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1話



「勇者が現れたようだな」


 ぼんやりとした明かりが灯る玉座の間。中心には巨大な鏡が浮かんでいる。


 そこには勇者らしき少年が王の前で跪いている姿が映し出されていた。それを肘をついたまま禍々しい漆黒の玉座に座り見つめている少女がいた。


 彼女は魔王ウール。この地に住まう魔族の王だ。


 光を集めたような眩く煌びやかな銀髪は灯の光を受け恍惚な輝きを放ち、鮮血のような深紅の瞳は、見た者を畏怖させるほどの力強さと鋭さに満ちている。


 彼女の着ている漆黒のドレスからは、雪のように純白な白い肌をのぞかせていた。


 まだ幼さの残る体や顔立ちである。だが彼女の一挙手一投足には絶対的な自信と威厳が現れている。それは彼女が魔王であるという事を、誰の目で見ても確かなものであると思わせるようだ。


「そのようですね、魔王様」


 鏡の傍にいた紺色のマントを羽織ったスケルトンが訊ねる。背丈ほどある巨大な大剣を背負う彼はスケルトンコマンダーのベルム。


 並みのスケルトンよりも数段上の強さを持っており、一騎当千の強さを誇ると魔王も含め他の魔族達に評価されているほどだ。


 また魔王である彼女の警護に加え身辺の世話もしており、彼女からは絶対の信頼を得ている。


「今から勇者を始末する」


「魔王様自ら赴くのですか? 配下の者に任せた方がよいのでは?」


「ならん。詳しくは知らんがかつてこの地にいた魔王はそうした結果討ち取られたのだろう? ならば私が行き直接始末する。同じ(てつ)は踏まん」


 ウールは立ち上がり、傍に浮いていた銀色をしたドラゴンの顔が施された杖を握ると鏡の方へと歩いていく。その最中に幼くも威厳のある声でベルムを呼び寄せた。


「では行くとしようか、私一人でも十分だと思うが念のためだ。お前も来るといい」


「承知いたしました。吾輩、いつでも準備はできております」


 ベルムは腰に巻いている革製のベルトと、そこにぶらさげている道具の入った袋の数々を見せる。そして背中に背負う大剣の柄を握りながら頷くと、ウールはギラリと輝く白い歯を見せながら不敵な笑みを見せた。


「頼もしいものだな」


 ベルムが頭を下げるとウールは満足そうに頷くと杖を誇らしげに掲げた。


「久々の外だ。たかが勇者一人すぐに始末できるだろう。ベルムよ、奴を始末した後、少し外を見て回るか?」


「良い考えですね。他の魔族達も魔王様と直にお会いすればきっとお喜びになるかと」


 ウールは「確かにそうだな」と言うと杖で思い切り地面を突いた。瞬間、二人の足元に青白い魔法陣が現れ光が二人を包み始める。


 だが同時に、玉間のどこか数か所からミシミシと不快な音が連鎖するように聞こえてきた。


「う~ん……。魔王城の老朽化、思ったよりも深刻かもしれんな……」


「ですね~。帰ったらリフォームの件を見直しましょうか」


「あ~めんどくさいなまったく! それもこれも、占領しといて長い間ほったらかしにしていた人間共が悪いんだからな!」


 ウールがぐちぐちと文句を言っている間に光は輝きをさらに増していく。やがて二人の影が見えなくなると遥か彼方の地へ飛ばされた。





 王都近郊の平原


 晴れ渡る空の下、平原にはそよ風が吹き草木をさわさわと揺らす。そんな平原にある木の下でウールは顔を地面にうずめたまま倒れていた。


「うぅ~……痛い……」


 痛む体を(むち)うつようにウールはゆっくりと立ち上がる。穏やかな風が草や土の付いた髪やドレスを撫でて通り過ぎていく。


「テレポートとはこうもひどい目にあう魔法なのか……。少しくらい練習していればよかったな」


 ウールは土を払い落しながら辺りをキョロキョロと見渡す。だが次第に、疑問が頭に浮かびはじめ眉をひそめた。


「しまった。ベルムとはぐれてしまったぞ」


 ウールは大声で彼の名を叫びながら見回すが、近くにいた動物達が振り向くだけでどこにも彼の姿が見当たらない。


「ベルムの奴、どこ行ったんだ? まさかテレポートの影響で遠くに飛ばされたのか? だとしたら申し訳ない事をしてしまったな……」


 ウールは困り果てて空を見上げる。だが遠くの方に見える王都に目をやると首をぶんぶんと振った。


「あいつには悪いが探すのは後だ。まずは勇者を始末しに行かねばな! そうだ、それがいい! あいつへの土産話にも丁度よいではないか!」


 すっかり気を取り直したウールは王都に向かってずんずんと大股で歩きだした。





 勇者に任命された小年はくりっと大きく、そしてツンとした黒色の目で地図と道を交互に見比べながら歩いていた。動きやすい簡素な作りの茶色の布の服を着ており、腰に巻いたベルトにはいくつかポーチがぶら下がっている。歩くたびに背中に背負った標準的な剣が陽を反射しながら揺れていた。


「ええっと、まずこの道の先には――」


 黒色の髪をかきながらぶつぶつと独り言を呟いていたが、地図を見るのをやめるとふと立ち止まった。


「誰だ?」


 訝しげな表情で前を見る。視線の先には不気味な笑みを浮かべながら立ちふさがるウールの姿があった。晴れ晴れとした平原に似つかわしくない、禍々しく異様な空気を放ちながらウールは彼に勇者であるのか訊ねた。


「なぜ知っている? お前は誰だ? そんないかにも怪しいなりをしているとは、普通の少女ではなさそうだな」


「……そんなにか? このドレスは普通だと思うのだが」


「裕福そうな恰好をしているにもかかわらずそんな悪趣味な杖を持っている奴を、どう思えば普通だと思えるんだ!」


 ウールは首を傾げたまま杖を見て「これ悪趣味なのか……。かっこいいと思うのだがなぁ……」と独り言をつぶやいていた。


「ま、物の価値観はそれぞれだ。そうすぐに非難するのはよくないぞ。反省するがいい」


 ウールが杖を弄りながら促すと勇者は馬鹿にされたように感じ苛立ちを覚えた。そして威嚇するように荒げた口調で彼は乱暴に目的を訊ねると、ウールは急に背筋も凍るような冷酷な笑みを浮かべた。



「ああそうだった。私はな、勇者であるお前を始末しに来たのだよ」




 勇者は驚き腰を低く落として剣を構える。鋭い目つきをしたまま剣先をウールに向けている。


 だがウールは勝ち誇るようにニヤニヤと笑っている。すると杖を持っていない方の手を前に突き出した。青黒い炎が杖から勢いよく吹き出し、かと思うとすぐさま辺りを覆う。退路はやがて瞬く間に絶てれてしまった。


「なぜなら私が魔王だからだ。私を殺そうなどと愚かな事を考えるべきではなかったな。貴様をここで丁重に葬り去ってやろう」


「貴様!!――」


「遅い! 消えてなくなれ!! 漆黒の業火(ブラックヘルフレイム)!!」


 先手必勝。


 そう思い走り出していた勇者だったが炎がウールの前に立ち塞がる。打つ手を失い絶望のあまり思わず足が止まる。そして腕で目を覆い悔しさと諦めをかみしめるように拳を強く握りしめた。



 だが、体が焼き尽くされることはなかった。どころか炎も熱も消え去り、気づけば元の穏やかな平原へと戻っていた。



「……は?」



 呆けた声を出したウールだが彼もまたボーッとしたまま彼女を見ていた。目をパチパチとさせ、手を突き出したままのウールは氷のように固まっている。


「……どういうことだ?」


 瞬間、ウールが持っていた杖が砂のようにサラサラと跡形もなく消えてしまった。彼女は恐る恐る右手に視線を移すと確かめるように何度も握りしめる。だが杖は当然だがどこにもない。


「な、なぜだ?! なぜ杖が消える?! これはいったい……」


 ウールは何かの間違いだと取り乱したように腕を何度も振り回し同じ魔法を唱える。だが魔法は発動せず、必死になっている姿は滑稽なものだ。


「フフフ、ははははははは!! 魔法が使えないだと?! 魔王のくせに?」


「だ、黙れ! 本当ならお前みたいな雑魚、私の手にかかれば一瞬で始末できるのだぞ!?」


「威勢だけは立派だな!! 魔法も使えないくせに!」


「ああうるさいうるさい!!!! お前だってどうせ魔法が使えないくせに!!!!」


 ウールは大袈裟すぎるほど悔しがっている。だが演技ではなく自然とこうなっているのだ。一方の勇者もまた、見事な悪役のような笑いをあげながらじわじわと迫ってきた。これが舞台上で行われているのなら間違いなく観客を引き込むものだろう。


「形勢逆転だな魔王! お前をここで倒せば世界は平和になる! そして倒した後はこの国に巣くう魔物達を皆殺しにしてやる!」


「……勇者のくせに私より魔王らしいな」


 言葉は勇者には届いていない。彼はウールへの殺意と勝利への確信で表情を歪ませたまま剣を掲げた。太陽の光を反射した剣がギラギラと怪しく光る。


「死ね!!!! 魔王!!!!」


剣が振り下ろされた。ウールは辛うじて避けると全力疾走で逃げ出す。だが辺りに隠れられそうな場所がどこにもない。


「逃げる気か? ハハハハハ!! 無様だな魔王!!」


「ああクソッ。口調まで変わって殺す事しか考えてないな……。おい! そんな外道なふるまいをして恥ずかしくないのか?! 一応勇者だろう?!」


「お前に言われる筋合いはない!! そもそも魔王は悪だ! そんな奴に同情すると思うか? 悪ならば悪らしく、正義の名の下に裁きを受けろ!!」


「ダメだなこれは。まるで話が通じそうにない――」


 運の悪いことに、ウールは足をつまずき地面に思いきり倒れてしまった。自分の運の無さを嘆きながら起き上がろうとすると、すぐ後ろに勇者が剣を高らかにかざしていた。


 勇者の勝ち誇った台詞が聞こえる。


 だが次の瞬間、二人を遮るように馬が勢いよく二人の間を走り去る。勇者は思わずしりもちをついて倒れてしまった。



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