3話
部屋の空気が永久凍土のごとく凍っていた。
しかしメイド姿のウールは気にせずコクリと首をかしげ「どうかしまして?」とすっかり固まってたベルムとレオを不思議そうに見ていた。
「ウール……どうしたんだ?」
「いつも通りよ? レオはおかしなことを言うのね」
ウールはフフッと手で口を抑えながら小さく笑う。淑女のようにきちんとした、品の良さが感じられる振る舞いをしていた。が――
「どこがだよ!! というかおかしいのはウールの方だろ?!」
普段のウールを知っていれば彼の言うことはもっともだった。実際、ベルムも同調するように頷く。
しかし今日のウールはどこか、というよりもはや別人だった。レオの大声に彼女は驚きビクッ! と反応する。そして赤い目をさらに赤くさせ、ついには目に涙をためて泣き始めてしまった。
「な、泣かなくてもいいだろ!!」
レオがあたふたとしている前でウールは声こそ出していないが泣き続けている。するとさっきまで魂が抜けたように気絶していたリリーが急に息を吹き返した。
「レオ、魔王様を泣かせるとはどういうつもりだ?」
「はあ?! 俺はべつにそんなつもりじゃ――」
彼が懸命に言い訳をしていると、ウールはとても辛くなったのかリリーの腕を思いきり抱きしめた。目をつむり、泣かないようにこらえている。小動物のように頼りない姿、そして彼女の温もりを心の準備も無しに受け止めたリリーは再び目を開いたまま気絶してしまった。
「見てられないわね」
ハァ……と呆れながらシャーロットはウールにハンカチを手渡す。ウールはそれをゆっくりと丁寧に感謝の言葉を言いながら受け取り涙を拭くと、朗らかな微笑みを浮かべながら返した。
見惚れるほどに一挙手一投足が洗練されていた。シャーロットは少し悔しそうにウールを見ながら――
「何だか自分が情けなく思うわ」
二人を比べるように眺めていたメリッサは苦笑していた。一方ウールは何かとんでもないことをしてしまったものだと勘違いし、ガラスのように繊細な口調で謝った。
「ウ、ウールはべつに悪くないわよ!」
「でも私がシャーロットの気を悪くさせてしまったわ」
「ああもう! べつにそんなことないから! だから気にしないでって!」
レオと同じようにシャーロットはあたふたとしていた。そして二人は揃ってうなだれてしまう。それを目の当たりにしたウールはリリーの腕に抱きついたまま二人に声をかけるかどうか不安そうにしている。そんな中リリーは終始気絶したままだ。
収拾のつかないこの状況。まともなのはメリッサとベルムだけだ。
「メリッサさん……。何が起きたのか説明してくれませんか?」
「リリー様がウール様を思いきり抱きしめたらこうなりました」
「説明になってるような、なっていないような……」
「そう言われましても……これ以上説明のしようがありませんので」
ベルムは申し訳なさそうにしていたが、すぐに安心させるように手を広げた。
「ま、魔王様のことですから演技でしょう」
シャーロットとレオは不思議そうに彼を見た。それでもベルムは自信満々に「長い付き合いの吾輩が言うんです。間違いありません」と豪語する。シャーロットは怪訝そうな顔をしたままだが、レオは何かを思い出したかのように「そうかもしれませんね」と納得していた。
「わ、わたひも、うん! そうおも、おもおもうぞ! 魔王様はは、は――」
「リリーさん、無理に喋らない方がいいですよ。言葉が言葉になってません」
ベルムに負けじと主張しようとしたが今のリリーは正気を保つどころか意識を保つことさえやっとだった。ウールのメイド姿、そして普段ではありえないほどの甘えっぷり。リリーにとってそのギャップはあまりに愛おしく、もはや凶器だったからだ。
「でも何でこんな人が変わったみたいになったのかしら? さっきまでいろんな服を着させてたけどこうはならなかったわ。それにメイド服を着た時もリリーが来るまではいつも通りだったのよ?」
「たまたま思いついただけなのでは? 考えすぎだと思いますよ」
「う~ん、やっぱりそうなのかしら?」
「それにしばらくすればいつも通りの魔王様に戻りますって。客人でも来ればさすがの魔王様ももとに――」
噂をすれば何とやら、部屋をノックする音がした。シャーロット達は一安心し、ベルムも得意気に扉を開ける。そこにはクレアとメアリスがいた。
「お二人ともどうしたんです?」
「忙しいリチャードに代わってウールちゃんを呼びに来たの。今日街の復興状況を確認し合うついでに今後の対応を話し合う約束だったらしいのだけど、中々来ないからって」
シャーロット達はますます安心する。ようやくこの意味不明な状況が終わる。ベルムもそう思ったのかホッとし、クレアとメアリスは揃って首をかしげていた。
だが、彼らの安心は一瞬にして終わりを告げた。
「あら、クレアにメアリスじゃない! ごきげんよう」
シャーロット達は目や耳、あらゆる五感を疑った。見慣れないウールに二人はレオとベルムがしたのと全く同じ反応をみせる。
いや、メアリスは彼ら以上だった。彼女はサッとクレアの後ろに隠れたまま見たこともないくらいプルプル震えている。
「ど、どうしたのメアリスちゃん?」
「……こわい」
「え?! う、うん……。気持ちは分かるけど――」
クレアは言葉を何度も訂正しながらせわしなくぶんぶんと顔を横に振る。動揺を隠しきれていない二人に事情(といえるほど大層なものではないが)をベルムは簡潔に説明した。
そうして二人が一応理解すると、ベルムはウールに早く着替えてくるよう促した。だがウールは悲しい顔をしながら顔を横に振る。何度彼が促しても同じで段々と彼の表情が訝しげになっていく。
「ウール! いつまでもごっこ遊びを続けるなんてあなたらしくないわよ! さっさと着替えて――」
シャーロットが必死に拒否するウールの服に触れた時だった。突然、小さな稲妻のようなものが服から放たれ、彼女は「イタッ!」と叫びながら尻餅をついてしまう。
「ダメよ! だって私はリリー様の、いえ……ご主人様に仕えるメイドなんだから!!」
♢
崩れた建物がいくつもある街の通りの傍ら。
そこでリチャードとグルト、そして傭兵達やゴブリン達など工事に携っていた人々が軽食を食べながら休憩していた。彼らは少し離れた場所でエイリーンが慣れない様子で子供達の遊び相手になっているのをのんびり眺めている。
「平和だな~……」
「ああ、最近まで戦ってたとは思えないな」
「ま、街の復興をしてたらやっぱり戦ってたんだなって思うけどな」
「違いねぇ」
リチャードとグルトは同時に水を飲むと遠く彼方を見るように空を見上げた。彼らが平和を享受しているとふとリチャードは思い出したかのように口をとがらせる。
「それにしてもウールのやつ遅くないか?」
「まあそうカリカリすんなって。どうせ急いでもたいして変わらねえんだからよ」
「でもなー……。お、噂をすれば――」
リチャードに続いてグルト達も遠くからやって来るウール達に気づいた。ようやく来たか、と二人は立って体をのばす。
だが様子がどうもおかしい。通りすぎるウール達を見つめる人々の視線がまるでありえない現象を目の当たりにしたかのようだった。
リチャード達はそれに違和感を感じていた。しかしウール達が近づくにつれてその理由が明らかになっていった。
「リチャード、グルト。それに皆さん。お仕事お疲れ様です」
ニコッと微笑むメイド姿のウールに彼らは驚愕したまま固まってしまう。エイリーンに至っては驚きのあまり抱きかかえていた子供をうっかり落としてしまった。
リチャードがどうしたのか口を開こうとする。その前にベルムがサッと彼らの前に出るとこうなった事情を説明した。
「ええとつまり……。メイド服にはなぜか魔法がかかっていて、それの影響でこうなった。しかもリリーをなぜかご主人様として慕っていると。意味が分からねえ……」
目をそらしたまま呆れている彼に「皆同じ気持ちです……」とベルムは困った様子をみせる。リチャードは少しでも気を紛らわそうと自らの髪をなでた。
「というか何でこんな状態なのに来たんだ?」
「ええとそれは――」
「わ、私が望んでしたことです! せっかく予定を合わせてくださったのにそれを反故にするわけにはいかないと思いまして。リリー様のメイドではありますが私、精一杯頑張ります!」
「いやウールはメイドじゃなくて魔王なんだが。はぁー……ほんとややこしいな。ギャップがありすぎて頭が変になりそうだ。まあ……、とりあえず街の状況を見ながら進捗を説明するからとりあえずついて――」
そう言ってリチャードが歩き出そうとするがベルムとリリーが口を開けたまま固まっていた。視線は彼のずっと後ろにある。
「よりにもよって今来るか」
「まったくですよ……」
「どうしたんだ二人とも? そんな都合の悪そうな顔をして」
二人が疲れきった顔で彼の後ろを指さす。ますます意味がわからなさそうにリチャードは振り向いた。
通りのはるか遠くの方。そこには大勢の魔族を率いたセド達長老が、リチャード達のいる方へと賑やかに騒ぎながら向かっている姿があった。




