10話
「えっと、どういうことなのウールちゃん? 愛されているっていいことじゃ……ないの?」
「愛情とかそういうのなら私は何も言わないし、むしろ配下に信頼されていて嬉しいなって思うぞ。ただ……」
悲痛の声を漏らしながらウールは段々と丸くなる。怖い夢でも見た子供のように頭をぶんぶんと震わせ、誰が見ても異常であるとはっきり分かる。
「歪んでいるというか、度が過ぎすぎている。朝起きたらなぜかあいつが私の横でいつの間にか寝ていた事なんて何度かあったほどだ。嫌いではないしむしろ思い入れがあるくらい気に入っているのだが、まさかここまで好かれるとはな……。どこで教育を間違ったのやら」
ウールはベルムの体にもたれると虚空を見上げ、まるで育児に疲れきった親のように力なく笑った。
♢
それから二日後
森を抜けると広々とした緑一色の平原が広がっていた。頭上に上るやわらかな日差しが平原を照らし、吹き抜ける風が草木を優しくなでる。
平原の中にある低い石の塀が両端に整備された道から外れ、けもの道を馬車は進んで行く。車体を揺らしガラガラと音を立てながら進んで行くと小さな村が見えてくる。
オリヴァーが降りる準備をするよう大声で指示を出すと、ベルムに体を預けたまま眠っていたウールは目を覚ました。まだ眠気の取れない目を擦ると外をぼんやりと眺め始める。そんなのんびりした彼女の姿をクレアは荷物を整理しながら微笑ましそうに見ていた。
村の入り口に着くとオリヴァーは「村長と話をしてくる」と言い残し村の奥へと歩いて行った。残ったキャラバンの人々は荷物の整理や馬の世話をしている。そんな中ウールとベルムは暇そうに眺めているとクレアが声をかけてきた。
「二人とも暇じゃない? だったらこの辺りを散歩してみたらどう?」
「そうだな。人間達の調査にもなるしいい機会だ。よし、行くぞベルム」
ウールは意気込むとベルムを連れて村の中へと入っていった。そんな二人をクレアは小さく手を振って見送るが、すぐに固まってしまう。
「でも大丈夫かしら? ウールちゃんはいいけどベルムさんは……」
クレアの不安は的中し、ベルムは行く先々で村人達に怖がられあちこちから悲鳴があがった。
♢
「なぜ怖がるのでしょうかね? このかっこよさが理解できないということなのでしょうか?」
一通り村の中を散歩したウールとベルムは、腰ほどの高さの石塀に座ってオリヴァー達が村の広場で村人と売買をしている様子を眺めていた。時々村人が不審がるような目で二人を指さしたり横目で見たりしている。
「いや怖いだろ普通。スケルトンだとは思わないだろうが、どう見ても関わったらダメな奴にしか見えんぞ?」
「つまり強そうってことですね。それなら吾輩文句は無いです」
「楽観的だな……」
そう呟くとウールはぼんやりと村の景色を眺めはじめた。クリーム色の壁に藁ぶき屋根といった質素な家が点在し、村の中にまばらにのびる道を子供たちが追いかけっこをしている。子供たちはすれ違う大人や畑で働く人々に元気よく挨拶をしていた。時間が小川のようにゆっくりと感じるほど牧歌的な雰囲気を体の芯に伝わるほど堪能していると、ウールは眠気を誘うような大きなあくびをした。
ベルムも横で同じように景色を眺めていると二人の近くに数人の子供が怖いもの見たさに寄ってきた。そんな好奇心旺盛な子供たちはベルムの恰好をどういう訳か羨望のまなざしで見ている。ベルムはそれに気づいたのか「吾輩をどう思う?」と優しく問いかける。子供たちは「かっこいい!」など褒め言葉を口々に言い満足のいくまでベルムを見まわした。
数分後、太陽のように明るい笑顔を向けながら去っていく子供たちを二人は見送っていた。
「どうなってんだほんと……なぜ怖がらない? 私がおかしいのか?」
彼らの姿が遠くに行くとウールは頭を抱えながら疑心暗鬼に陥っていた。ベルムは「感じ方はそれぞれですから」とフォローを入れるとちょっとした持論を展開する。
「子供というのは純粋なものです。だから吾輩が悪ではないという本質を感覚で理解したうえであのように褒めたのでは?」
「なんだ自画自賛か? 『自分は素晴らしき魔族だ』と?」
「その通りじゃないですか。悪に屈しない、気高き騎士。そして何よりも魔王様の忠実なしもべ。これで素晴らしい、できた魔族だと思わないほうがおかしいと思いませんか?」
「あー……うん。まあそうだと思うぞ、そういう包み隠さず素直に言う所も私は評価しているから……」
どもりながらウールが答えているとオリヴァー達がこっちに来るよう手招きをしている姿が二人の目に留まった。二人が彼のもとへ行くと、宿泊する場所など今後の予定の説明を大勢の村人に見られながら受けた。村人の中にはまだ不審がる様子を見せている人もいたがウール達は気にも留めなかった。
♢
翌日の昼下がり
ウールとベルムは昨日と同じように散歩をしていたが飽きてしまっていた。事情があって明後日まで村にとどまることになりウールはうなだれていた。そんなウールに対しベルムは修行をしてみてはどうかと提案し、ウールは暇つぶしにはなるだろうと軽い気持ちで提案に乗った。
二人が村から少し出た平原で剣の修行をしているとベルムが不思議そうに村の方を指さした。ウールがなんだと思い指さした方を見ると青ざめた顔をしたクレアが息を切らしながら走ってきていた。そして二人のそばに来ると、クレアは何度も言葉を詰まらせながら二人にすぐ村に戻るよう訴えるように言った。
「私達を襲った山賊達が、この村に来ているの」
「また山賊か。この辺りの治安は最悪だな……。で、今度はこの村で強奪をしているのか?」
「ううん、そうじゃないみたい。ウールちゃん達に用があるから連れてこいって言われて……」
「私達に? あ~これはあれだなベルム。いわゆる意趣返しってやつだな」
ベルムが憐れむように頷くと三人は急いで村へと戻っていった。
村の広場に着くと20人ほどの山賊達が無言のまま村人たちを圧するような眼差しで睨みつけていた。彼らの中に一人、腕組みをしたままオリヴァーを射殺すような目で睨みつけている男がいた。彼は少し浅黒い肌をした体たくましい筋肉がつき威圧感がある。この男がリーダーであると誰の目で見ても明らかだ。
「……来たようだな」
張りつめた空気の中、男は重々しさを感じさせる低くはっきりとした声で言う。刃のように鋭い視線を戻ってきたウールとベルムに向けながら仲間を痛めつけたのかどうか訊ねる。ウールは物怖じせず「そうだ」と挑発的な笑みを浮かべながら答えた。
「それで、お前らは報復に来たわけか? ご苦労なものだな、仲間がしくじるたびに一々全員揃ってやるのか? 随分と仲間思いなものだな」
突き刺すような鋭い声でウールが言うと山賊達が獣が威嚇するように声を荒げる。村人たちはすっかり怯え、クレアが震えながら挑発するのをやめるよう訴えるが、ウールは赤い瞳を男に向けたまま無言を貫く。一方リーダーの男は山賊達を制止させるよう手をあげると口を開いた。
「あいつらをやった相手が魔族、しかも片方は魔王と聞いてどんなものか気になってな。なるほど、確かに魔王らしくはあるな」
ウールは誇らしげに胸を張ってふんぞり返る。胸に手を当て勇ましく名乗りを上げようとするがその前に男が賞賛の言葉を送った。
「一言も喋ってねえのにこのプレッシャー……。さすが魔王、といったところか」
「……は?」




