、渋々と眼鏡の位置を直す。あまりの情けなさ、そしてメアリスにいいようにされているベルゴーニアにウールは思わず本当に父親なのか訊ねてしまった。


「……ウール?」


 テーブルの上に立っている彼はしばらく呆然としたままウールを見ていた。何度も口を開こうとし、ようやくの思いで近くに来るよう言う。ウールはおとなしく従った。


「よかった……。生きててよかった……」


 涙を目にためるベルゴーニアにウールは戸惑いを隠せなかった。そんなウールに対し彼はゆっくりと手を伸ばし頬を触ろうとした。



 だが彼の手はスゥッ……っとウールの体を通り抜けるだけだった。



 顔にもの悲しさを浮かべるベルゴーニア。しかしすぐ精一杯の微笑みを浮かべ、何の感触も残っていない手を彼は何度も握っては開くを繰り返していた。


「……こうやって会えて嬉しいよウール」


「あ、ああ……。そうか。それならいいんだ」


 微妙な空気が流れ、それを払拭するようにウールは咳ばらいをすると真剣な表情を作った。それは感動の再開には似合わないものだった。


「それでメアリスから聞いたのだが、お前は危機を打開できるほどの術を知っているのだろ? ならさっさと教えてくれないか?」


「え? 一体どういう――」


「おいウール!」


 ずっと黙っていたレオが我先に飛び出しウールを無理矢理自分の方へと向かせた。彼は怒っていた。


「父親なんだろ?! なのにいきなり力をよこせって……。焦る気持ちは分かるけどさ、いくら何でもあんまりだ!」


「しかし父親といっても私にはこいつに関する記憶がない。だからこいつが何と言おうが私にとっては赤の他人みたいなものだ。親だと思えと言われても到底無理な話だ」


「そ、そうだけど……。でもさ!」


「いいんだ」


 ベルゴーニアはレオに落ち着くよう口調を強めて言った。レオは弱弱しい声で謝るとベルゴーニアは安心したようにレオに微笑みかけふう……と肩を落とした。


「何となく大変なのは分かったよ。でもねウール、時には建前も必要だよ? 例えそう思っていなくてもね」


「なんだ? 親の説教か?」


「違うよ。同じ()()としてのアドバイスだ。こんな機会は滅多にないと思うよ?」


 冗談っぽく言うベルゴーニアにウールは少し吹き出し強張っていた表情が柔らかくなる。そして非礼を詫びると話をするよう彼に言った。


「その前に今の現状について話してくれるかな? うーん、見たところ人間もいるようだね。魔族と人間がこうして共にいるのは嬉しいけど、どうやら平和ってわけではなさそうだ」


 ウールは今が戦争中であり、自分達の生み出した魔獣によって危機に直面していることを話した。それだけでなくウールが力を失ってから今に至るまで、敵が彼女の力を行使し魔物の一部を使役していることも。


 話が一通り済むとベルゴーニアは複雑な心境を表すような微妙な顔で虚空を見上げる。


「そうか……。結局争っているのか」


 その言葉にはのしかかるような重みがあった。誰も彼に口を出すことができない。それはウールも同じだ。


「…………分かった。力を与えるよ。でも悪用はやめてね、って僕は自分の娘に何言ってるんだろう」


「お前甘すぎるぞ。むしろそのくらい言わないでどうする」


「ハハッ……。生きてた頃にも似たような事をリンネによく言われたよ。今でも覚えてるよ。『あなたは皆に優しいしそういう所も私は好き。でもあなたはウールに対してはちょっと優しすぎるんじゃない?』ってね」


 気恥ずかしそうにしている彼をウールは居心地悪そうに睨んでいた。ただでさえベルゴーニアのポエムで恥ずかしく思ったのに、親の惚気を聞くなどもっと恥ずかしいのだ。


「あーもうそういうのいいからさっさと力をくれ。そもそもどんな力をくれる気だ?」


「どんなって言われたら困るな。うーん、能力を一時的だけど飛躍的に高める魔法、かな? 実を言うと僕は魔法が得意じゃなくてね。これくらいしか打開できそうなものを持ち合わせていないんだ」


「いやそれでも十分だ。そうだ、ならそれを私だけでなく皆にも――」


「それはできない」


 きっぱりと断るベルゴーニアに疑問を覚えたウールはすぐに聞き返した。


「これは凄まじい潜在能力や相応しい才能が必要なんだ。だから合わない者が決して使っていいものではない。下手すると一度使っただけで体が耐えられず魔力にのまれてしまう」


 ウールはそれを聞きふとリリーの方をちらりと見た。先代魔王は罪の意識を持ったその視線を見逃さなかった。彼はリリーを分析するような目で眺め、おおよそ見当がついた様子をみせる。


「そうだね……。この中だと」


 そう言いながら彼は広間にいるウール達を見渡す。そしてレオに目がとまると「彼くらいかな?」と指さした。


 これには誰もが驚き、言われたレオ本人が一番驚きを示していた。レオは謙遜ではなく本気で自分は無理だと言いながらなぜ長老達でないのかを訊ねる。しかしベルゴーニアは首を横に振り「彼らではダメだ」というだけだった。


「らしくないぞ少年。何のために今まで鍛練を重ねてきた?」


 セドがレオを慰めるように背中を何度も叩く。その親しさに疑問を持ったベルゴーニアは二人がどういう関係かを聞いた。そしてレオが人間であり勇者であることを知ると表情を不自然なほどに曇らせる。


「あの、何か悪いことでも……?」


「まあ魔王からすれば勇者なんていいものではないな。私もかつてはそうだったからな。大体自分を殺したやつだぞ? 良い印象を持つ方がおかしい。そうだろ?」


「普通ならそうなんだけど……ん? ていうか僕ってイダに殺されたことになってるの? 一体誰がそんな間違った歴史を……って彼しかいないか」


 ベルゴーニアは勝手に一人で納得しているがウール達は訳が分からない様子だ。これまで知ってる歴史、それも人と魔族が対立関係になってしまった勇者物語を当事者本人が否定していてメアリスも彼に同情しているからだ。


「のう先代魔王や、早く過去の事実とやらを教えてはくれぬか? わしは早う知りたくてさっきからずっとうずうずしておるんじゃ」


「そ、そうなんだ……。というわけでウール、このご老人が先に話をしてくれって言ってるけど魔法はその後でも構わないかい?」


「はあ……スタークめ。まあいいだろう。ただし! 肝心の魔法を教えずに消えるなんて馬鹿な真似はするなよ? そんなことをしてみろ、一生恨むからな?」


「分かってるよ。まったく、あんなに穏やかでやさしく可愛かったウールに脅される日が来るなんて思わなかったよ」


「おいこら。そんな風に言うな」


「ああごめん。今もとっても可愛いよ」


「だからそうじゃない! ってああもういい! さっさと話せ!!」


 顔を赤くしているウールを不思議そうに眺めていたベルゴーニアは勇者物語の真実を語りだした。

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