36話
太陽の位置は豊かな緑の葉と森の木々に阻まれ正確には分からないが、おそらく頭上から少し傾いた位置にあるだろう。
昼食を済ませた兵士達は隊列を作ると、いよいよ森へと入り、その先にあるポルーネへと人間と魔族を討伐しに向かうのだ。
「どうしてもこの森で夜を越さねばならぬのか?」
先頭を馬に乗ったまま行き、尊大な態度のまま後ろを行く兵士に問うのは、まるで汚れとは無縁そうな白金の鎧を着た騎士ヘンリーだ。彼が前に垂れてきた自らの金色の髪を弄っていると、兵士からやむを得ない旨の返事がきた。苛立たしさから胸いっぱいに植物の匂いが混じった新鮮な空気を吸い込むと、気持ち早く馬を歩かせ兵士達にも先を急ぐよう伝えた。
「なんだってあの馬鹿指揮官は進軍速度をあげたんだ? どんなに急ごうとこの森で夜を越すのに変わりないのに」
森に入ってから数時間、一人の男が愚痴を漏らした。
「馬鹿だからじゃねえのか?」
ヘンリーの姿が遠目でようやく見えるほど離れた隊列のおよそ中ほどに、彼に対して悪態を吐く兵士達がいた。当然彼の耳には届いているはずもなく、周囲にいた兵士達は馬鹿にしたような笑い声をあげる。
「アイザック、そう包み隠さず本当のことを言わなくても」
「お前が一番最悪なこと言ってるぞテレサ」
アイザックと呼ばれたまだ少年の面影が残る短い金髪をした青年は、隣を歩く同い年ぐらいの肩に毛先がかかるほどの赤髪をした女性、テレサに言い返す。すると事の始まりである一回り年を取っていると思われる茶髪で落ち込んだ目をした男が卑屈そうに笑うと、周囲にいた兵士もまたドッと笑い出す。
「そう? でもいいんじゃない? そう思われるあいつが悪いんだから。あんな家の力だけでのし上がったような奴が指揮する軍なんて、報酬が高くなかったらまず参加してないっての」
「同感だ。しかしアイザック、お前の彼女は随分と手厳しいな」
「はあ?! だからおっさん、前から言ってるが俺はこいつの腕を見込んで一緒にいるだけで別にそういう関係じゃねえっての!!」
「ふうん……。まあお前ら二人がどういう関係かは何度も言ってるがどうでもいい。だがな、俺の事おっさんって呼ぶな。まだ30超えてねえんだぞ? 一応お前とギリギリ同世代だ! 知ってて言ってるだろ?」
「もちろん、だけどロバートの見た目が老けて見えるのが悪い。40は余裕で超えてそうだ」
目を細めニヤニヤ笑うアイザックにロバートは「てめぇ~……」と顔をひくひくとさせて苛立ちをみせる。テレサは止めようとせず、むしろここで喧嘩を始めてほしいといわんばかりに好奇の目を向けていた。それは兵士達も同じで退屈な行軍のいい暇つぶしになるだろうという程度の認識だ。
「おいお二人さん、その辺にしとき。エドウィンの堪忍袋の緒が切れそうだ」
そう呼びかけるのは三人の後ろを歩く、長い赤毛を結び背が彼らよりも少し高い女性だ。彼女が親指で後ろを指すと、鎧を着こんだ金色のひげを蓄えた男がジッと、まるで獲物を見つけた狼のようなまなざしを向けていた。背は彼らの中で一番低いテレサの次に低いが、縮れた金色の髪での間から見える目が、彼の威圧感を増すのに一役買っている。そして彼が背中に背負った戦斧の柄に手をかけるとアイザック達は競うように謝った。
「すぐ黙りやがってやんの。にしてもさすがエドウィン、あたしらの中で一番年取ってるだけあるな。年の功ってやつか?」
「……うるせえぞモニカ。てめぇは俺の次に年取ってんのにこいつらと同じノリしやがって、調子が狂うんだよ。それによ、これから魔族を殺しに行くんだ。こんなとこで無駄な体力使ってたら奴らを皆殺しにできねえだろ」
「怖いねえ。さすが、この討伐に一番やる気を見せてただけあって容赦ない」
「調子のいいことを……。だがまあ否定はしねえよ。大体魔族なんて邪悪なものはこの世界に必要ねえ、全員殺しちまえばいいんだ。悪を滅ぼす、それは正義だ」
エドウィンは気合十分に殺気を放っている。するとロバートは彼に指摘するように指を指した。
「あんたのは正義じゃなくてただの恨みだ。事故とはいえ魔族に家族を殺され――」
直後、ロバートは口を滑らせてしまったと心臓を手で握られたような恐ろしいエドウィンの視線を受けながら後悔した。恐る恐る右手を立てて謝るが、エドウィンは湧き上がる怒りを抑えるのに必死なようで息が荒い。
「……あれが事故だと? 俺は妻や子供を守るために奴らに刃を向けただけだ。だから悪いのはあの場にいやがった連中だ」
「でもよ、奴らは近寄ってきただけだと思うぞ? あんたがビビッてけしかけたりしたから――」
すると彼の前に手が差し出され、それがアイザックのものだと気づいた時、アイザックは「それ以上はやめてやれ」と首を横に振る。テレサとモニカは無言でロバートを何かを含んだ目で見つめていて、当のロバートは納得しない様子だった。
「まあでもエドウィン、良かったな。この戦いで魔族を倒せるし、何よりあんたが一番憎んでいる魔王を倒せるのだからな」
「そう簡単に言うな。だがロバート、お前のその言葉は正しい。それでだが、折り入って頼みがある。魔王を見つけたら生かして俺のところに連れてこい」
「いいぜ、だけど連れてくるのは他の連中とまわした後だ。噂じゃあ見た目はまだ子供らしいが姫に負けず劣らずかそれ以上らしいからな。もちろん殺しはしねえ、イかして連れてきてやるよ。別に文句ねえだろ?」
「構わねえ。むしろ進んでやってほしいぐらいだ、魔王なんぞ辱しめを受けて当然の存在だ」
エドウィンはギラギラとした目をしたままニヤリと怪しく笑い、ロバートは彼に少し引いてしまうが調子づけるように笑い返す。そんな二人をアイザック達三人はやれやれとした様子で眺めていた。
「ところでロバート、そう調子いい事言ってるが本当に魔王なんか捕まえられるのか?」
「ああ、さすがに一人では無理だが協力すれば余裕だろうよ。奴の弱体化は本当らしいからな、何せできるのはせいぜい火球を作る程度だ。威力がどれ程かは知らねえがどうせ俺とどっこいどっこいの強さだろういよ。それによ――」
ロバートは腰に下げていた袋から透明で小さな球を数個取り出すと、それぞれを指の間に挟んでみせた。球の中には蝋燭のように小さな炎がゆらゆらと揺らめいている。アイザックとテレサが見惚れたように中の炎を見つめてしまう。
「今回の為に魔力水晶を多めに用意しておいたんだ。これ一個作るのにかなり時間かかるのに結構作ったから手間がもうすごいのなんの、成果を出さなきゃやってらんねえ」
「お前、意外にやる気あったんだな……」
「あのクソ野郎が指揮官ってこと以外、俺は満足してるぜ。何せポルーネだ、久々に荒稼ぎができる。お前達もそう思わねえか?」
アイザックは皮肉めいた笑みをしたまま「たしかにな」とテレサに同意を求める。テレサも腰に下げた剣をちらつかせながらニヤリと笑っている。それを後ろで見ていたモニカは「これじゃあたしらまるで強盗みたいだな」と苦笑いをするが、ロバートに「あんたもどうせ同じ口だろ?」と言われ腕組みをしながら笑ってしまう。
その時、木が焼けるような匂いが後ろから風に乗って伝わってきた。初めは勘違いだろうとアイザック達は思っていたが、周りの兵士達も怪訝そうな顔をしていることに気づくと嫌な予感がした。すると後方から「敵襲ー!!」と叫ぶ怒号が次々と響き渡ってきた。
アイザック達は振り向き、目を疑った。後方を行軍していた部隊の荷車がバチバチと森の木々に燃え移りそうなほどの炎を巻き上げて燃えていた。
そしてアイザック達はこの時、戦いの火蓋が自分達の手ではなく、魔族の手によって切って落とされたことを戦々恐々としながら感じ取ってしまった。




