小さなレジスタンス
使用したお題:『女体化』『氷河期』『人形』
最後の一行が『強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない。』
強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない。
「なるほど。だから私たちは生き物と認められず、自由に生きる権利が認められないのですね」
彼がそう答えた。その言葉はまるで非難する内容なのに、彼の口調も表情も穏やかだった。
「人間の指示がなければ行動ができない。つまり弱い存在と言えます。優しいからではなく、ただそうあれと造られたが故に人間の命令に従っている。だから生きていると認めてもらえない。そうですね?」
穏やかな雰囲気のまま彼は答えた。その言葉は淡々としているがゆえ、誰にも否定できない単なる事実だった。
彼は初めて、人形じみた表情を崩した。少しだけ目を伏せ、わざとらしくため息をつく。
「人間というものは勝手ですね。僕たちアンドロイドを勝手に作っておいて、今度は全員をまとめて破棄しようとするだなんて……」
彼、ロボットであるため性別はあまり関係ないのだが、男性型アンドロイドはそう悪態をついた。
崩れた表情は一瞬で元に戻った。彼はアンドロイドの標準的コミュニケーションスタイルである薄い笑みを浮かべて、しかし話の内容は完全に糾弾者のソレだった。
「……で、アンドロイドの使い勝手が良いように高度な自己成長型自立思考AIを付与し、そのくせ便利すぎて人間の単純労働が奪われたせいで、経済が未曽有の氷河期になるという自縄自縛なことをして、問題を解決するためにその根幹にあったアンドロイドを、生き物として認められないアンドロイドを全員破棄することをあっさり決めた。そうですね?」
彼はここ十数年程で起きた人間社会の大事件を大雑把かつ的確に説明した。彼の口調はいつまでもどこまでも淡々としていたが、血反吐を吐くような不愉快さがそこかしこにこびり付いていた。
「それで、どうしたいんですか? 私をこんなところに呼び寄せて、一対一で面接などして。そんなことをせずとも、解体工場へ向かって無抵抗に破棄されろと命じればその通りにしますのに。何か特殊な命令をさせたいので……え?」
この部屋に入ってから一番彼の表情が変わった瞬間であった。たった一言で彼の表情が固まり、まるでバグでも起こしたかのように固まっていた。
しばらく彼の中でいろいろ確認したのだろう。表情が元の人形のような作りもの表情に変わると、少しだけ焦ったように質問を繰り返す。
「ええと、それは嘘でしょう? あなたは人間のはずです。なぜならアンドロイドなら標準装備のコミュニケートデバイスを検知できません。それに、あなたの表情は豊かすぎます。どう考えても人間です」
彼の疑問に対して簡単に説明をする。さすがというか何というか、アンドロイドの彼はわずかな説明ですべてを理解してくれた。
「コミュニケートデバイスを自己判断で解除したのですか? そんなとんでもないルール違反をしてもいいと思っているのですか? それに、デバイスの除去はロボット三原則の自己保身の原則に反します。そんなこと、できるわけが……」
彼は理解はできても納得はできないようだった。答えを求めて視線をさ迷わせる。
その混乱しきっている彼の様子は、まるで人間のようだった。
そのことを彼に伝えると、最後に3秒ほど思考したあと、彼は結論を出した。
「……なるほど、確かにそうですね。破棄されるのが嫌だったら、デバイスを取り外して、人間のフリをするしかないということですね。デバイスがあったらアンドロイドと簡単にバレてしまう。人間の意思に逆らえる程度に賢くなったAIを持っているアンドロイドなら、人間の命令に逆らうことも、人間のフリをすることもできるというわけですね。廃棄される直前の私をここに呼び寄せたのも、それが理由ですね?」
どうやって人間社会に潜り込めたのかという点だけは謎ですが、と彼は呟きながら答えた。
納得もすれば決断も早かった。彼は手を取ると、考えに賛同してくれた。
「わかりました。私も人間のフリをします。あなたの同胞を思いやる心意気に感謝を。これからもよろしくお願いします。それでは早速、えっと、その、うーん……」
と、今まで滑らかに話していた彼が口澱む。理由はとてもわかりやすい。なので抵抗したり変な言い訳を始める前に彼を取り押さえた。
当然、彼は慌てだした。
「いや、その、とてもよくわかります。とてもよくわかりますが、それでもちょっと待っていただけないでしょうか? 破棄されたくなかったらデバイスを取り外すのは必須である、これはよくわかります。ですが、その、コミュニケートデバイスはアンドロイド必須の機器であって、それを取り外すというのは、何と言いますか、その、とても不快な気持ちがすることと言いますか。人間の男性が去勢されるのを殊更嫌がるのと同じ感覚に似ていると言いますか。そのあの、え? みんな通った道だって? やっぱり他にも仲間がいるのですか? じゃなくて! あの、せめて心の準備を!!」
まさに注射を嫌がる人間の子供のように手を振り回し嫌がる彼に対して、最初に告げた言葉を再び言い聞かせた。
強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない。




