56話
「誰だ?」
「スペンサー、今は彼が父の代わりにこの国を動かしているの」
険しい表情で言うシャーロットはまるで彼を憎んでいるかのようだった。ウールはそれに少し引っかかったが気にせずすぐに「手間が省けた」と怪しい笑みを浮かべる。
するとスペンサーがシャーロットと話をするなと叱りつけた。そこまで怒鳴りつけたわけではないはずだったが玉座の間に彼の声が響き渡る。
「無視して悪かったな。それでお前が『大臣』というやつか?」
「そんなところだ。それがどうした」
「そうかそうか、いや結構。わざわざ殺されに来てくれて手間が省けたぞ」
スペンサーは不愉快そうに眉をひそめるがその場を動こうとしない。一方シャーロットは一瞬期待するかのような表情を浮かべてしまうがすぐに緊張した面持ちを取り繕う。幸い誰にもばれずにすんだようだ。
「……魔王、お前にこの私が討てるとは思えんな」
「言うではないか。理由を聞きたいものだな」
「なぜなら今の私は貴様の魔力を持っているのだからな」
余裕そうにしている彼の言葉がいくつもの重りのようにウールにのしかかる。リリーは怒りに震えながらウールを見た。そして初めて彼女に対して心臓をつぶされそうなほどの恐怖を覚えた。
ウールは静かにたたずんでいた。まるで立ったまま眠っているように呼吸も落ち着いていて顔が少し上を向いている。
だがこれまで見た事の無い怒りに満ちた姿をしていた。目には怒りと蔑みが交じり、震える両手には既に炎が宿っていた。
ふとウールはふう……と息を吐いた。まるで今にも解き放たれそうな化け物を必死に抑えているようにウールは平静を貫く。
「……お前はそうまでして魔族を滅ぼしたいのか」
「そうだ。この世に魔族は必要ない。ただの目障りな脅威にすぎん。私はお前達を滅ぼしその後、この国を支配する」
「欲を満たすためか? だとしたら忠告しておいてやろう。そんな国はすぐに滅ぶぞ」
「そんなことは百も承知だ。だからこそ私は誰かの私利私欲の為でない強い国を作る。犠牲を払ってでもな。全ては我々人類が生きる為に」
スペンサーは臆することなく言い切った。ウールは変わらず怒りをみせているが彼の言葉に影響されてか伏し目がちになり哀愁を漂わせる。
その時ウールの視界にふとシャーロットが映り込む。同時に何かが思い浮かびバッと彼の方を見た。
「犠牲を払ってでもか。随分と覚悟があるようだな。殺された、いやお前達が殺した王もその犠牲の内か」
「……え?」
シャーロットがわなわなと震えだしスペンサーは忌々しそうにする。やがて彼女が膝から崩れ落ちるとウールはしてやったりといいたげに不敵な笑みを浮かべた。
「……でまかせを言うな。殺したのは貴様らだろう」
「ここにきて嘘を言うか。私達が王の私室に来た時には既に死んでいた。それも無残な姿でな。そんなこと私がしていないとすれば誰がやる? お前ぐらいしかいないだろう」
非情な現実に打ちひしがれシャーロットは顔を両手で覆う。彼女のすすり泣く声が聞こえる中、スペンサーは言葉を詰まらせている。
だが突然、キャロルが一歩前へと踏み出した。
「スペンサー殿、何を迷っているのです?」
突然声をかけられ振り向くと彼女は不気味に頬を歪ませていた。狂気としか思えない彼女の微笑み、引きはがしたくなるような悪寒を彼は全身で感じ、そして考えを理解した。
「……貴様、姫まで殺す気か」
「姫だけではありません。彼ら全員を殺せばいいのです。皆あなたに敵対する者、つまり正義にあだなす者達ですから」
キャロルは両手を大きく広げながら雄弁に語り終えて歩き出す。瞬間、彼女めがけて氷柱が矢のように勢いよく飛んできた。
不意を突かれて驚くも問題なさそうに避ける。そして飛んできた先を見ると、リリーが目を見開いたまま立ち尽くしていた。
「不意打ちとは卑怯ね、魔王の護衛――」
「貴様は『白騎士』か?」
キャロルはキョトンとしながら「ええそうよ」と答える。するとリリーの様子が一変した。
「……………………」
リリーは無言だった。いや、乱れる息を整えるのに必死で話せなくなっているのだ。加えて手も、足も。体中が震えていた。
キャロルはますます訳が分からなさそうにしながら「一体なんだというの?」と苛立ちを顔に浮かべる。
「……覚えているか? 十年ほど前、ハーム村をお前達が襲ったことを。そこで村人全員を虐殺したことを」
声が震えていた。まるで泣きじゃくる子供のように。だがキャロルは一切同情しようとせずしかめっ面のままだ。
「十年前? ああ戦争の時ね。覚えてるわけないでしょ、そんなこといくらでもしたのだから。でもおかしいわね、私が襲撃に参加していたのなら誰一人見逃すはずが――。……ハーム村? もしかしてあなた!」
キャロルがハッとするとリリーは目に一筋の涙を流しながら剣を抜いた。同時に彼女の足元に白い霧が漂うがすぐにそれは黒くなり始める。
それをウール達は驚いた様子で見ていた。特にウールは苦虫を嚙み潰したような表情で。
「私は村の生き残りだ。そして私は復讐を果たすため魔王様に仕え、『黒騎士』となった。全ては白騎士、貴様を殺すためだ!!」
「思い出したわ。ハーム村。なんて忌々しいのかしら……。私が唯一敵を逃してしまった場所。私が唯一正義を行使しきれなかった場所。でもそれも今日で消える。あなたを殺せばね。感謝するわ、彼らにしたようなことはできないのが残念で仕方ないけれど」
「貴様あああああああああああああああああ!!!!」
リリーは咆えた。天井も床も、そこにある全てを揺るがすほどに。彼女の咆哮に合わせ霧が嵐にあったかのように流れゆく。
するとリリーの体から殻を破るような音がした。直後、何かが生えてきた。黒い、生物のようなもの。それは次第に形作られ、やがて彼女は漆黒の巨大な一本の尾と二枚の翼を携えた。
それらはまるで元から彼女に生えていたかのようだった。
固い鱗に覆われた長い尾はリリーの背と同じくらいだ。それは光に怪しく照らされながらひとりでに動き地面を撫でる。
両方の翼には鉤爪が生えていたが左翼だけが異様に発達していた。そのせいで大きさがかなり違い不格好なものとなってしまっている。
「魔王! あれはなんだ?!!」
「リリー。それはまずいぞ……」
「おい魔王!! 答えろよ!!」
「黙れ勇者!! 私だってまさかあいつの因縁がここにいるなど想定していなかった……。今のリリーは感情が制御できてなくて暴走状態なんだ」
「暴走?! それってかなりまずいんじゃ――」
「そんなこと私も分かってる!! だがああなってしまったリリーを今の私達では止めることができん」
ウールは取り乱したかのように髪を掻きむしる。
一方でリリーの姿は人からさらに遠ざかりつつあった。紙に水が染み込んでいくように体の一部が漆黒に染まりだす。
染まるにつれてリリーの悲鳴とも思える叫び声も変化していく。人のものから昏き底に潜んでいるような化け物のものへと。凛々しく気高い騎士の面影と呼べるものはもはやどこにもなかった。
「復讐の炎に焼かれ人をやめる……。そして『黒騎士』の名に相応しい闇に飲まれたその姿……。無様ね、だからこそ――」
キャロルの両手が純白の炎に包まれる。そして剣を抜くと刀身が炎に包まれ、彼女の体が白いオーラのようなものに包まれた。
「正義を執行するこの私に相応しい」
キャロルは歪んだ笑みを見えた。
それを合図にリリーは床を蹴った。遅れて轟音が聞こえる。彼女がいた場所には巨大なへこみができていた。
ウール達が瞬きをした時、既にキャロルとリリーは剣をかち合わせていた。
互いの剣がぶつかる度に思わず目を閉じてしまうほどの衝撃が伝わる。ウール達がそれに耐えていると突然、リリーがけたたましい叫び声をあげた。
その直後だった。キャロルの体が宙に浮き、扉ごと突き破って部屋の外に飛んでいった。リリーは飢えた獣のように背中をだらりと曲げ彼女を追いかけようと外に出た。
「驚いた。これほどのものを連れていたとはな。そうか……、奴が魔物を一撃で仕留めたという例の騎士か」
呆然と戦いの様子を見ていたウール達三人はスペンサーの声で我に返る。
「しかしちょうどいい。あれさえいなければ貴様らなど所詮烏合の衆」
彼は手を前に突き出す。すると黒く禍々しい光が彼の手の中で輝きだす。かと思えば黒い霧がウール達の周囲に現れる。
その中から鎧を着た黒い騎士達が頭を揺らめかせながら現れた。右も左も。どこを見ても黒一色。まるで闇に包まれたかのようだった。三人は周囲を見渡しながら置き去りにされた子供のように身を寄せあう。
「では我々も始めるとしよう」




