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43話


 アイザック達の前に立ちはだかるリリーは無言のまま四人を睨みつけている。辺りに漂う霧のように凍てつく視線。時間が止まったかのように動けなかったが、ハッと気が付くとロバートとモニカはすぐさま物色した物を入れた袋をアイザックとテレサに投げた。


「な?! 二人とも何してるんだ?!」


「邪魔だ。さっさと行け」


「ここはあたしらに任せろってこと、さあ早く!」


 言葉の意味が一瞬理解できなかったアイザック達だが、袋の上から伝わる感触でロバートの言葉を思い出すと苦い顔をしたまま元来た道を走りだした。


「これで荷が軽くなったな」


「ああ、まったくだね」


 二人はアイザックとテレサが去るのを確認するとニヤリと笑い剣を構える。だが剣を持つ手は震え、口角がヒクヒクとしている。対するリリーは蔑むような目をしたままハルバードを構えた。立ち込める霧が彼女の動きに合わせて突風が吹いたかのように辺りに吹き付ける。


「何をするかと思えば仲間を逃がすために自らを囮にするか。死にたいのか? さっき逃げた者達と共に戦えばまだ勝機はあっただろう」


「俺達は勝ちに来てんじゃねえ、儲(・)け(・)る(・)た(・)め(・)に(・)来たんだ」


「……仲間思いだな」


「そりゃどうも――!!」


 その言葉を合図にロバートの剣先から炎が放たれ、同時にモニカは体を低くしたまま間合いを詰める。リリーは横に飛んで炎を軽々と避けるとすぐに前に踏み込む。


 掲げられたハルバードの刃が鈍く光る。そして迫りくるモニカめがけて勢いよく振り下ろされた。


 だが刃はモニカの体をかすりすらしなかった。振り下ろされる直前、モニカはタイミングを遅らせ、加えて体を強引に横にずらしたのだ。


「強いのは見た目だけのようだね!」


 右足を軸に回り込むように剣を振るう。


 そしてモニカの一振りは、リリーの脇腹の直前でピタリと止まった。同時に、腹にジワリと広がる暖かさと冷たさを感じた。


 モニカの腹には、どこからか現れた氷柱(つらら)が突き刺さっていた。それは剣と同じくらいの大きさで、彼女の体を貫き、赤く染まった先端からはポタポタと血が滴り落ちている。


「い……いつの間に……。い、いったいどこから――」


「答える義理は無い」


 恐怖と苦痛で歪んだ彼女の顔は、リリーの言葉が終わると共に地面に転がり落ちる。断面から噴き出す血が氷柱をさらに赤く染め、彼女だった物はだらりと氷柱にもたれかかるように倒れた。


 ロバートはこの一瞬の間に後悔した。化け物相手に余裕を見せた事、数分程度なら時間を稼げるだろう、そしてあわよくば逃げおおせることができる。そんな砂糖菓子のように甘い見通しを持ったことを。


 無理だ! 勝てない! 殺される! 逃げられない!


 彼の頭の中は子供がおもちゃ箱をひっくり返したかのようにぐちゃぐちゃになった。


 だが、辛うじて理性は残っていた。わずかな理性を総動員し、彼はガチガチと震える歯を落ち着かせて口を開く。


「……その氷柱、この霧と関係しているだろ」


「だからどうした」


 一秒でも多く時間を稼ぐ。彼の頭にはそれしかなかった。


「つまりだ、この霧をどうにかできればあんたのそのえげつない魔法を封じれる。俺は剣だけでなく魔法、それも炎系統を使える。だから――」


「ならばやってみるといい」


 気が付くとリリーが間合いに入っていた。後ろに振りかざされたハルバードが、死神の持つ鎌のように巨大で禍々しく見える。その刃には得も言われぬ、そして絶望を浮かべた彼の姿が映っていた。


 ロバートは咄嗟に後ろへと飛び回避する。だがバランスを崩して倒れてしまう。すぐに次の攻撃に備えようと顔をあげるが、目の端に飛び込んできた光景に唖然とした。


 何もない場所――強いて言うなら霧が立ち込めている空中。そこから氷柱が一つ、先をロバートに向けたまま生えてきていた。彼が逃げる草食動物のように慌てて横に飛ぶと、さっきまでいた場所に氷柱が轟音と共に地面へと突き刺さった。


 息が乱れ、体の芯まで凍えるような空気を何度も吸いながら警戒する。一秒でも多く時間を稼ぐ。必死の思いで見渡すと、ふとリリーが攻撃の手を止め目をつむったまま立っていることに気づいた。


 チャンスだ。


 それが彼の脳に浮かんだ最後の言葉だった。


 彼が剣を構えた瞬間、あちこちから氷床にヒビが入ったような音がピキッ、ビキッと聞こえてきた。


 その正体は、両手では数えられないほどの氷柱によるものだった。


「ッざけんな――」


 体に無数の穴が空く。だが彼の顔には苦痛の表情が浮かび上がっていなかった。それすら許されないほど一瞬だったのだ。


 リリーは目を開けると彼に近づき、肉を切り分けるように頭を切り落とした。同時に、月明かりとは違う眩い光が一瞬空に放たれた。


「運の無い男だ」


 感情を押し殺した表情でその場を去る。だがしばらくすると、恋の叶った乙女のように穏やかな微笑みを血の付いた顔に浮かべた。


「勝ちましたね。魔王様」




♢


「よしッ!! 勝ったぞベルム!!」


「ふぅ~……。とりあえず一安心ですね」


 空に放たれた光を見上げながらウールはピョンピョンと飛び跳ねている。夜空には勝利を告げるようにワイバーン達が旋回しながら咆哮をあげていた。


「それにしてもよく勝ったかどうか分かりますよね。空から戦況を見るというのはそんなに違うものなんですか?」


「グルトやエイリーンの話ではそうらしいぞ。兵士達の動きがよく見えて盤上を眺めているみたいだって言ってたな。私もどんなものか気になって前に一度乗せてもらったことがあるがあれは難しかった。目を凝らさなければ見えないし、それで戦場を俯瞰(ふかん)するからな。おそらく相当疲れるぞ」


「はあ~そうなんですか。それは大変ですね……。しかしワイバーンの強さもありますからそれをするだけの価値はあるでしょうね。何と言いますか、空を制した者が戦いを制するって感じですか?」


「だろうな。ただ今回の戦いでワイバーンの脅威が知れ渡るだろうから次はこう一方的にいくか分からん。ま、それは後で考えるとして今は皆を労(ねぎら)いに行くとしよう」


 そう言うとウールは自信に満ちた笑みを浮かべながら館の中へと戻って行った。


 外へと向かう途中、館にいた傭兵達とゴブリン、そして避難させていた住民達が期待と不安の入り混じった顔を向けたまま無言でウールとベルムを見つめていた。


 すると人々の中から一人の女の子が飛び出し、震えた体でウールに抱き着いた。ウールは思いがけないことに思わず戸惑ってしまうがすぐに深呼吸し自らを落ち着かせる。


「ねえ、どうなったの? 戦いは終わった?」


「安心しろ。戦いは――」


 勝った。


 と、言おうとしたが母親らしき女性が飛び出し、さらに人々が次々と川の関が壊れたようにウールの周りに集まってきてどうなったのか息つく間もなく訊ねてきた。ベルムは予見してたかのようにサッと離れたがウールは見事に人の波に飲み込まれ身動きが取れなくなってしまう。


「ああああああああああもう!!!! お前達ちょっと離れろ!!!! これでは身動きが取れぬではないか!!!!」


 しまったと誰もが思いウールから離れると、ウールはぷくーっと頬を膨らませたまま人々をキッと睨んでいた。なぜか抱きついてきた女の子をギュッと強く抱きしめたままで。


 フーフーとウールが息を荒げていると、女の子はもう一度戦いがどうなったのか上目遣いをしたまま恐る恐る訊ねた。


 その場にいた人々も女の子と同じ不安な面持ちだ。中には神に祈るように両手を握っている人もいる。


 するとウールは女の子の頭を撫でながらしゃがみ、真っ直ぐ顔を見つめ合った。その時のウールは、まるでその子の姉のように優しい顔をしていた。


「私達は勝った。さっき外が眩しく光っただろう? あれは勝利を知らせる光なのだよ」


「ほんと?」


「本当だ。だから安心するようみなに言ってはくれないか。私はまだやらねばならないことがあるのでな」


 女の子が「うん」と返事をするとウールは満足そうに抱きしめて背中をトントンと叩いた。そして母親のもとへ帰すとベルム達戦える者に向かって「では行くぞ! ついてこい!!」と命令し歩き出す。女の子は彼らを引き連れて歩くウールの後ろ姿を目に焼き付けるようにじっと見守っていた。

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