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13話 


 馬はウール達を乗せ平原を駆け抜ける。クレアは必死にリチャードの大きな背中を抱きしめながら目をつむっている。ウールが風のせいか少し目を細め、大声で先ほどリチャードが話そうとしていたことが何かを訊ねた。


 リチャードは村の入り口で起きた凄惨な出来事を説明し始めた。内容を、そしてそれを話す彼の憎むような厳しい表情からウール達は村で今何が行われているのかが容易に想像がついた。クレアは彼の服をギュッと握りしめ涙が一筋流れ落ちた顔を彼の背中にうずめる。


「オリヴァーさんに頼まれたんだ。ウール達を、そしてクレアを守るようにって。多分俺が怪我をしてまともに戦えないのを分かってこう言ったんだと思う……。すまないクレア、皆を守れなくて」


「そう自分を責めないで、それにお父さんがそう言ったのなら――」


 クレアの握る力が強くなる。目を一度強くつむると涙が雫となって後ろへと飛んでいく。


「ちゃんと最後まで守ってねリチャード」


 決して大声で言ったわけではない。だが確かにリチャードの耳には届いていた。彼はハッとしたように振り返るとクレアが力強い眼差しを向けていた。彼女の金色の目は火が灯ったように覚悟に満ち、闇をも照らすほどに輝いているようだ。その目の中に写るリチャードの顔が段々と決心が固まったように引き締まり「もちろんだ」と頼もしい返事を返すと前へ向き馬を加速させた。



 そんな二人の様子をウールとベルムは見物客のようにまじまじと見ていた。ベルムは素晴らしい演劇を見終えたようにうんうんと頷いているが、ウールは感心しつつもどこか居心地悪そうに唸っていた。


「どうしたんですか魔王様? せっかく仲睦まじい男女が二人、絆を深め合うという何人も邪魔してはならない、後世の詩に記されているような素晴らしきことが今まさに繰り広げられているというのに」


「なんでちょっと批評家みたいになっているんだ鬱陶しい……」


「ああすいません。吾輩、少し感動してしまいましてね。魔王様もそう思いませんか?」


「まあ否定はしないが」


「ではどうしてそのような顔を?」


「あ~その、なんというか。そもそもこうなったのも私が原因みたいなものだろ? だから申し訳ないというか罪悪感がどうもな」


 ウールは精魂尽き果てたようにベルムの背中に顔をうずめると「う~あ~」とまるで幼児退行したような言葉を繰り返す。さすがのベルムもこれには戸惑い肩をすくめてしまう。すると横からクレアが大声で「気にしないで!」と励ます。それを聞くとウールはまるで寝起きのように顔をゆっくりと彼女に向けた。


「ウールちゃんは悪くない! だって何もしてないし、それに山賊達から村人を守ったじゃない! なのに魔王だからって悪いって決めつけた、彼らが悪いの!」


 クレアが勢いよく村の方を指さすと五人の兵士が馬に乗って後を追ってきていた。距離は少しあったがじわじわと縮まっている。少しでも馬に問題が起きればまず逃げられないだろう。


「あ~もう、なぜこうもタイミングが悪いんだ~……」


 三人が驚いている中、ウールだけはうんざりしたように顔をベルムの背中に再びうずめ愚痴をこぼしていた。そうこうしているうちに目の前に森が迫りウール達は森の中へと入っていった。





「リチャードさん! こっちの方角であってますか?」


「ああ! こっちの方角が俺達の行く『ポルーネ』の港町だ、だからウール達のいうレッドゴブリン達の住処も多分この先のどっかだと思う!」


「地図を確認できればいいんですけど今は、ねえ……」


 ベルムは後ろを確認する。兵士達がしつこく追いかけている。少し視線を下げると意気消沈しているウールの姿がありベルムは「何やってるんですか」と呆れた物言いで注意した。


「失敗は誰でもあるんですよ。そう一々へこんでいては魔王なんて務まりませんよ?」


「いやでも事が事だし、それに人間とはいえ世話になった連中をあんな目に合わせてしまったし、助けずに逃げてしまったし」


「今後悔しても仕方ないですって。それに助けようにも今の吾輩たちには無理な話ですよ?」


「そうだな。今の私達では、な……」


 そう言うとウールは気合いを入れるように一呼吸入れ後ろを向く。追ってくる兵士達との距離が徐々に縮まっていた。


 ウールの目が目だけで殺せるほど鋭い目つきに変わる。右手に炎を纏った。炎は渦巻き、力が籠って震えている手のひらに火球が作られる。それを見た兵士達の目つきが明らかに恐怖におののくものへと変わった。


「私らしくない所を見せてしまって済まないなベルム。とにかく今はこいつらをどうにかしないとな」


「それでこそ魔王様です! さあ偉大な魔王様の力を奴らに見せつけてやってください!」


 ベルムに鼓舞されたウールはギラリと歯を見せながら笑うと右手をおおきく振りかぶった。勢いよく放たれた火球は彼らを恐怖のどん底へと落とす。


 だが命中するどころか、彼らの目の前で火球は華麗に上昇を始めた。流星のように頭上を飛び去っていく。これにはウール達も、そして兵士達も口をポカンと開けたまま、気まずそうに飛び去っていく火球を見送っていた。やがてそれは木の間を滑空していた小動物に見事に命中した。「グェッ」と小さな悲鳴が聞こえ、動物はふらふらと地面に落ちた。


「……こんな時に狩りですか?」


「そんな訳ないだろ!! 馬に乗りながらだと狙いが定まらないんだ! もっと速度を落とせベルム!」


「そんなことしたら追いつかれますよ! 魔王様が頑張るしかないですって!」


 ウールはじれったそうな声をあげると、ベルムの着ているローブを左手で引きちぎりそうなほど強く握り右手の手のひらを前に突き出した。


 火球が再び作られていく。狙いを定めるように息を整え、そして目を細めた。瞬間、放った火球は不規則な軌道を描きながら飛ぶ。先頭を走っていた兵士の馬の胴体に命中。馬は悲鳴をあげながら倒れ、乗っていた兵士は吹き飛んだ。


 ウールは見せつけるように拳を握って喜び、ベルムは「お見事です」とべた褒めだ。だが兵士達は怖がりつつも勢いを一切落とさず迫り続ける。ウールは再び火球を放つが一発目は当たらない。二発目で何とか別の兵士の馬に命中させることができた。だがそうしている間にもすぐそこまでに距離は縮まった。


「ああクソ! こんな魔法しか使えない自分がもどかしい! 前の私ならこのくらいすぐに片づけられるのに!!」


「そんな嘆いたってなにも出ませんよ。とにかく今遠距離で戦えるのは魔王様だけなんですから頑張ってください」


「こいつ、他人事みたいに……」


 ウールはベルムから目を背けるとすぐに攻撃を再開した。だが一番迫っていた兵士を倒した瞬間、さらに別の兵士が彼らの後ろから加勢した。数は十人ほどに増えてしまい、ウールは虚空を見上げながら泣き言を漏らす。



「この数は私だけでは無理だ……。おいベルム、剣をクレアに渡すからリチャードに馬を寄せろ!」


 ベルムは頷くと馬をリチャードに寄せた。そしてウールがクレアを呼ぶと驚いた様子の彼女に剣を持った腕を伸ばして渡す。


「どういうつもりだウール?! クレアに戦えっていうのか?!」


「万が一に備えてだ! なるべく数は減らすが流石に全部は無理なんだ!」


 リチャードは苦しそうな顔でクレアへと振り向く。クレアは口をキュッと結んだままリチャードを見上げているが、体は恐怖で小刻みに震えている。だが力のこもった声で「私は大丈夫」と答え頷くとリチャードは覚悟を決めた。


 兵士達はもうすぐそこだ。兵士達はウール達それぞれに二人ずつ剣を掲げたまま近づくと、剣を振り下ろそうとした。


 まさにその瞬間、ウール達のそばにいた兵士の顔に矢が突き刺さった。目を、口を、鼻を無残にも矢は貫く。血が雫となり、締めていた栓を急に開いたように吹きだす。


 兵士達が次々と落馬し後ろを走っていた兵士達の追う速度が少し弱まる。ウール達は何が起きたのかさっぱりだった。


 その時だった。おぞましく、身の毛がよだつ甲高い鳴き声が森に響き渡った。それはウール達の前から、上から、横から、まるで森そのものが鳴いているようにこだまする。


「なんだ?!」


 リチャードとクレア、そして兵士達。人間達はみな恐れ、辺りを必死に見回していた。だがウールとベルムは安堵の表情を示していた。


「奴らには感謝してもしきれんな」


 ベルムが「そうですね」と呑気な返事を返すと地を揺るがすほどの音が前方から聞こえてきた。音は次第に大きくなる。やがて音の主達が、ウール達の前に姿を見せた。

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