30話
「で、魔石を使って連絡を取り合っていたが私が弱体化してしまったせいでそれができなくなってしまった。そのせいで色々と面倒が起きたし使えなくなったのもまあその一つだ。こうなったのも迂闊に城を離れた私のせいだ」
ウールは深刻な面持ちで頭を下げはっきりとした声で「すまなかった」と言う。これにはグルト達も驚き、魔族でないエイリーン、そしてメアリスでさえも訝しげな顔になり動揺してしまう。
息の詰まるような空気の中、それを打ち壊すかのように突然、リリーがウールをガバッと抱き寄せた。
「し、死ぬ……」
あまりの強さでウールの体からゴキバキと鈍い音が聞こえてくる。見ているグルト達は本当に死んでしまうのではと気が気でない様子だ。息を枯らしながら止めるようウールは訴えるがリリーの耳には届いていない。
「魔王様のせいではありません」
明瞭で確かな声で言うリリー。ウールは気持ちは嬉しかったが「だが事実だ」と絶え絶えで答える。すると彼女は抱きしめる力を弱めるとウールの肩に両手を乗せ真っ直ぐ向かい合った。
「ですが原因が魔王様だとは思えません。遠く離れただけで城が壊れるなんて、そんな事考えにくいです。きっと他に理由があると思います、だから感嘆に謝らないでください。そんな弱気な魔王様など私は見たくありません」
ウールは最初、ただ慰められてだけかと思っていた。だがリリーの様子からそうではないと感じ取りそんな考えを持ってしまった自分に後悔の念を抱く。なぜなら彼女の目には強い意志がこもり、真剣に切迫した現状に向き合おうとしているからだ。
ウールは目を伏せると魔王城がなぜ消滅し、自分がここまで弱くなったのか考えを巡らせる。だがいくら考えても答えなど見つかるわけもなかった。
ふう……と小さく息を吐く。ウールはリリーの背中をポンポンと叩き「ありがとう」と囁くように言った。まるで眠る前の子供に語り掛けるように穏やかな口調。リリーは嬉しさで一杯になると再びウールを強く抱きしめた。せっかくの雰囲気がぶち壊れ、また意識が遠のきそうになっているウールをベルム達が苦笑いしたまま眺めている。そんな状態が数十秒ほど続き、意識を失う前になんとか解放されると、体をふらふらさせながら息を何度も大きく吸い込む。
「加減というのを覚えてくれ……。まあいい、それにしてもリリー。よく私がここにいることが分かったな。勘か?」
「魔王様がどこへ行こうと私には分かります。と言いたいところですがさすがにそんな能力は持っていませんので」
ウールは一瞬(何だその恐ろしい能力……)と体をビクリとさせるがそれが違うと分かり安心した。リリーのことは気に入っているが、四六時中居場所が分かるとなると監視されているようでいい気分とは言えない。
「王都で調査をしている時に魔王様がここにいることを耳にしました。もうそれを聞いた時は心が破裂しそうなくらい――」
「ああ、うん。嬉しいのはもう身に染みるほど分かってるから。それで、人間達に何か動きはあったか?」
その時、穏やかな表情を見せていたリリーの表情がフッと変わり、厳しいものになる。放たれるプレッシャー、滲み出る怒り。ビリビリと伝わる彼女の感情にその場にいた全員が息を吞み、どこか吞気だったウールでさえゴクリと唾を飲んで次の言葉を待つ。
「人間共が魔王様を殺しに来ます」
部屋のざわめきが一瞬にして沸き起こる。どうすればいいのか、相手の数はどれくらいなのか、自分達だけで戦えるのか。みな深刻な面持ちで不安をぶつけあう。
一方ウールは腕組みをしたまま虚空を見上げる。以前から想定していたことで絶望はしていないが、まずい状況であることに変わりない。ざわめきが大きくなる中グルト達を落ち着かせると、リリーに詳しい事を説明するよう求めた。
「はい。王国はポルーネから始まった反乱に加担した人間と魔族が協力関係にあると判断し鎮圧することを決めたそうです。今は兵士を募っている際中だと思いますが、この話を聞いたのは一週間ほど前ですので、奴らが侵攻を開始するのも時間の問題かと」
「猶予はあまりない、か。……というかリリー、そんな大事な話をなぜさっさと言わなかった」
「すみません。魔王様のお姿を久しぶりに見て理性がどこかへ飛んでしまいまして」
ウールは両手で顔を抑えながらうなだれてしまう。ここで下手に危機感を煽られるよりはマシだが、これはこれで問題がある。いや、実際大問題だ。というよりそんな事を恥ずかしげもなく言えるなとある意味感心さえ覚えてしまう。ウールは旅に出した目的をリリーに確認させ、今後は注意するよう忠告した。
「とにかく、私を殺しに来るのは当然だろうな。それに今の私はひどく弱いからなおさらだ。だが今回は運が良いな。王国は反乱している人間も始末するのだろ?」
リリーは「間違いありません」と静かに答える。
「都合の悪い存在は例え正しくても始末する、か……。ふざけてる……」
黙って話を聞いていたエイリーンは非情な事実に心底腹を立てていた。グルトに落ち着くよう注意され謝ると首を弱々しく振りながら俯く。彼女の内からふつふつと湧き上がる怒りは消えることはなかった。
「正しい事をしようがしまいが王国には関係ない。そもそも反逆者達、そして私を殺すのも向こうからすれば正しい事だ」
「何を言っているんだウール! 街の人々を守った皆を王国は殺す気だぞ?! それが正しい事だと言うのか――」
「王国も民を守るために戦う。向こうの立場はそうだろうな。それを正しくないとお前は言うのか?」
「でも――」と言葉を続けようとするエイリーン。だが次の言葉がぐちゃぐちゃになった頭の中から出てこない。
「正しいかどうかなんていくらでも解釈できるし、そもそも完全と呼べるものはない。だから一々どちらが正しくてどちらが間違っているかなど、考えるだけ無駄だ」
きっぱりとした口調で言うその言葉は海のように不変のものであるかのようだった。そして真っ直ぐ見つめたままのエイリーンに対し「だが――」と言ってウールは話を切り出す。
「奴らがこれから愚行をしようとしている事実は変わりない」
「ウール、それってさっき言った事と矛盾しているんじゃないか?」
「正しいかどうかの話じゃない。この私に戦いを挑むことがどれだけ愚かだということだ。かつての力は失っているがそれだけで私を倒せると?」
「なぜそう言い切れる? 何を根拠に?」
「私が勝てると思っているからだ!」
エイリーンは「はあ?」と意味不明そうな表情をしたままウールを見つめる。だがウールは一切動じず見つめ返している。ふとベルムの方を向くと半ば呆れたような表情をしている彼が目に入った。
再び視線を元に戻すがウールは依然として自信を崩さない。エイリーンはウールと意地を張り合うようににらめっこをしていたが次第におかしくなり、ついには吹き出してしまった。
「何がおかしい?」
「い、いや……。ウールらしいなと思って……」
肩を震わせながら笑うエイリーンにウールは拗ねた子供のように口を曲げる。そんな二人をよそにベルムが話を戻そうと「あの~」と声をかけた。
「ところで魔王様。さっき運が良いと言ったのはもしかして反乱している人間達と組めるからという考えからですか?」
「そんなところだベルム。さすが長い付き合いなだけあって私の考えを分かっているな」
ベルムは「当然ですよ」と誇らしげに言うが、ふとリリーからのチクチクした視線に気づきギョッとした。ムスッとしたまま頬を少し膨らませ、「私も分かってました」とじーっと視線を向けている。それにウールが気づくとリリーの頭を「やめんか」と言ってポフッと叩き落ち着かせる。
「とにかく、私の考えはベルムの言った通りなんだが、お前達どう思う?」
グルト達は互いに顔を突き合わせると「俺達は問題ないですが一応他の連中の考えも聞いて欲しいです」と言う。
「分かった、ではそうしよう。どちらにしろ今日はもう日は落ちてるし、人間達に話を持ち掛けるにしても明日になるからな」
そう言うとウールは体をうんと伸ばす。すると腹の虫がここぞとばかりに鳴き、両手を伸ばしたまま固まると「……飯にしないか?」と提案した。
グルト達は気まずそうにそうですねと答え食事の準備をしようと立ち上がる。
「魔王様。食事ができるまで時間がありますしその間に風呂にでも入ったらどうですか?」
「ん? ああそうだな――」
突然、ウールはお姫様のように抱き上げられた。体を支える白い腕。何が起きたか理解できなかったが、心が幸福で満たされるあの柔らかい感触を頭で感じ取り事態が飲み込めた。
顔を見上げると、ベルムをキッと見つめたままリリーがウールを抱きかかえていた。そして頭に当たっている柔らかい物体がリリーの胸であることもこの時理解できた。
「私もご一緒いたします」
「え? おいまて――」
ポカンと立ち尽くすベルムの前をリリーは嵐の如く走り抜ける。「ぎゃああああああああああああああああああ!!」とウールの悲鳴が奥へ奥へと消えていき、ベルム達は心配そうに廊下を眺めていた。
だがすぐにリリーが白目を向いているウールを抱えたまま戻って来た。決して助けを求めてというわけでない。「風呂はどこだ」と急かすように訊ね、グルトが答えると回れ右をし走り去る。
「大丈夫なのか……」
「俺達が心配したところでしょうがないだろ……」
そう言うとグルトはエイリーンに食事の準備を手伝えと言い、彼女は「分かってる」と言って立ち上がる。
「私も」
突然、エイリーンの横に座っていたメアリスがスッと立ち上がりグルト達は驚き半分、感心半分といった様子で彼女を見た。彼女が食事の準備の手伝いをすることなど無かったし、自ら言い出すのも珍しいからだ。
物珍しそうに見ているグルト達。そんな彼らの前をスタスタと通り過ぎるとメアリスは風呂のある方へと向かった。
「風呂かよ!!」
全員が一斉に叫ぶがメアリスの耳に届いているかは分からない。直後、ウールの絶叫が耳が痛くなるほど伝わってくる。ベルム達は健気な応援を心の中で送り、響き渡る絶叫を背に台所へと向かった。




