冷たい肌 「2」
冷たい肌 「2」
私は家に着くなり公募展の案内状を引っ張り出した。そして財布の中からペーパーナプキンを取り出して並べて眺めた。まあ、だめもとで構わないからと、開催日時をナプキンのアドレスに送った。
1時間もしないで返信が来た。今日のお礼と会期の間に必ず伺うと書かれてあった。
私にも知人は多くいるが、あいにく絵画に興味を持つ者は少ない。新春の楽しみができたようで私は人に知られたくないほどウキウキした気分になった。
なにかと気ぜわしい年の瀬と間延びするほどのんびりした正月が過ぎ公募展が始まった。私は開催2日目に区民ホールを覗きに行った。毎年のように続けて出展しているのは区民でもあるし、出展料が3000円と手ごろなのが魅力だった。出展は続けているものの、いまだに入選などとは無縁の状態である。
もともと大きな作品展でもないし、閉館間際だったので鑑賞者は少ない。それでも館内に彼女の姿を探している自分が滑稽である。
展示会場の中ほどに私の作品が2枚並んでいた。1枚のネームプレートになにやらリボンが付いているようだ。近づいてよく見ると黄色いリボンに(佳作)と書かれている。この作品は数年前に行ったH菖蒲園の花菖蒲をモチーフにしたものだ。4号の小さなキャンバスに水面に浮かぶ2輪の花びらを描いた静かな画面である。ほう、こんな作品でも評価してくれる選者がいるんだ、と妙に感心してしまった。下手であろうが、稚拙であろうが、作品として公にした以上は多くの鑑賞者の目にさらしたい。たった一人にでも イイね! と言われれば苦心が報われるというものだ。
そういえば、みゆきさんはもう観に来てくれただろうか、などと虫の良いことを考えながらも、まだ会期は4日もあるし第一、たった1時間程話をしただけで本当にくるはずもないとも考える。
公募展も終わり5日ほど過ぎたがやはり彼女から連絡はなかった。出展した作品が初めて入選するという私にしては快挙!と言う誇らしげな事をどうしても彼女に伝えたくなり思い切ってメールを送った。珍しく1枚が佳作に入選したことだけを伝えた短いメールだった。
忘れかかったころに彼女から返信が来た。
「佐野さん、ご連絡せず申し訳ありませんでした。実は1月の上旬に体調を崩し10日ほど緊急入院しました。やっと回復して昨日退院しました。佐野さんの作品を観たかったけれど外出の許可がおりませんでした。ごめんなさい。2月になれば完全に回復して自由に出歩いてかまわないと先生もおっしゃいました。よろしければお詫びに昼食にご招待したいと思いますがいかがでしょう。そのかわり私をどこかの美術館に連れて行ってください。おねがいします」
また私の頭はグルグルした。女性になんの病気だったか聞くわけにもいかず、ここは彼女のメールを信用するしかないだろう。
美術館ガイドなどを見ながらあれこれと考えB美術館で開催される(エコール・ド・パリ展)に決めた。何度かメールのやり取りをして2月中旬の日曜日、10時にT駅で待ち合わせB美術館に一緒に行く、その後彼女が指定したスペイン料理店で食事と決まった。スペインと聞いて私が思いつくものと言えば、パブロ ピカソ、アントニオ ガウディそれに闘牛くらいのものでスペインの料理なんて皆目見当もつかない。必死になってwebなどを使って料理について勉強した。いい年をしたオッサンは恥ずかしくてとても人に話せないような状況になってしまった。
指折り数えながらその日を待った。そしてとうとうその日がやって来た。