忍者のエイプリルフール
使用したお題:『忍者』『エイプリルフール』『巨大または極小』『サービス』
日本は忍者大国である。
国民はすべて忍びの一員であった。
特別義務というわけでもなく、自然に忍び服を着こなし、外出するときは常に日陰を素早く移動する。言葉を喋るようになった歳から必ず何らかの任務に就き、その正体を知られてはならない。
当然、忍者は一般人だけでない。政治では自由忍者党が忍びの専門教育機関を設立するために暗躍したらしいとの疑惑について、敵対政党である立憲忍者党の忍者たちが大絶賛している。
NIJ7のリーダーが「私、アイドルをやめて普通のクノイチに戻ります」宣言をしたのを見て、ファンの忍者たちが刀を折り始めるという大事件が起こってしまった。黒染めの刃が粉々になって路上に散っている。
とある妖怪をハンティングするゲームで、実にリアリティ度の高い忍者をプレイヤーにしていてゲーマーを興奮させていた。今まで地上戦しかできず非現実的だったのだが、風呂敷飛行や土遁の術のような基礎的な忍法がようやく実装されたらしい。
というわけで僕も、どこにでもいるごくごく平凡でありきたりな忍者だった。
ベッドの下で寝起きをし、身代わりに置いておいたベッドの上の人形を片付け、カーテンは開けず、コンマ4秒もの時間をかけてゆっくり着替えをし、朝食を取る。ちなみに朝ご飯は兵糧丸と味噌汁だ。
「おはよう、妹よ」
「おはよう、お兄ちゃん」
リビングの扉は微動だにしてないが、妹が入ってきた気配を感じた。口笛にも似た高周波での圧縮言語で一瞬のうちに朝の挨拶を済ませる。
妹の分の兵糧丸を後ろ手で投げ渡し、食事を続ける。投げた兵糧丸は壁にぶつかる寸前で掻き消え、誰かが受け取ったのを気配で察した。
「さんきゅー」
「別にオレは止めないけど、食事しながら隠れ蓑使うのやめろよ。行儀悪いぞ」
「いいじゃん、別に」
そう言って妹は、おそらく食器棚の影で朝食を食べ始めたようだった。僕もテーブルの影で味噌汁をすする。
「でさー、NIJの名前忘れたけどリーダー引退したじゃん? あれ昨日の音楽番組でも話題になってたよ」
「へー。音楽番組って、シノビーズのメンバーがMCやってる?」
「そうそう、ライバル事務所なのにビックリしたんだろねー」
妹は反抗期真っ盛りの年頃ではあるけれど、比較的仲は良かった。なので朝食時はこんな他愛もない話をしている。
お互い姿が見えない位置でくだらない話をしながら朝食を終えた。僕は席を立ってサッと移動しようとする。
しかしその瞬間、何者かに背後から抱き着かれた。柔らかい感触に戸惑う。反射的にクナイを引き抜こうとしてやめた。
「で、お兄ちゃん。ちょっとお話があるんだけど」
「おま、い、いきなり何を!?」
仲が良いとはいえ、こんな触れ合った記憶は幼い頃におままごとで暗殺ごっこしたとき以来だった。兄妹でこんな抱き着くなんて普通しない、はずだ。
だが妹はオレの意など解せず、巧妙に腕を絡めてくる。膨らみ始めた微妙に柔らかい部位が肩にあたってドギマギする。
身代わりの術を使って逃げようと思ったがテーブルの下だと狭くてできなかった。オレは必死に抵抗する。
「おま、いきなり何するんだよ。お小遣いが欲しいなら暗殺の依頼でも受ければ……」
「私、忍者なの」
いきなりの発言に驚いた。忍者だということは当然の話なので知ってる。しかし、忍者だと自己申告したことは驚きだ。
忍者は隠れ忍ぶ者である。自分が忍者だと発言することと請け負った依頼内容をバラすことは禁忌に近い。兄と妹で禁断の関係を結ぶことと同じくらいやっちゃいけないことだ。
いきなりの爆弾発言でオレは戸惑う。吐息が耳にかかって余計に混乱する。そんなオレの戸惑いを無視して妹はさらに爆弾を投下してきた。
「で、私NIJのリーダーが『自分はクノイチだ』って発言したことについてちょっと思うところがあるのよね。個人からの依頼じゃなくてSNSで有志を集うって形式なんだけど、しばらくこの調査に向かおうと思うんだー」
「ちょ、次の任務の内容を勝手にバラすとか、な、なに考えてんだ!?」
「あれ、お兄ちゃん気づいてない?」
いろいろ混乱する。妹から女性特有の甘い香りが漂ってきて本当に困惑する。気づくも何も、なんでこんなことをするのか全く分からない。
オレが全くわかってないことに気付いたのか、妹はわざとらしくため息をついた後、急に体を離し素の口調に戻って一言で簡潔に事情を説明した。
「今日、エイプリルフールよ」
「……ああ、なるほどね。気づいてなかったよ……」
オレはそのたった一言ですべてを理解し、体の力が抜けた。妹の言動の理由がわかったからだ。
エイプリルフールは全国的に嘘をついて良い日である。だから嘘をついた、という体で情報交換をすることができる唯一の日なのだ。
外国では普通に嘘をついてふざけあうらしいが、日本特有の忍者文化のせいで変なイベントと化して根付いたのだ。オレはそんな当たり前のことに気づけなくて力なく笑った。
「はぁ、驚いた。いったい何が始まったのかと思ったよ……」
「最初に『私は忍者なの』ってわかりやすく教えたでしょ、サービスで。なのに気づかないって、お兄ちゃん忍者としての成績悪い?」
「うるせー、お前こそいきなり体を引っ付けて何しやがんだ。ビックリしたじゃないか」
「へへーん、最近学校で習ったんだー。数学は難しいけど、クノイチ学の成績はいいんだからねー」
自慢げな妹に若干イラっとする。どうせ自分は成績悪いですよーと不貞腐れた気持ちになった。
そして急に背後から声。
「房中術の成績が良いって先生もおっしゃってたわ。ふふふ、私も得意だったのよ?」
「お母さん!?」
母の声が聞こえて冗談じゃなく心臓が止まるかと思った。リビングには妹と僕の気配しかない。
が、母は部屋のどこかにいるらしく、姿も気配もわからないけれど声だけはしっかり近くから響いてくる。恐るべき隠形だった。
母親に今までのことが見られていたからだろう、久しぶりに見た妹の顔が真っ赤だった。
「お母さん、どうだった? 今の? 上手にできてた?」
「うんうん、とっても上手だったわよ。贔屓目なしでもう高校生レベルに達してるんじゃないかしら? でもこれ以上のことは大人になってからね」
妹はやったーと無邪気に喜んだ。恥ずかしかったのではなく、自分の技術を自慢したかっただけのようだ。
まんまとダシに使われたオレは憮然としながら出かける準備をしはじめた。
「じゃあオレ出かけるから」
「あら、どこへ行くの?」
「言うわけな……あ、ええっと、オレ忍者なんだけど、ちょっとゲーム技術が他国に流出してる可能性があるから、それの調査とスパイのあぶり出しの依頼受けてくるね」
「そうなの、わかったわ。ところでお母さんも忍者なんだけど、ちょっと千代田区に見学してくるわね」
お互いエイプリルフールであることを思い出し、情報交換をしておく。
家族だからこそお互いの依頼内容についてはなるべく多く知っておきたいし、できるなら敵対行動をしたくないからだ。
オレは妹と母親のやろうとしていることを察して、朝早く出かけることにした。もちろん玄関から出るわけでなく、物陰から家を出る。
口笛みたいな極小の声音で出かける挨拶をした。
「いってきます」
「晩御飯までには帰ってくるのよー」
そして最も実力のある忍者である父親は完璧すぎる隠形のせいで家族の誰からも認識されず、またあまりに重要な任務についているためイベントとはいえ依頼内容を口に出すことはできなかった。
みんな楽しそうでいいなぁと父親は一人、人知れずほろりと涙を流したのであった。




