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1.転生者でした

 雪が降ってきた。

 ただでさえ寒いのに、と少女はこっそり悪態をついた。

 小さな籠に、父親が仕入れてきた粗悪品ともいえるマッチが入っている。少女は頭を覆っていた布を籠の上にかけた。雪がかかって湿っては使い物にならない。

 母親の形見の、少女にとっては大きな靴を履いて家を出た時、彼女は自分がある物語の主人公になっていることを知った。


「あれ? もしかして私今夜死んじゃう?」


 その物語の名は「マッチ売りの少女」。アンデルセンという人が自分の母親の小さい頃をモデルにして書いたという物語らしいが、なにも最後殺さなくてもいいじゃないかと少女は思った。


「そりゃあ悲劇とか、お涙ちょうだいの物語は受けたのかもしれないけど……物語なんだからそこにあしながおじさんが現れて颯爽と少女を救ってもいいじゃない」


 ぶつぶつと呟いていて周りを見るのが遅れたらしい。


「どけどけ!」


 気がつけばすぐ近くまで馬車が迫っており、かろうじて避けたがその拍子に靴が飛んでいってしまった。


「えええ!? 私のくつ……お母さんのくつがああああ」


 ただでさえ寒いのに靴までなくすなんてなんて悲劇。アンデルセンがここにいたらぼこぼこに殴りたい。


(自分の母親がモデルとはいえ、少女を不幸にする話を書くなんて絶対変態だわっ!)


 少女の中でアンデルセンはとうとうサディストに認定されたらしかった。

 こんなところまで原作に忠実じゃなくてもいいじゃないかと思いながらも靴を探す。しかし辺りをいくら見回してもかけらも見つからなかった。


「こんな、何が何でも殺しにかからなくてもいいじゃない……。くつ、どこおおおお?」


 少女はとうとうその場に座り込んで泣き出した。けれど道行く人は誰も少女に声もかけなければ足も止めない。雪はしんしんと降り続いている。やがて少女は諦めて立ち上がった。


(本当に物語の中にいるみたいね。こういうのも異世界転生っていうのかしら)


 つい先ほど気付いたばかりだったが、少女はかつて今自分が主人公になっているらしい物語を読んだことがあった。記憶は朧げだが、前世の少女はきちんとした格好をして働いていて自分で部屋を借りて生計を立てていたようである。異世界トリップとか異世界転生などの物語を好きで読んでいたが「マッチ売りの少女」に転生するとか斜め上すぎると少女は思う。

 しかも物語通りならまもなく少女は死ぬ。どこか、風を少しでも遮ってくれるかもしれない路地で、マッチを使い切って冷たくなるのだ。そしてそれを見つけた街の人が言う。「可哀そうに」と。


(ふざけるな)


 死んでから憐れまれたってしょうがない。憐れむぐらいなら金をくれ、である。

 母親が亡くなってから父親は酒びたりになった。元々ろくに仕事もしなかったろくでなしである。なんでそんな男と一緒になったのだと、目の前にいたら小一時間ほど問い詰めたいところだがいかんせん相手はすでに鬼籍の人だ。マッチが全て売れなければあばらやには入れてもらえないだろうし、よしんばマッチを全て売り切ったとしても大半は父親の酒代に消え、せいぜいもらえるのは固いパンの切れ端と水ぐらいだろうということは少女もわかっている。靴は買ってもらえず、明日も同じように家から追い出されることも予想がつく。

 すでに素足は痛みを感じていて、動きたくもない。だが動かなければ寒いままだろうし、マッチも売ることができない。


(足、凍傷になっちゃうかも……)


 真っ青になりながら、死を回避する方法を考えなければならない。


(売春、は論外だわ。もしあのクズ親父に知られたら骨までしゃぶりつくされちゃう……。でもこんな粗悪品のマッチだけで何ができるっていうの……?)


 そこまで考えたところで少女はひらめいた。

 そしてゆっくりと大通りから外れ、住宅街の方へ足を向けた。



 風が冷たい。それほど厚くもない服は風を通してしまい、少女をがたがたと震えさせた。足はもう感覚がなく、どうやって歩いているのかすらわからなくなっていた。

 少女の瞳はそれでもまだ光を失っておらず、辺りをきょろきょろと見回した。


(薪が横にある家……あ、あった!)


 少女は薪の状態を確認したが、上の方はけっこう湿っているようだった。真ん中辺りの薪は乾いてそうだったので無理矢理引き出し一番上に乗せる。それだけでもうへとへとだったがまだ少女にはやらなければならないことがあった。

 ありったけのマッチを取り出し、高さを揃える。そして薪の近くの壁で一気に擦った。


 ボッ!


 思ったよりも大きな火になってしまい、取っ手もそれほど長くはないことから痛いほどの熱さを感じ、少女はマッチを落としてしまった。


「あちちちちちっ! って、あーあ……」


 じゅっ、と雪に濡れてすぐに消えてしまった火を少女はがっかりして見つめた。とその時、


「なにをしているのかな?」


 後ろから男性の声がして、少女は思わずばっと振り向いた。わざわざ少女の頭の高さ近くまで顔を下ろしている男性は憲兵の制服を着ていた。

 こんなところでいたいけな少女に職務質問をするヒマがあるなら、飲んだくれで子どもをこき使うような親父をどうにかしてくれと少女は不機嫌になった。


「放火」

「え?」

「放火しようとしてたんです。うまくいかなかったけど」


 さすがに憲兵も面食らったような顔をした。


「な、なんで放火なんか……?」

「だってマッチを誰も買ってくれないし、全部売れたとしてもどうせ売り上げは父親の酒に消えるだけだし、さっき馬車にはねられそうになった時靴はなくなるし。放火したら捕まって牢屋に入れてもらえるでしょ?」

「え? なんで牢屋なんかに……?」


 少女はため息をついた。


「牢屋に入れば少なくとも屋根のあるところにいられるし、ごはんももらえるでしょ?」


 首を傾げて言ってやると、憲兵はとても苦しそうな顔をした。


「家は、ないのか?」

「あるけど、マッチ全部売らないと入れてもらえないし」

「こんな、子どもが……」


 憲兵はそう呟くと、少女を片手で抱き上げた。


「きゃっ!?」

「しっかり捕まって」


 いきなり視界が高くなって驚いたが、少女は慌てて憲兵にしがみついた。それを憲兵は確認すると、少女を抱えてどこかへ飛ぶように移動した。

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