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34話


 会議を始めてから数時間後


 雑談を交えつつもようやく対策がまとまり、ウールは椅子にもたれかかりほっと息を吐いた。といっても主に話を進めていたのはベルムとグルト、そして傭兵達でありウール達は口をたまに出す程度だったが。


「しかし助かったぜ。これでどうにかなりそうだ」


 ベンは安心したように快活な笑みを見せている。リチャードも疲れを見せてはいるが表情は朗らかだ。ウールは「それはこちらも同じだ」と言うと、勝利を確信したようにニヤリと笑い握手を交わした。


「それにしてもあんたとこうやって手を組む日が来るとはな。歴史の転換点ってやつか? そう思うとすごいことになってきたな」


「ふん、たかが手を組んだくらいで大層なことを」


「ハハハ、確かにな! だがこれから大事(おおごと)になるのは間違いないぜ? 何せ王国を倒してあんたらと一緒に国をまとめなきゃならないからな」


 心が晴れ渡るような笑顔をみせるベンだったが、ウールは対照的で彼から手を離すと黙りこくってしまう。なにか気に障るような事でも言ってしまったのかと不安そうにしている彼に対し、ウールは懐疑的で、信じられないといった目で見つめていた。


「どうしたウール? 何かおかしいことでも言ったか?」


「ちょっと待て、なぜ我々もなんだ?」


「何言ってんだ? こうやって手を組んだのは脅威となる王国を倒すためだろ? だったら当然、倒した後は俺達が国をまとめなきゃいけないに決まってるだろ」


「いやそれは分かるのだが、そこでなぜ我々なんだ?? お前達だけでいいだろ」


「だが今のあんた達には城が無いし魔族はバラバラになってしまってるんだろ? だったら俺達と一緒の方がよくないか?」


 射殺すような、といえるほど鋭い目つきをさっきまでしていたウールだったが、段々と頭の上に疑問符がポンポンと浮かび上がる。やがてウールは席を少し外すと告げ、彼の曖昧な返事を背にベルムとリリーを伴いそそくさと部屋を出ていった。




♢


 早足で廊下をズンズンと歩く間、ウールはすれ違う人々に目もくれなかった。その後ろをついていくベルムとリリーはどうしたのか聞こうにもできないでいる。やがて角を曲がり人気のない場所へと来ると、ウールは壁へもたれかかったまま腕組みをした。


「どうかしたのですか魔王様? 彼らの言ってることに何か不満でも?」


「不満は無い、いや親切すぎるというか疑う気持ちは無いのかと逆にこっちが疑ってしまいそうだ……。まあ、あいつらは倒すことで頭が一杯でなりふり構ってられないだけだと思うのだがな。ただな~……」


 ウールは両手で顔を覆い、うなだれてしまう。二人はなぜこうなってしまってるのか見当がつかず互いを見ると肩をすくめた。


「人間を統治するのだろ? ゼッッッッタイにめんどくさい! いや間違いない! ああ~……考えるだけで白髪になりそうだ……」


「元々白髪みたいなものでは――」


「これは銀色だベルム!! 一緒にするな!! それはともかく、私は敵を退けたらとっとと南に行って他の魔族と合流しようと思ってた。ちょうどリリーとも合流できたしゴブリン達に頼んでいた装備もできたからな。ところがこのありさまだ……」


 骨が無くなったかのように腕をだらりと振ると顔を壁に擦りつけている。時々「あぁ~……」と幼い見た目からは出すべきでないような声を出しているウールからは、どんよりとした悲壮感が放たれている。それは纏わりつくように辺りの空気を包み、ベルムとリリーは中々声をかけられずにいた。そうしている間にもウールの愚痴は続き、言葉は呪詛のように廊下を這いずり、近くを通った人がギョッとしてしまう。


「先代魔王でしたら多分今の状況を手を叩いて喜んでいたでしょうね」


「どういうことだベルム?」


 突然『先代魔王』という言葉が出てきてウールは困惑をみせる。『先代魔王』は書物に出てくるほど古い存在であり、どのような人物、考えを持っているのか彼が知る由もないはずだからだ。当然ベルムが実際に会っているはずで「例えみたいなものですから」と彼は補足し話を続けた。


「つまりですね、今の状況ってかなり世界征服をしやすい状況だと思うんですよ。なぜなら人間の同士討ちが起きていて、しかも吾輩達は一方の勢力と同盟を組んでいてしかも好印象。ですから互いにつぶし合い、国を彼らが征服した後に他の魔族を集結させれば人間などすぐに……」


 それ以上彼の口から何も言葉は出なかった。だがウールは無言のままベルムの窪んだ眼を睨んでいる。考えは既に分かってる。ただ今一度、思いを確かめたい。分析するように冷たく、感情を殺した目でウールはジッと睨み続け、やがて時が流れているのを忘れた。


「……ベルム、人間を虐殺すると言いたいのか? 先代魔王の記録を既に読んでいるという認識だったが私の思い違いだったか?」


 幼き少女の口から放たれた言葉は巨石のように重くベルムにのしかかる。横で聞いていたリリーも感情を捨て彼の言葉を待っている。だが彼は何ともなさそうにふぅと息を吐くとそれを合図に口を開いた。


「そうは言っておりません。先代魔王が人間を侮り、殲滅しようとした結果は知っていますし、魔王様が慎重になられている理由も理解できます。しかし可能性は捨てきれませんし、それは人間を支配するか排除するかで決まります。それを決めるのは魔王様であり、吾輩ではありません。吾輩がそのようなことで見誤るような愚か者だとお思いですか?」


 沈黙したまま互いに見つめ続ける。ベルムは一切動じない。ウールもまた、彼の泰然として構える様に動じず絞め殺すかのようにジッとしている。


「……そうだな、疑ってすまなかった。それに、お前がそんな奴ならとっくに他の魔族に消されているだろうな」


 ベルムは一瞬体をブルっと震わせ思わず目を背けた。他の魔族に殺される自分、そのむごたらしい光景を想像してしまったのか「もし殺されるなら魔王様の手によってがいいですね……」と軽口を叩いてしまう。ウールとリリーはつい笑ってしまい、ウールは「今のお前には無用の心配だろう」と彼を安心させるように数回小突いた。


「まあとにかく。魔王様、吾輩の考えは伝えました、後は魔王様です。これからどうするか、そのお気持ちを吾輩達にお聞かせください」


 ウールはベルムと見つめ合い、リリーとも目を交わす。そして旅路を遡るかのように目を閉じる。何もいない湖の水面のように静かな時が流れる。二人は急かすことなくただ言葉を待つ。やがてウールが一度踵で廊下をコツンと叩き、目を開いた。


「……私は人間などと関わりたくも無かった。私はただ……私も含め、皆(みな)がのんびり暮らし、明日を無事に迎えればいい、その程度だった。世界征服などどうでもいい、種族がどうとか過去に殺し合ったからだとか、そんな生まれながらに持ったどうしようもないことで血を流すなどばかばかしい」


 淡々と言葉を紡ぐウール。次第に赤い瞳は炎が宿ったかのように意志をみせ始める。二人はそこに彼女を見た。


「だがこうなってしまったからにはもうそうは言ってられない。ならばどうする? 脅威となる人間を殲滅するか? 違う。きっと生き残りが現れ、火種は消えないだろう。では人間を支配するか? 違う。支配した後の世界で必ず負の感情に飲まれ、我々魔族を姑息な手段で殺しにくるだろう」


 その時、目線を下げるほど小さなウールの姿が大きくなったように二人は感じた。


「ではこうすればいい、皆と共に生きる為に。人間と魔族が、いや、我(・)々(・)と(・)彼(・)ら(・)が(・)共に生きることに疑問を持たない世界を作ればいい。そのために私は、世界征服を開始しよう」


 目に宿る紅い輝きは炎、ウールの堂々たる姿は道標。二人はそこに、魔王を見た。



「……ちょっと理想に走りすぎか? 我ながら恥ずかしくなってきたな」


 せっかくの胸の高鳴りがその一言で台無しになり、二人は思わず笑ってしまう。リリーは特に顕著でベルムに体を預けながら朗らかな笑みを見せていた。そんな二人を前にウールは両手をパタパタと動かして顔を扇ぎ、熱くなってきた体を冷やそうと努めている。


「いえ、むしろそれくらい突き抜けている方が魔王様らしいと思います。それに吾輩はそれでいいと思います。理想や夢というのは高く掲げるほど求心力も増します。そして、こういったものは叶えるのではなくあるということに価値があります。ですから上に立つ魔王様には丁度良いかと」


「お、おお……。そうか。まあ実感は湧かないがベルムが言うならそうなのだろうな」


 少し熱が下がりだしたウールは恥ずかしそうに口を尖らせながら答える。やがて落ち着き一息入れると、試すような笑みを二人に向けた。


「この世界征服は苛烈を極めるだろう。だから私だけじゃなく、お前達にも当然頑張ってもらわなければならない。二人とも、覚悟はできているだろうな?」


 ベルムは望むところといわんばかりに親指をビシッ立てた。その姿は頼もしいものでウールは満足そうにニヤリと笑う。リリーは凛とした表情をしたままウールの両肩に手を置いた。


「もちろんです魔王様、私はあなたの為にこの身を捧げると誓っています。あなたの行く道が私の行く道。例えその道が、身を滅ぼすものであろうとついて行きます」


 ウールは感謝の言葉を言うと期待しているようにそっと右肩に置かれたリリーの手に触れ「だが死を望んではならん。共に生きてほしいのだからな」と言いギュッと温もりを確かめるように握りしめた。シルクのように柔らかな笑みをリリーが浮かべ、ウールもまた笑みを返す。


「では魔王様。よければですが、その……ここに改めてあなたへの忠義を誓わせてください」


「ん? ……ああ、べつに構わんぞ」


「ありがとうございます。では――」


 二人を隔てるものは何もない。リリーの頬が初々しく咲きだした花のように赤くなっていた。潤んだ瞳にはウールの燃え上がるように輝く瞳が映る。それを大事にしまうように目を閉じると、艶やかなウールの唇にそっと自らの思いを乗せた。

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