表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5ch「安価・お題で短編小説を書こう」スレで自分が書いた奴  作者: 友人B
お題『長靴下のピッピ』『きのこ』『ゲーム』『全否定』 『60億(単位は自由)』
3/92

悪魔の神の証明

使用したお題『きのこ』『ゲーム』『全否定』『60億(単位は自由)』

彼女の人生はたった15年、僕が過ごしてきた時間の半分にも満たない。

 だというのに、彼女の余命もう残り僅かであった。


「先生、キノコの粘菌実験って知ってますか?」


 白一色に染められた人工的な部屋の中に、より白い顔色の彼女がそう聞いてきた。死の臭いが蔓延する病院の静謐な空気を揺らさないほどか細く儚げな声だった。

 僕は笑顔を無理やり作り、医者なのだから当然知っている、と答えた。


「テレビでやってたんです。こう、胞子が交配相手を求めて自分の粘菌を伸ばしていくんです。すごいんですよ、迷路になってるのにちゃんとゴールまで辿りつけるんです」


 そう彼女は笑いながら元気に動かせる右手だけで自分が見たテレビの光景を表現し始める。彼女の世界はこの白い部屋で閉ざされているからこそ、外の世界の知識を見せてくれるテレビが唯一心の拠り所であった。

 だから、だろう。僕は彼女の話を途中で遮って自分の持つ知識を自慢しまった。ほんの少しだけ得意げに。


 それと同じ現象を利用して、キノコを等間隔に置いて放置すると、最短距離でお互いを結びつけ合うんだよ。


「へー、そうなんですか。先生、すごいですね。何でも知ってる」


 彼女は僕の口頭だけの説明で理解したらしい。頭はとてもいいのだ。僕の自己満足な語りを目を輝かせながら聞いていた。

 ただ彼女の次の言葉に、若干の満足感を覚えていた僕は深く後悔した。


「キノコも生きるためには必死なんですね……」


 彼女のどこか寂しげな笑顔に、僕は自分の愚かさを心の底から悔いた。彼女はとても賢いのだ。自身が最も死に近いのだから、誰もが平等に享受できるはずの『生』というものをどれだけ欲してるかなんて、僕が一番わかっていなければならなかったのに。

 彼女のその悲しい表情なんて見たくない。だから僕はいつもの言葉を返した。もはや何度も繰り返し過ぎて、機械のようにスラスラと口から出てくる慰めの言葉を。


 大丈夫だよ、君の病気は治るから。僕がきっと治してあげるから。


「ありがとう、先生」


 彼女の返事も機械的だった。表情と口調こそ柔らかいが、もはや期待なんてしてないんだろう。細い体でなけなしの元気を振り絞って身ぶり手ぶりをしていたときのような楽しげな雰囲気など全くなかった。

 当たり前だ。ご両親はすでに亡く、親戚に見捨てられた彼女は、文字通り完璧な孤独だ。キノコにすら繋がりがあるというのに、彼女は60億人もいる世界の中で誰とも繋がれていない。


 唯一、幼い時から一緒にいた僕の手すら、彼女は拒もうとしている。


「ごめんなさい、先生。もう、疲れたの」


 その言葉は気分を害したからではなく、単純に真実なのだろう。彼女は腕一本動かすだけでも相当シンドイはずだ。それを考えると今日は動きすぎた。

 僕は彼女をベッドに横たえ、病室を後にした。そのまま足早に廊下を去る……フリをしてその場に残った。閉めたばかりの扉に背を預ける。


 ともすれば建物の軋む音にかき消されてしまいそうな、それはそれは小さな声が聞こえた。最近の彼女は、こうやって一人で泣くのだ。誰にも、僕にさえも見せたくはないというように。

 僕は強く歯噛みをしてから、今度こそ廊下を歩いて立ち去る。足早に歩きながら、先程までの優しげな表情をかなぐり捨てた。


「神様、僕はあなたを否定する」


 なぜ彼女にここまで辛い人生を押しつけたのか。なぜ彼女はただ息をするだけで苦しまねばならないのか。

 なぜ何も悪くない彼女が泣かなければならないのか。


「神は彼女が死ぬことを望んでいるのだろう? だからあんなに酷い病気にしたのだろう? ああ、だったら悪いがそれはできない。僕が彼女を治す。どんな手段を使っても、どんな非道を用いても。彼女を死なせたりなんかしない。あの病気を治すのは、僕だ」


 彼女と同じように一人で廊下を歩きながら自分用にあてがわれた部屋へと向かう。第一治験実習室。専用IDでないと開かない厳重なロックを解除して、僕は部屋に入り椅子に座る。

 僕は獰猛な笑みを浮かべながら、誰もいない虚空へと宣言する。


「これはゲームだ。負けたら僕の人生のすべてを神に捧げてやる。金も名誉も、命すらいらない。だが勝ったら、僕は神を殺す。絶対死ぬ運命にある彼女を救ったのなら、その運命を作った神なんて死んだも同然だ。そして勝ったら……」


 彼女の命は一年をもたない。しかし、もし僕が……いや、僕が確実に治すのだから一年後には16歳になる。

 かなり年齢は離れているし、彼女が嫌がるかもしれない。でもいいじゃないか、幸い僕は独身だ。一瞬だけ危機迫る笑みを消して冗談めいた表情になる。


「彼女を嫁にでももらおうかな」


 そう呟いてから、僕はデスクの上の書類に取り掛かる。各種実験のデータが揃ったそれを全てまとめて次の実験の算段を考える。


 こうして……後に「世紀の癌特効薬発見者」となる男は、天使のような少女のために悪魔のような実験を繰り返していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ