吊り橋効果実証実験
使用したお題:『理科』『かこう』『器』『わさび』『美少女』
「今回の実験のテーマは『吊り橋効果』だ。はい拍手」
「わー」
2人しかいない理科実験室に雑な拍手の音がぱちぱちと響く。しかしそんな御座なりな歓声でも十分に満足したのか、鼻の穴を膨らませて奴は胸を張った。
「巷で噂の吊り橋効果、一般的には『危険な吊り橋の上にいる男女は命の危険から心臓の鼓動が早まり、それが互いへの恋と勘違いをする』と言われている。しかし私はこれに異を唱えたいのだ。今日の実験はこれの実証実験を行う」
「ハイ質問」
適当な挙手でも奴は嬉しそうだった。ビシリと音がしそうな勢いで「どうぞ!」と感嘆符をつけて僕を指さしてくる。
「どうして異を唱えたいのでしょうか? 今回のテーマの元となった根拠はなんですかー?」
「良い質問だ、まさにそれこそが今日の主題ともいえよう」
どこかで聞いたような偉ぶった口調のまま奴はさらに胸を張った。器量の良い顔立ちに反比例して残念な胸囲がより強調される。
奴は人指し指をピシっと上に立て、まるでどこぞの教授のように自論を展開した。
「吊り橋のような危険な場所にいる男女が惹かれあう。なるほど、実にありそうでロマンチックな話だ。しかしよく考えてみてくれ、この話は男女だから成立するのであって、男同士、または女同士でも成立するのだろうか?」
「なるほど、ありえないな」
「異性恋愛主義者が吊り橋を渡ると同性愛になる? 常識的に考えてありえないでしょう? それに吊り橋は落ちそうだからドキドキするわけだ。2人じゃなく3人で渡れば、より落ちそうになってドキドキすることになる。じゃあ10人で渡ったら、全員恋人同士になるのか? 10人全員が同性でも? まさかそんなわけはないだろう?」
「確かに、逆に成立したら恐怖の光景だな」
「なので少々仮説を立てた。今日はその実証実験だ。ぜひ協力してくれたまえ、我が助手よ」
「助手になった覚えはないけれど、いいだろう。付き合うよ」
自称・教授となった奴は嬉しそうに笑みを浮かべ、僕は仕方ないと肩をすくめた。
何か大仰な準備でもするのかと思ったら、そんなことはなかった。奴はスカートのポケットから謎の緑色のチューブを取り出す。
僕は半眼になって頬杖をついた。
「で、なんでワサビのチューブなんですかね?」
「フフフ、これは私の仮説によるものなんだがね。吊り橋効果は実は勘違いではなく、実際にあるのではないかと思ったわけなんだよ」
自称・教授から料理人にクラスチェンジした奴がワサビのチューブを二本指で摘まんで振っていた。その姿がだいぶアホっぽいことに気づいていないのだろうか。
加工済みのわさびを適当な食器に盛り付けながら、奴は説明を続ける。
「吊り橋効果は心臓のドキドキは関係なく、『危険地帯に異性が存在する』という状況が本能に訴えかけてくるからなのではないかと仮説を立てたのだ。つまり、男は危険地帯に女性がいることで『あ、オレはこいつを守らなきゃいけない』と本能的に保護欲求が刺激されて愛情を感じ、逆に女は自分が危険地帯にいるときに身近に男性がいるから『あ、この人なら私を守ってくれるかも』と被保護欲求が強まり愛情を高める。これが吊り橋効果の本当の効果なんじゃないかと仮定したのだ」
「なるほど、なんとなく筋が通っているような。でもその仮説とワサビの関係性が全く読めない」
「それは簡単だ。このワサビは実証実験のために使うのだ。こうやってな!」
そういうと奴は食器に山盛りに盛られたワサビを前にして、一息に口に入れた。僕が止める間もなく噛まずにゴクンと飲み干す。
無音の絶叫が室内に木霊した。
「つっっっっっっ!!??」
「ちょ、ちょ、ちょ! 水、水!」
ここが理科実験室なことが幸いした。コップ代わりにビーカーを使い、ちょっと錆が目立つやたら細長い水道から水を注いで奴に渡す。
自称・教授改め料理人改めお笑い芸人と化した奴は涙目になりながら、ビーカーを受け取って一気に飲み干した。
鼻水を垂らし、涙を流し、口でぜぇぜぇと荒い呼吸をしながら、奴は僕に質問してきた。
「どうだ、私に惚れたか!?」
「え、いきなり何言ってんのお前?」
「だってほら、今目の前にすごく苦しんでいる女がいるんだぞ!? しかも美少女だ! 吊り橋効果の私なりの仮説が正しければ、今まさに危険な状態である私に君は惚れるはず! どうだ!?」
頓珍漢なことを言う奴の言い分を聞きながら、僕は強めにツッコミを入れた。
「いきなり訳わかんないこと言った後に、ワサビを一気に飲み干す阿呆にどうやって惚れるんだ!? むしろ心配したよ! 脳の方を! お前、残念過ぎるにもほどがあるぞ!?」
「ぐぬぅ、失敗か……仮説はかなり正確だと思ったんだけどなぁ……」
奴は流れる鼻水をそのままに自分の考えのどこが間違っていたか検証をし始める。僕は阿呆の権化の涙と鼻水をティッシュで拭ってやりながら小さく呟いた。
「……だから見ていて飽きないんだけどなぁ」
「ん、今何か言ったかい?」
「なんも。それよりいい加減、自分の鼻水くらい拭け。自称美少女の顔が凄いことになってるぞ」
僕は奴の悩む姿を眺めながら、楽しそうに苦笑した。




