7話
「あなたは魔王様です。ですがやはり……。私が愛する魔王様ではありません」
「ご主人様……何を仰っているのです? 私を愛しているのではないのですか?」
「愛しています。ですがあなたにではありません。私が愛する魔王様はいつも偉そうにしていて口も素行もよろしくない。ですがそうやって隠さず私達と向き合い、そしてどんな状況でも皆の前に立って引っ張るお方。そんなひたむきに、どん欲に頑張る魔王様を私は愛しているのです」
一筋の涙が窓からウールの頬を伝う。呆然としているウールは自らの胸の内を確かめるように胸に手を置いた。何か聞きたいことがあるかのように何度も口を開くが嗚咽で言葉がでてこない。
するとリリーはウールの涙を指ですくい、そっと抱きしめた。
「今の魔王様も可愛らしく優しさがあり、そして一生懸命で私は好きです。ですが……真に愛する方ではありません」
包み込むかのような抱擁。陽だまりのように優しいリリーの声。ウールはこらえきれなくなり彼女の胸に顔をうずめたまま泣き出した。
「魔王様。もし望めるのなら、あなたがもとに戻った時にもう一度愛を確かめさせてください。もう一度、私の言葉で伝えさせてくれませんか」
リリーは目を閉じウールの頭をなでる。ウールは消え入るような声で「うん……うん……」と涙を流しながらゆっくり目を閉じる。
その時、ウールのメイド服が淡い光を放ちだした。それは輝きを増し続け、やがて服は眩いばかりに包まれる。そして部屋中に光が解き放たれると服はどこかへ消えてしまった。
リリーは手に肌の温もりを覚え目をゆっくり開けた。そこにはまるで生まれた時の姿のように肌を露わにしたウールがいた。窓から差し込む月明かりに照らされるあるがままの体。羞恥さえ忘れリリーは思わず見惚れてしまう。
しかし。
ドン!!
扉が突然開いたかと思うとスタークを先頭に長老たちとシャーロット、そしてレオとベルムがなだれ込んできた。二人は何事かと思いベッドの上で身を寄せあったまま彼らを見る。
「ようやく見つかったわい。いや~これほど手こずらせるとは、やっぱり昔のわしは天才じゃのう」
「天災の間違いじゃないのか?」
「もう! 冗談はいいからさっさとウールをもとに――」
だがシャーロット達は「あ……」と声を揃えた。ベッドの上にいる二人、しかもウールは裸だ。どう見てもこれからことを始めようとしているようにしか見えない。目の前の光景が拒否する間も与えず気まずそうにしている彼らの脳裏に焼き付いた。
「え、なんではだ――」
唯一状況が理解できずにいたレオの目をシャーロットは顔を真っ赤にしバッと手で隠す。それにあわせてスターク達が一斉に「あーあ……」と大きなため息をついた。
「ち、ちちちちがう!!!! これは決してやましいことでは!!」
「見た目がお嬢なら誰でもいいのかリリー?」
「両想いの者同士がこんな夜更けに抱き合っているのに他にどう思えというのです?」
「いやすまんのう。ノックくらいすればよかったわい」
「フフフ。せいぜい夜を楽しむがいい、夜はリリーが思っているよりずっと長いからな!」
各々勝手に解釈し勝手にものを言う。リリーは必死に釈明をするがてんてこまいになり目がグルグルと回りだす。
「まあその……頑張ってください」
「ベルムまで何を言っている!!」
だがリリーはふとあることに気が付いた。ウールの体が小刻みに震えていたのだ。何事かと思い声をかけようとしたその時、ウールはバッと大変な剣幕をしたまま顔をあげた。
「うるさああああああああああい!!!! 黙って聞いていれば好き勝手言いおって!! 大体お前ら夜だぞ!!!! 少しは静かにしろ!!!!」
遠慮もなしにフーフーと荒い息をしているウールは以前の彼女そのものだった。一瞬沈黙が流れるとシャーロットが感極まった様子で手を合わせた。
「もとに戻ったのねウール!!」
彼女はピョンピョンと小さく飛ぶ。スターク達も安堵のため息をしながらよかったよかったと安心している。その様子を見ながら「何なんだまったく……」とウールが愚痴を漏らすとリリーは口をギュッと結んだまま強く抱きしめた。
「こ、こらリリー! なにをして――」
「良かった。もとに戻られて……」
嬉しさで体を震わせるリリーの頭をウールは「心配させて悪かった」となでた。そして喜ぶスターク達を眺めていたが、ポカンとしているレオに気が付いた。
「レオ、なぜ私をそんなに見ているのだ?」
レオは口を半開きにしたまままるで意識が飛んでいるかのようにボーッとウールの裸を見ていた。彼が「え?」と間抜けな声を出すと同時にシャーロットが取り乱した声で彼の名を呼びながら慌てて彼の目を隠した。
「思春期の少年にはちと刺激が強かったようじゃのう」
スタークは「それと夜は長いぞ」と意味ありげに言い残して部屋を出た。彼に続いてシャーロット達も二人の邪魔をしては無粋だろうとぞろぞろ出ていった。
取り残された二人はしばらく部屋の扉の方を眺めていた。そしてリリーが思い出したかのように慌ててウールを呼ぶ。だがウールはすぐにリリーの口に人差し指をあてた。
「言いたいことがあるのは分かる。だがまずは深呼吸をして落ち着くといい」
ウールが指を外すとリリーは目線を外し深呼吸をする。くどく思えるほど何度も慎重にしているがウールはただひたすら待った。そしてようやく息が整うと彼女は「一つ聞きたいことがあるのですが」と訊ねた。
「言ってみろ」
「その……魔王様はメイド姿になってからの記憶が残っておられるのですか?」
ウールは「おぼろげだがな」ときまり悪そうな様子をみせる。リリーはあいまいな返事をすると少し残念そうに目をふせた。
しかしすぐにリリーのあごにウールの手がそえられる。そして呆然としたまま顔をあげたリリーにウールは微笑みかけた。すっかり恥ずかくなってしまったのか彼女は思わず目をそらしてしまう。
だが添えられているウールの手は震えていることに気が付くと不思議に思い目線を戻した。ウールのまばたきが多くなっている。彼女もまた自分と同じように緊張しているのだろうか。彼女のその予測はやがて確信へと変化した。
「おぼろげとは言ったが……。あ~……さっきのことはちゃんと覚えているぞ。だから、えっとだな……」
ウールは声にもならない声をもらす。そのせいか気まずい雰囲気が部屋に流れる。二人は次の言葉を出そうとしてもなかなか出せずにいた。だがウールはリリーがやったように深呼吸をすると意を決して前を見た。
「もう一度確認させてはくれぬか」
その言葉はリリーが恋焦がれる自信に満ちた声で言われた。向けられたまなざしも彼女が求めていた迷いのない強いまなざしだった。リリーはウールの手を握り何度も握り返しながら「では」と呟く。
「……魔王様。私はあなたを愛しています。ですから私を」
指と指を何度も絡ませ合うと、リリーは痛いほど強く手を握りしめた。
「あなたの人生に参加させてください」
リリーの目がうるむ。息遣いも激しくなる。次第に鼓動が高まるのを彼女は感じていた。それが仕草にでていたのか落ち着かせるようにウールは顔を近づけ彼女の髪をそっと撫でる。
「これが答えだ――」
ウールは唇を重ねた。柔らかな感触、満ち足りた感情をリリーは声を殺して受け止める。甘美な喜びは止まらない。しかしそれを感じる暇も与えずウールは指を絡めあったまま彼女を押し倒す。
そして体を重ねると何度も噛みしめるかのように唇を重ね互いの吐息をふさぐ。時にその奥に眠るものを呼び覚ますかのように熟れた果実のように赤い互いの舌を絡ませる。
夢心地の中、体を裂きそうなほどに湧き出る感情に飲まれ二人はただひたすら互いを求めあった。体をまさぐりあい、解がそこにあるかのように柔らかな肌を重ねる。
するとウールは水面のように透明な糸を引きながら顔を離す。そしてとろんとした目のリリーの耳元に顔を寄せ吐息をついた。




