メモ帳は大事
使用したお題:『希望』『絶望』『豆まき』『砂』『文庫本』
とある有名な小説家がスランプに陥っていた。
次の作品が書けずに早数年、ホテルに缶詰めしても世界中旅しても良いネタが思い浮かばず、いい加減新しいのを書いて文庫本を出さないと生活がままならない。
そんな絶望的な状況下で今日も公園のベンチに一人黄昏れていたら、まさかの神様からのお告げが。
「ハッ、このネタなら使える! 豆まきを最後の展開に絡めて……よし、このネタならいける! いけるぞぉ!!」
幸運にも最高のネタが思い浮かんだ。あまりの会心の出来に一人で全力のガッツポーズをする。
ただ、モノが素晴らしい分ネタの展開が複雑だった。伏線やら設定やら難しすぎる。忘れないように急いでメモろうとしてメモ帳を取り出そうとしたところ、今日はうっかり持ち出すことを忘れていた。
さらにはケータイのようなものもない、ペンも持っていない。作家失格だが、ずっとスランプだったのだから仕方ないと自分に言い訳をする。言い訳する時間も惜しい。
ここは自宅から近くの公園、人は他に無し、コンビニに寄ればメモできるものが買えるけど小銭しかない。そして急がないとネタを忘れてしまいそうだ。
慌てた人間は突拍子もないことを考えるようで、自分は咄嗟に砂場に駆け寄った。指で砂に文字を書いてメモを取る。詳細を書けるほど砂は便利ではない。記号や略語も駆使して最低限のメモを完成させる。
メモができた瞬間、背後にダッシュ。こんな雑なメモではどうしようもない。ちゃんとしたメモ帳を取ってきて、ちゃんとメモをし直さないと忘れてしまう。
自宅のドアを蹴破る勢いで開け、隣人の怪訝な目を無視して公園へ飛び出す。案の定、この短時間でも細かいところを忘れ始めている気がする。それに先程は人がいなかったとはいえ、近所のお子様がいつ砂場で泥遊びをし始めないとも限らない。
急がないといけない。
公園についた。ほんの5分ほどの時間だったが、ネタの詳細を忘れ始め、しかも公園に人がいた。母親から離れて幼児2人がシャベルやバケツのおもちゃを手に、今まさに砂場の中に入ろうとしている。
顔を真っ赤にしながら汗だくのオッサンがものすごい勢いで「待った待った!」と大声で砂場に走り寄ってくるのだ、そりゃ怖かっただろう。幼児2人が泣きだしはじめ、母親2人が我が子を守らんと走り寄ってきた。
心の中では全力で謝りつつ、だがそんなことより砂場のメモの方が大事だった。幼児2人がおもちゃを放り出して砂場から離れよちよち走り去っていくことに心底安心しつつ、自分は砂場に走り寄る。
全力で走って息が切れたが、その甲斐あった。辛うじて誰も砂場に入る前にメモを見ることができそうだ。弓手にメモ帳、馬手にペンを取り出していざメモを取らんと砂の上の文字を読もうとする。望むは自分の最高のアイディアのみ!
やった、なんとかなったああああああああああああああっ!
と思ったら何かに足を取られた。足元を見るとおもちゃのバケツが。
ペンが空を飛び、メモ帳が握りつぶされ、砂場の砂が視界いっぱいに広がり、思わずバランスを取ろうと突き出した両手の先に自分の汚い文字が。
あああああああああああああああああああああああっ!!




