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21話


「正気かウール?!」


「至って正気だ」


 手記を領主の服で結び、投げ縄のようにぶんぶんと振り回しながらウールは得意げに答えるがエイリーンは気が気ではない。顔面蒼白なエイリーンを無視しウールは兵士達へ意気揚々と近づく。


 異様とも思えるウールの姿、そしてついさっき見た黒い稲妻。彼らが恐怖のどん底に叩き落とされるのも必然だ。


「さあ兵士共! 取れるものなら取ってみろ」


 兵士達はすっかり怯え悲鳴をあげる。だがウールは容赦なく思いきり手記を投げた。だが勢い余ってかウールの手からすっぽりと服が抜け、あろうことか兵士たちの中にポトリと落ちてしまった。


「……すまん」


「『すまん』じゃない!!」


 エイリーンが激怒するのをよそに、兵士の一人がざまあみろと言わんばかりに卑屈な笑みを見せながら手記を拾う。だが直接触れてしまったことが災いし稲妻が彼を襲う。


 手記を手放した時には既に手遅れで、体から煙を出しながら力なく倒れた。すると別の兵士が落ちている手記を渡すまいと素早く拾う。結末は予想通りで、稲妻を浴び、倒れていた兵士の隣に並ぶように気絶した。


「見ろエイリーン! これが私の狙いだ!!」


 冷めた目をしたまま全く信じていない様子のエイリーンをよそに、ウールは手記を取り返そうと走り出す。そして手を伸ばすが、また別の兵士が滑り込むように手記を拾い上げた。結果は火を見るよりも明らかで稲妻が彼を襲う。


 だが愚かなことに、襲い来る痛みのあまり彼は気絶する寸前、手記を思いきり宙へと投げてしまった。兵士達はみな青ざめ、宙を泳ぐ手記を眺めるていると彼らの一人の頭にコツンと軽快な音がした。直後、バリバリと皮膚を破るような音と共に稲妻が走り、手記は反動で別の兵士の手元へと飛ぶ。



 その後も何の因果か手記は兵士達の中を蝶のように飛び交い、稲妻を放ちながら次々と兵士達を倒していく。ウールとエイリーンは気の毒そうにその凄惨な光景を眺めていた。やがて兵士の数が最初の三分の一ほどに減り、ようやく手記が床に落ちるとウールは手記を拾う。そして再び投げ縄のように振り回しながら残った兵士達を一方的に倒していく。


「しかし不思議だ、なぜウールは何ともないんだ?」


 ウールは「魔王だからな」と最後の兵士に向かって手記を投げながら答える。兵士が倒れると余裕そうに手記をぶんぶんと振り回しながら来た道を歩く。その後ろをエイリーンはどこか納得していない様子で付いて行った。





 執務室へ戻った二人はすぐさま部屋を出て館の最上階を目指して走る。その間にも兵士達に何度か遭遇したが、手記を使って容赦なく蹴散らしていったので苦労なく駆け抜けられた。


 そうこうしているうちに二人は最上階にあるバルコニーへと難なく着たどり着く。ウールはエイリーンから表面がざらざらとした茶色の球体を一つ受け取ると、腕に炎をまといそれを強く握りしめた。バチンと弾けるような音が聞こえたかと思うと、球体は炎を吹き始め、ウールはそれを空高く放り投げる。球体は勢いを増しながら空へと昇ると、まるで空を大きな布で覆ったような白く眩い光が一瞬にして放たれた。


「かなり目立つな」


「文句を言うなウール、ゴブリン達が時間が無いなりに考えた物だ」


「それもそうだな。ところで随分あいつらの肩を持つな、なぜだ?」


「まあ……世話になっているからな」


 少し気恥ずかしそうにしたまま空を見上げるエイリーンを見てウールは少し驚いていたが、満足そうに少し頬を緩ますと空を見上げた。


 眩いばかりの光が消えた夜空には散りばめられた宝石のように輝く星々が輝いていた。そして地上へと降り注ぐ星明かりを背に、翼の生えた巨大な影が空から二人に向かって風をまといながら一直線に二人の目の前まで降りてくる。


 猛烈な風が二人を襲い、なかなか目を開けられなかったが、目を開けるとワイバーンが唸りながら体を低くしていた。すると背中に乗っていたグルトがひょこっと顔をあげ「無事ですか」と二人に手を振ってみせる。


「思ったより早かったですね。力技な作戦で皆不安でしたがこれも魔王様とエイリーンが強いということですかね」


「というよりはこれだな」


 ウールは『黒の手記』を見せるがグルトは訳が分からなそうに頭をポリポリと掻いている。ウールは簡潔に説明しながら手記に巻き付けた服を取り除くと袋に入れた。


「まあとにかく手に入れたんだ、すぐにでも行くとしよう」


 そう言うとウールはワイバーンの背中に乗り、後ろにエイリーンも続いて乗る。グルトは後ろを振り向き二人が乗ったことを確認するとワイバーンの体を叫びながら叩いた。


 ワイバーンは空に向かって咆哮をあげると尻尾を叩きつけるようにしなやかに振りバルコニーの手すりを無理やり破壊した。そこから飛び降り翼を大きく広げるとワイバーンは流れ来る風を我が物とする。


 すぐ下まで建物が迫る。ウールとエイリーンは冷やりとするがすぐにふわりとした感覚に襲われた。直後、ワイバーンは夜空に向かって羽ばたき地上がぐんぐんと遠くなる。


 やがて空に浮かぶ小さな雲が手を伸ばせば届きそうなほどにまで迫るとワイバーンは大きく翼をはためかせる。進路を水平線の広がる海の方へと変えたのだ。


「グルト、これが終わったら私にワイバーンの扱い方を教えてくれないか? その、ワイバーンを見た時から興味があって」


「教えるのは別にいいぞ。だが人間がワイバーンを扱うなんて前代未聞だからな……。大変だと思うが大丈夫か?」


 エイリーンは真っ直ぐグルトを見つめたまま頷くと嬉しそうに拳をグッと握る。ウールは意外そうに彼女を見つめていたが満足そうに目を閉じた。


「ちなみにだがエイリーン、ワイバーンのどこが気に入っている?」


「かっこいいところだ」


 即答で答えるエイリーン。二人は何か言いたそうに戸惑うが特に答えることはしなかった。純粋な心を傷つけるように思えたからだ。





「船が見えてきましたよ」


 グルトの指さした先にあるのは巨大な帆をはためかせながら航海している一隻の船だ。遠目からでは区別はつかないが、船に乗っている人々がみなウール達の方を見て手を振っているのが分かる。


 グルトは体を低くするよう二人に指示を出すとワイバーンの背中を叩いた。二人が体を低くすると同時にワイバーンは急降下を始める。


 ごうごうと襲い掛かる音。吹きつける海風。二人は思わず目をつむるがほんの数十秒ほどで風が収まる。目をゆっくりと開けると、すぐ横に船があった。船の上からは人々が二人を称えるように歓声をあげながら喜んでいる。その中からベルムとリチャードが安否を確認しようと手すりに身を乗り出した。


 ウールは誇らしげな笑みをみせながら袋から『黒の手記』を取り出し高らかに掲げた。それを見ると全員が一斉に歓喜の声をあげ、エイリーンも満足そうに船へと飛び移った。


 ウールはうんうんと頷き袋に手記を片付けるとエイリーンに続けて颯爽と船に飛び移る。


 だが着地した瞬間、床の板が抜け片側が勢いよく起き上がり、ウールの顔面を思いきり叩きつけた。


「大丈夫ですか魔王様? かっこつけようとするからこうなるんですよ」


「うるさい! かっこつけてなどいない!!」


「嘘ですね。めちゃくちゃキメ顔でしたよ? 本当魔王様は嘘が下手ですね」


「あーもういいからちょっと黙れ!! それよりリチャード、船の手配ご苦労だった。よくこんな大きな船と人員を用意できたな」


 ウールは痛む鼻をさすりながら辺りを見渡す。見上げるほど高い巨大なマストを持った船に大勢の人々が乗っており、リチャードは「オリヴァーさんの知り合いや傭兵仲間に事情を説明したらすぐに用意ができた」と語る。ウールはほうほうと感心しながらリチャードとベルムを連れて甲板を歩き始めた。


「で、リチャード。肝心の亡霊だが一体どんな奴ら――」


 聞くよりも前に海が激しく荒れる。船の横からは荒れ狂う波が襲い船体が大きく傾く。人々はバランスを崩して次々と倒れてしまうが何とか持ちこたえていた。


 すると轟くような潮の音と共に海の底から一隻の古ぼけた船が現れる。船体から海水が滝のように流れ落ち、薄汚れあちこちが破れた帆はひらひらと風にあおられている。


 船上にはいつ亡くなったのか分からない死体の群れが立っていた。五体満足の者もいれば腕や足、どこかしらを失っている者もおり、彼らは気味の悪いほど静かにウール達を見つめている。


 そして彼らの先頭には、左目に眼帯をした銀の瞳を持つ空色の長い髪の少女がいた。少女は華奢な体に不釣り合いなほどの巨大な錆びの付いた二本の剣を左右それぞれの手で握りしめ、人形のように表情一つ浮かべずウール達を睨んでいる。


「……あんな奴らだ」


「今までで一番分かりやすい説明だな」

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