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冷たい肌 「3」

冷たい肌 「3」


2月○日 日曜日 私は約束の時間より20分も前に待ち合わせ場所に着いてしまった。しかし5分も待たずに彼女が現れた。コバルトブルーのコートで襟元からオフホワイトのストールが覗く。オレンジ色のパンプスが似合う。可愛らしいな と思う。私はいつもの上着で、普段より大きなショルダーバッグぶら下げて全く颯爽としない。

彼女は小さく頭を下げてから「佐野さん、いろいろとご心配をおかけしてすみませんでした。もうすっかり元気になりました。今日は無理を言ってごめんなさい。よろしくお願いいします」少しはずかしそうに言う。私は「こちらこそよろしく、今日は楽しみで早く来てしまいました。でも美術館に行っても、うまく説明なんてできないから私は何の役にもたちませんよ」と前置きをしておく。駅から地下街を5分ほど歩いてから地上に上がると目の前にB美術館がある。1階にチケット売り場とミュージアムショップとカフェが併設されている。一緒にチケットを買って2階に上がると彫刻に囲まれた展示室の入り口がある。ここからは一人で好きな作品をじっくり鑑賞したいと思っているが、彼女は入口のロダンの彫刻に見入っている。私は構わず一人で企画展入口を入る。彼女も遅れて着いて来るようだがあまり気にとめない。彼女は入り口近くのシャガールの作品に見入っている。私はロートレックのポスターを眺めている。


彼女は美術館に同伴するにはベストパートナーだと思った。人それぞれに見かた、感じ方が違うし、名画と呼ばれる作品でも好き嫌いがある。なにもぴったり寄り添って歩く必要もないし、作品の前で小声で相方に解説したりするのは野暮というものだ。別々に館内を移動する私たちは人によっては一緒に来たとは思えないかも知れない。友人でも恋人でも美術館を出てから好きなだけ語り合えば良いと思う

館内を花畑のようにひらりひらりと舞う彼女は紋白蝶のようだ。ブンブンと動き回る私はさしずめミツバチだろうか。

エコール・ド・パリと言っても同じ主義、傾向の画家達の集まりではないので、さまざまな画風の作品が楽しめる。

一時間以上作品を楽しんで展示室を出て加熱した頭をクールダウンさせながらザッキンの彫刻を観ていると彼女が遅れて出てきた。

「ごめんなさいお待たせしちゃって、素敵だった。レオナール・フジタの猫が漫画チックで面白かったです」嬉しそうに笑顔で話す。「アレは楽しいね、私も充分楽しめた。すっかり時間を取ってしまったけど次の予定は大丈夫かな」と尋ねると「平気です。佐野さん、ここを出てタクシーを拾ってください。15分位でレストランに着けるはずです。私も友達から聞いたお店で初めて行くので一生懸命調べました」真剣な顔も愛らしい。


美術館の前でタクシーを拾うと10分程でU駅近くのエスペロと言うスペイン料理店の前に到着した。地下に降り、彼女が入り口で「すみません、予約した佐野ですが」とウエイターに声をかけると「お待ちしておりました、どうぞ」店内に案内され白く落ち着いた雰囲気の店の奥に通される。壁には絵皿とスペイン風景らしい絵が掛けられている。席に着くと「ごめんなさい。勝手に佐野さんのお名前で予約してしまいました。でも連絡先は私の電話番号ですよ」と右頬にえくぼを浮かべる。「私は本格的なスペイン料理なんて食べたことないんで少し困っているんです」と返すと「実は私も初めてです。何にしましょうか」二人でメニューをのぞき込みタラバガニのパエリアとキノコのアヒージョ、ジャガイモのトルティージャ、スモークサーモンのサラダに決めた。アルコールは少しなら飲めると言うのでカヴァというスパークリングワインを注文した。話し合って二人で食べる料理を決めるなんていう事だけで不思議に楽しい。

料理が運ばれる前に「みゆきさん、あんな素晴らしい作品たちを観たあとで恥ずかしいんですが先日出展した花菖蒲をモチーフにした作品が返って来たので持ってきました。ご覧になりますか」尋ねると「まあ、嬉しい。でも重かったでしょう」

「いや、額装をといてキャンバスといっても木枠のでなくキャンバスボードというボール紙にキャンバスを貼ったものなんで ほら」ごそごそとバッグから取り出した私は、両肘を小さくたたんで両側を手のひらで支えてテーブルに載せ彼女に向けると(今の私はまるで昔、公園にいた紙芝居屋のオヤジみたいだと自分で想像する。)じっくりと顔を見る。真剣なまなざしの彼女の表情が二度変わり最後に微笑んで「素敵です。でも窓から光の入らない壁に掛けてダウンライトをあてると一番きれいに見えると思います」と答える。

何ということだ。数分眺めただけで作画前に私がイメージしたことと同じことを考えるなんて。

私の感性に非常に近いモノを持つ人だと改めて思う。こんな偶然があるだろうか、大切にしなければいけない人だ。


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