62話
メアリスと少女の攻防はもはや誰も手が出せないほどの次元に達していた。
今のメアリスには身体強化魔法をいくつもかけられ、ただでさえ並みの腕では敵わないというのにその強さに拍車がかかってしまっている。攻撃の一つ一つは速さこそ普通だが一撃の重さは尋常ではない。
その状態をかつて見たウールは「魔物でさえ骨ごと粉々にされそうだ」ともらしていた。
しかし純白の少女はものともしていないようだ。メアリスの攻撃を難なく受け止めては隙を見て攻撃を仕掛ける。
彼女の方が速さではメアリスをわずかに上回っていて、メアリスが呼び寄せた亡霊達の攻撃を的確に避けては一撃で仕留めていた。
だが少女の強さを垣間見ることができるのは他にもあった。彼女めがけて急降下してきたワイバーンの存在に気づくと宙に飛んで体を回転させ、ひねりを加えた一撃でワイバーンの腹をはらわたをえぐり取るように引き裂いた。血の雨が噴き出し、それをあびながら少女は再びメアリスに突っ込む。
「や、やべえ……」
「いやはや……あれほど強いと言葉も出ませんねえ」
レオと彼の横にいつの間にかいたベルムは口をあんぐりと開けたまま戦いを観戦していた。そうしているのは彼らだけでない。周りにいた兵士達も、そしてヘンリーでさえもすっかり目を奪われている。そのせいか戦いを見るために戦いが中断されるという奇妙な現象が起きてしまっている。
「……て、何やってるんだお前達!! まだ戦いは終わっていないのだぞ?! 特にレオ、あいつのことを恨んでいるのではなかったのか? 何のんきに観戦しているのだ!!」
「え? ああ、ごめん!! すごかったからつい……」
ウールは呆れながらベルムにも戦うよう指示を出すと立ち上がりヘンリーの方へと歩き出す。レオも続いて剣を抜き、ベルムは二人の邪魔が入らないよう兵士達の道をふさぐ。
一方のヘンリーは自分の方へと迫ってくる二人に気づき咳ばらいし剣を抜いた。
「予想外の事が起きたがまあいい……。勇者よ、そして魔王! この私がお前達二人を直々に殺してやる! その後は抵抗する者達全員だ、全員を皆殺しに、いや死よりも恐ろしい思いをしてもらおうか!!」
怒りのあまり我を忘れ、声を荒げながらヘンリーは剣の柄を強く握りしめている。レオは負けじと力強く構える。だがウールが彼の肩をちょんちょんと叩くと鬱陶しそうに振り向いた。
「こんな時になんだよ?」
「見ろレオ、あれがかつてのお前だ。清々しいほどにな。いや実にイタい、イタすぎて目も合わせられない」
「今それを言うか?! ふざけてる場合じゃないんだぞ?!」
「まあ待て待て。私が言いたいのはな、奴のように我を忘れるなってことだ。心を乱せばそこにつけ入れられる。肝に銘じておけ」
「……分かった。ていうかわざわざ黒歴史を掘り返す意味はあったのか?」
「あったぞ。少なくとも私にとってはな」
「ウールにとって? 一体何なんだ?」
「お前をからかうことができた」
「最低だな!!!!」
さっきまで怖い顔をしてどこかぎこちなく緊張していたレオだったが、今はぷんすか! と怒っている。対してウールは気にせずけらけらと笑う。
そんなやり取りを目の前で見せられ、すっかり待たされていたヘンリーは「戦うのか戦わないのかハッキリしろ!!」と剣をぶんぶん振り回しながら怒っている。
すると二人は彼の方を見て――
「もちろん」
「戦う!!」
ウールはニヤリとしたまま、レオは勇敢な雄叫びをあげながらヘンリーに突っ込む。ヘンリーは悪役そのもののような歪んだ表情をしたまま剣をかかげ、空いた手を前に突き出す。
「二人で来ようが関係ない! 貴様ら何ぞ俺一人で十分だ!」
「ハッ! 大口を叩きおって――」
しかし彼の言葉に誇張はなかった。
剣でレオの攻撃を、ウールの一振りは魔法によって防がれる。剣を持っていない方の手からは、スペンサーと同じ類の魔法の壁を出すことによる防御魔法が発動されていた。
二人はすぐに距離を取る。すると「魔法を使えるのはお前だけではない!!」と言い放ち、次はこちらの番だといわんばかりにウール達めがけて走り出した。
♢
ウールとレオがヘンリーと熾烈な戦いをしている一方、少し離れた場所ではメアリスと少女の戦いが続いていた。
激しさは更に増しており、観戦していた者達は皆身の危険を察知して逃げるように二人から離れている。しかし戦いの手が止まっていたことに変わりなかった。むしろ止めない方が巻き添えにあって危険なほどだ。
そんな戦いを繰り広げていたが、メアリスは防戦一方になりつつあり余裕がほとんどなかった。しかし彼女は戦いの糸口を見つけようと分析することに意識を向けていた。そのせいか攻めあぐね、流れは終始少女にある。
すると少女が剣を大きくかかげた。わざとかと思えるくらい大げさだったがメアリスは対処しようと意識を上に向けたまま構える。
直後、ぎょろりと少女の目が開く。それがハッタリだとメアリスが気づいた時には視界が土煙でおおわれ、同時に少女が背後に回り込んでいた。そして反応以上の速さで背中に彼女の蹴りが入ってしまう。
メアリスは地面すれすれに吹き飛ばされ、兵士を数人巻き込み地面に倒れた。だが少女の追撃の手は止まらない。
迫りくる少女。対してメアリスが何かをボソボソと呟くと少女の前に数十体の亡霊達が立ちふさがる。だが彼らが稼いだ時間はあまりにも短く、たかが五秒ほどと知れていた。
しかしメアリスにとっては十分すぎるほどだった。
最期の亡霊が倒されるとメアリスは片方の大剣を少女めがけて一直線に投げ飛ばした。少女はそれを間一髪飛んで避ける。そして彼女が着地をすると、それを狙ってかメアリスが距離を詰めていた。
再び周囲を巻き込むほどの衝撃と風が吹き荒れる。二人はつばぜり合いをしたまま動かない。
「あなたは何?」
「…………」
「私と同じ感じがする」
「…………」
「魔法でそうなったのでしょ? 誰が操ってるの?」
突然、少女の態度が急変した。
表情と口調は変わらず無機質なものだったが目の青い炎が爛々と燃え始める。そして溢れんばかりの炎が放たれる。だがそれはメアリスにではなく近くにいた兵士達十人ほどに襲い掛かった。
「な、なんだ?!」
「ヒィ?! たすケ……」
彼らの悲鳴は次第に見た目が人でなくなるのに合わせて異形のものへと変化していった。肉体は消え、代わりに白い霧によって新たな体が作られる。
「わたしハ、あやつらレテなんか、いなイ。わたしハ父ノためにたたかう。それハわたしノのぞんだコトだから……それがわたしノねがいだから……ソレがわたしのユメだから――」
「嘘っぽい。あとうるさい」
バッサリと一蹴したメアリスに腹を立てたのか少女は「グウアアアアアアア!!!!」と叫び声をあげる。それに合わせて霧の兵士達が走り出すとメアリスは目を細める。直後、それの数倍の数の亡霊達が彼らに襲い掛かる。
だが亡霊達は成す術も無く敗れ全滅した。武器が一切通らなかったのだ。
「……めんどうね」
メアリスは深呼吸をすると自らの剣の刀身を思いきり握りしめる。そして手から血を垂らして緑色の炎をまとわせると、迫りくる兵士達の先頭を行く兵士の顔を突き刺した。
氷が解けるような音が兵士から聞こえ「オ……オォ……」と唸り声をあげながら霞のように消えていった。あとには鎧と兜が残されている。
すると別の兵士がそれを踏み抜いて剣を振りかざす。メアリスは自分の攻撃が通るのが分かり強気に攻める。
しかし数では圧倒的に不利なことに変わりない。しかもメアリスと同程度の強さをした少女も配下に任せることなく、どころか糸で巧みに操っているかのように見事な連携技を繰り出していた。
そのせいかメアリスは苦戦を強いられてしまう。服は破れ、体のあちこちに傷が気づかないうちに次々とつけられていく。
それでもメアリスは恐れず抵抗を続けた。透き通るような美しい肌と生々しい傷があらわになろうと。
そして最後の兵士を倒した時――
「オワリよ」
少女の振りかざした一振りがメアリスの剣を弾き飛ばした。メアリスは一瞬飛んでいく剣を見てしまう。その隙を見逃さなかった少女は追撃をしようとした。
だが突然それを止めた。メアリスがどうしたのかと疑問の目を向けていると突然、彼女はヘンリー達のいる方へと目にもとまらぬ勢いで走り出した。




