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39話


「ッッらあ!!」


 エドウィンの渾身の一振りが影を縦に真っ二つに割った。周囲には既に死体が10体近く転がり死体の山が築かれている。彼の服や靴は赤黒い血で汚れていてその戦いの壮絶さを物語っている。


「そろそろテレサが戻ってくる頃か」


 近くに影がいないことを確認すると、すぐさま野営地の方へと走り出す。だが肩で息をしている彼は自らが思っている以上に負担を体に与えてしまっていることに気づく。不意に足を取られてしまい、頭から地面に倒れてしまう。


 そして顔に着いた泥を拭いながら起き上がると、目の前にある木を背に眠っている少女に彼は目を奪われた。


「……こんなところに子供だと?」


 少女は触り心地のよさそうな土色の毛布を被って小さな寝息を立てながら眠っている。空色の前髪が寝息に合わせてさわさわと揺れている。左目には黒い眼帯が付けているが、彼女の寝顔はこの薄気味悪い場所に似合わないほど純粋なものだ。


 少女に気を取られていたが、ふと彼は後ろに気配を感じると振り向きざまに戦斧を横に振る。うめき声と共に死体が彼の前に転がる。その時、後ろから「……んん」と可愛らしい声が聞こえてきたが彼は振り向こうとしない。目の前に、別の影が迫っていたからだ。


「次から次へと……」


 息を大きく吸って自らを奮い立たせる。そして歯を食いしばり二度風を切る音と共に攻撃を与えた。ドサリと音がするとふぅ~と息を吐き一応の安心を得る。


「おい、ここはあぶな――」


 目の前に迫る巨大な剣筋。エドウィンは危うく態勢を崩しそうになるが素早く回避しなんとか距離を取った。長年の傭兵としての勘が彼を救うが、それに感謝する暇もない。


「……魔王の手下か? いや、お前が魔王か?」


「あなたがこれをやったの?」


 会話がかみ合わない。だがそれが、大振りの剣を二つ構えたまま彼を見つめている少女――メアリスの異様さを際立たせている。彼女は首をコクリと傾げたまま答えを待つ。


「だとしたら?」


 エドウィンはこの答えを言う前後、死を覚悟していた。目に見えぬ一撃。そしてクレイモアくらいか、あるいはそれ以上の大剣を二本、まるでステッキのように軽々しく持つ彼女の姿に実力差を感じ取っていたからだ。


「強いのね。私の配下にしたいくらい」


「そいつはどうも。だが配下になるってことはこいつらみたいになるってことか。だったらごめんだな」


「そう。でもあなたの意志なんて関係無い」


「有無を言わさず配下にするってか?」


「違う。あなたを殺すの。配下を殺されたからじゃない。私の眠りを邪魔したから――」


 逃げろ!


 逃げろ!!


 逃げろ!!!!!!!


 エドウィンの本能が全神経を用いて訴えるが足が動かない。そして脳が考えることを拒むと、彼は腹部にジワリと広がる暖かさを感じた。





「こっち!! 早く!!」


 テレサの先導でアイザック達を含め十数人の兵士達がエドウィンのいる所へ向かう。その道中ずっと、辺りに響き渡るうめき声は消えるどころか激しさを増し続ける。


「見ろ!! あれってエドウィ……」


 モニカが指さしながら言うがその指は小刻みに震え、次第に全身へと伝わる。続けてアイザック達も目の前の光景を見ると、誰もが彼女と同じように恐怖と絶望に震えた。


「来るな……。逃げ――」


 エドウィンの首筋にそっと剣先が当てられる。メアリスは彼をじっと見据えたまま、まるで手術をするかのようにゆっくりと剣を動かす。次第に彼の首に新たな口ができる。体はビクビクと動き、呼吸に合わせて赤い液体がごぼごぼと垂れ、彼の体と地面が赤く染まっていく。


 やがて動きが鈍くなるのを確認すると、メアリスは彼の胸に剣を突き立てた。かと思うと剣を抜き、無表情のまま何度も彼の体に穴を作っていく。


 テレサを含め何人かの顔が真っ青になり胃に残ったわずかな食べ物を吐き出してしまう。すると彼らの嗚咽はメアリスの耳に届き、彼女は動きをヒタリと止めるとゆっくり、ゆっくりと確かめるようにアイザック達の方へと振り向いた。


 純白のドレスは血で染まっていた。雪のように白い肌にも波しぶきのように血が着き、眼帯からは赤黒い涙が垂れている。


 メアリスの体が意識を失ったように前へ倒れだす。「逃げろ!!!!」とアイザックは叫ぶ。同時にロバートが足止めをしようと魔法結晶を数個、足を踏み出したメアリスめがけて投げつけた。


 パリン。砕ける音と共に、事前に油を引いていたかのようにメアリスの前に炎が勢いよく燃え広がる。熱を背中に感じながら、アイザック達は効いているのか確認もせず、本能のまま無我夢中で野営地の方へと逃げ出した。


 ふとテレサが涙で潤んだ瞳で後ろを見てしまった。ぼやけた視界の中に、逃げ遅れた兵士の腹部から鋭利な突起物が生えているのが見て取れた。遅れて兵士の嗚咽と悲鳴が混じった声が響き渡ると、やがてそれはテレサとエドウィンを襲った影達と同じ声へと変化した。





「おいロバート!! どういうことだ!! 魔王は雑魚じゃなかったのかよ!!」


「んなの俺だって聞きたいくらいだ!! あんなおっかない化け物だなんて思わねえよ!!」


 野営地になんとか戻れたものの、錯乱したアイザックとロバートは互いの胸倉を掴み言い合いを続けている。テレサはモニカに体を預けたまま絶望を浮かべ、時々嗚咽と共に胃液を吐き出していた。


「落ち着きな二人とも――」


「落ち着いていられるか!! すぐ近くにあんな化け物がいるんだぞ?!! おまけにエドウィンも殺された!!」


「だからこそだ。それくらい分かりな」


 アイザックとロバートは混乱と怒りに震えていたが、ふとテレサの肩を抱き寄せている彼女の腕が見たことないくらい震えているのに気がついた。恐怖しているのはなにも自分達だけでない。彼女もまた恐れているのだ。


「……悪かった」


 二人が謝るとテレサは何とか笑顔を繕う。だが手の震えは止まっていない。そして抱き寄せられているテレサの目は虚ろなもののままで、会話はとてもできそうにない。


 こうしている間もずっと、亡霊達のけたたましいうめき声が響き渡る。アイザックは「ああクソッ!! 頭がおかしくなりそうだ!!」と地面を蹴り腹立たしそうに森の方を見た。だがその先に彼らの姿を見たような気がし、そしてメアリスの姿を思い出すとすぐに森に背を向けた。



 その後、メアリス率いる亡霊達の情報が陣地内に伝わると襲撃に備えるよう命じられた。アイザック達は空腹と乾きがひどいこんな状態で戦うのかと深い絶望を味わいながら他の兵士と共に野営地の警備を始めた。





「……汚れた」


 同じ頃、兵士達が去った森の中でメアリスは悲しみにくれていた。せっかくよく眠れるようにと用意した毛布が血で汚れてしまったのだ。赤い液がポタポタと滴り落ち、足元に生えた草を赤く塗らしている。


 メアリスは両手で持ったまましばらくどうしたものかと考え辺りを歩き回り、そして近くの木にもたれかかろうとした。ふとその時、何か柔らかいものを踏んだ。足元を見ると、穴があちこちにできた人間の体だった。


「邪魔」


 グシャリ。とつぶれる音がし、肉片を飛ばしながらそれは闇の中へと消えた。どうなろうがメアリスの知った事ではない。彼女は木にもたれかかって座ると血濡れの毛布を被った。


「意外と平気」


 ポンポンと毛布を整えて目を閉じる。亡霊達のうめき声、這いずる音など気にも留めず、メアリスは明日に備えて眠りについた。

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