狼男先生
使用したお題:『【始】のつく言葉』『革命』『クロワッサン』『人狼』『先生』
うちの担任の先生は狼男だ。
朝のホームルーム、始業のチャイムが鳴った時、先生が黒板の上の壁にかかっている丸い時計を見上げた。
「おお、もうこんな時間か。それじゃあ日直号令をアオオオオオオオーーーーン!!」
先生にとって教室の時計は身近なトラップだ。すぐ月と勘違いして変身してしまう。
先生がこう簡単かつ日常的に狼になってしまう。だから誰一人動揺せず、先生が変身している間に日直が「起立、礼、着席」と号令を済ましてしまった。
小学校の授業なんてありとあらゆる場面に危険が潜んでいる。理科の授業中、先生が教科書を持ちあげて解説を始めた。
「えー、だから月の満ち欠けは地球が太陽の影になってアオオオオオオオーーーーン!!」
だから先生が天体の授業をするときはそりゃもう大変だった。
トルコの革命人民解放軍の旗でも変身した実績のある先生なのだ。理科の教科書を1ページめくるごとに変身しちゃうのである。もはや授業の体を為していない。
でも不思議と、先生が頻繁に変身した授業の内容ほど良く覚えている。不思議なものである。
給食の時間は割と安全なことが多い。だからこそ変身されるとビックリする。
「おー、今日はクロワッサンか。久しぶりに食べるなアオオオオオオオーーーーン!!」
何事かと振り返ったら先生がすでに狼になっていた。床に散らばったクロワッサンが、まるで夜空に浮かぶ三日月のように落っこちていた。
三秒ルールでバイキンが付いてないってことにして拾ったけど、先生は月を認識(誤認を含む)してから変身が始まるのに3秒も猶予がない。すぐ変身してしまい、給食の残りを全て平らげてしまう。
帰りの時間が一番酷い。もう授業がないから、とはっちゃけた小学生男子たちが先生を変身させたがるのだ。
「ん、なんだ。外で拾ってきた? まったく、こんな変な虫拾ってきて教室に持ってくるなよなアオオオオオオオーーーーン!!」
男子生徒のはしゃぐ声。「やっぱりこれアウトだったよー」「マジかよ先生、さすがにこれで変身するのはヤバいってー」「アハハハハハハ」
今度はなんで変身したのかと見てみたら丸まったダンゴ虫だった。こんな物でもアウトなのかと溜息をついた。
家に帰ると、さすがに先生の変身を直接見ることはできない。しかし、先生の話題は尽きることはない。
「そういえば聞いた? 昨日例の狼さんがひったくりを捕まえたんですって。凄いスピードで走ってたって聞いたわよ?」
「え、昨日は車に轢かれそうだった子供を助けたって聞いたよ? あまりにも動きが俊敏すぎて運転手も引かれそうだった子供も何が起こったかわからなくて大混乱だったらしいよ」
「ん? 昨夜はその、女性相手の野蛮な事件が起こりそうだったのを、遠吠えで野良犬をけしかけて退治したって聞いたぞ? 鳴き声がものすごくうるさくて近所迷惑だったから、その後周辺の家に回って謝ってたらしい」
それはこの前聞いたぞ、とか前も同じことやってたよね、とか父と母と姉が噂話に興じている。私は一人早く晩御飯を食べ終えて自室へ戻った。
月っぽい物を見るとすぐ変身してしまう間抜けな人狼先生、だけどそんな先生のことを嫌いな人なんて一人もいないのだった。
遠くに響く遠吠えを聞きながら、私は早く明日、学校に行きたいなと思った。




