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「ねえ、今度の土日ってなんか予定あるー?」
あれから僕と寿はお互いの部屋を行き来して、ご飯を食べたり泊まったり……なんだ、恋人のような友人のようなあいまいな関係を続けている。からだの関係は、ない。キスすらしていない。たぶん僕が自分の気持ちを決めかねているせいだと思う。
病院で好きだと言われた返事を僕はまだしていない。嫌いなわけはない。……好きなんだと思う。ただ、気持ちの切り替えがうまくできないのだ。
だって、この間までサツキのことを好きだと思っていたのに、あっちがダメだからじゃあこっちみたいに思われるのは嫌だ。一番に、僕がそんな軽い気持ちでいるような自分自身を信じることができないのだ。
そんな宙ぶらりんな関係だけれど、今までのあの最悪な日々から比べると、あまりにも和やかでやわらかい日々は毎日くすぐったくて困ってしまうほど、幸せだ。
「土日、何かあるのか?」
「うん、長野行かない? お盆は終わっちゃったし、お彼岸はまだだけど。行きたいでしょ?」
「……いいの? 行っても。寿、嫌じゃない?」
「嫌? なんで」
「……だって、この間まで篤生にとらわれてて、お前のこと傷つけてたし。今だって……たぶんまだ吹っ切れてない」
サツキのことを今でも好きかと言われれば、それはない。徐々にではあるけれど心の中の整理はついてきて、たぶんあれは恋ではなく執着だったのだろうと思っている。
サツキにしてみれば最悪だ。もういない人間の影を重ねられて一方的な思いをぶつけられるなんて。本当に僕は人として最低なことをした。
寿は少しポカンとした顔をしたけれど、すぐにクスリと笑った。
「俺だって、考えなかった訳じゃないけどさー。兄ちゃんのこと羨ましくないわけでもないけどでも今和文さんと一緒にいるのは俺だし」
ね、行こうよ、と熱心に誘われ、僕らは週末の新幹線に乗り込んだ。
駅を出ると寿が車を借りてきて、墓地まで案内してくれた。家族が送迎を請け負ってくれたのだが、墓参りには二人で行きたいからと断ったのだと言った。
「……お前、免許持ってたんだな」
「こんな不便なところだからねー。まだお互いに知らないことがたくさんあって、楽しみだね」
本当だ。発見の毎日だな。
篤生が眠っていたのは畑や小川のある拓けた場所で近くに線路が乗った高架が見えた。今しがた僕たちも乗ってきたあの新幹線も通る。
いいところにいたんだな、お前。毎日新幹線見てたんだな。
僕は篤生の葬式にも出ていない。墓参りはおろか、線香の一本すらあげたことはなかった。親友なんて言えないよな。
ごめん、やっと来れたよ、篤生。待たせたね。
寿がここに来るまでの店で買ってくれていた花や線香を供えた。
墓前に膝をついて今までのことを報告しようと思ったら、寿が急に「車に忘れ物しちゃった。すぐ戻るから先にやっててね」とその場を離れた。
なにかと思ったが、ああそうか。気をつかってくれたのか。ちゃんと二人で話せってことなんだな。
僕は改めて墓に向かい、篤生に語りかけた。
──久しぶり、篤生。僕は元気だよ。あれから何年もたったね。僕だけすっかり大人になっちゃったよ。
お前がいなくなって、僕、少しおかしくなった。今考えると、お前が死んだことを受け入れたくなかったのかもしれない。
学校にも行かないでお父さんたちとも話もできなくて、部屋に閉じ籠ったよ。寂しくて、寂しくていっぱい泣いたよ。お化けでもいいから、会いに来てくれないかって思ってたんだよ。
学校に行けるようになって勉強たくさんして、小学校の先生になったんだ。
ねえ篤生、お前に言わなきゃいけないことがあるんだ。僕ね、お前の弟を好きになった。篤生は一度も会ったことのない弟だ。寿っていうんだよ。寿と、一緒に生きていきたい。篤生、どうか許してほしい。
今まで、ありがとう。お前が側にいてくれるって思えたから、ここまでこれた。本当に教師失格みたいな駄目な大人だったけど、これからはいつかお前に褒めてもらえるように生きるよ。
あのね、篤生。僕はお前のことが好きだったんだよ。誰よりも、誰よりも……
目を閉じると、子供だった僕たちが草っ原を笑いながら転げている。そういえば篤生の方がかけっこは速かったな。僕は篤生の背中を追いかけている。
面白い形の葉っぱ、きれいな色の虫、平らな形の石。
世界は宝物で埋め尽くされていて、それの最たるものが篤生だった。
星座の形、雲の種類、本に隠されたいくつもの秘密。
篤生とだけ共有した輝く宝物。
もう、ここにおいていこうと思う。今までみたいに必死にしがみついていなくても、ここに来れば会えるのだから。
僕は静かに立ち止まる。それに気がつき振り向いた篤生に手を振った。僕の行動の意味を、篤生がわからないはすがない。少し寂しそうに笑うと彼もまた、手を振った。
またね。今度会うのは明日じゃないけど。またいつか。
そしてくるりと背中を向けて一人篤生は遠くに向かって走り去っていく。僕は篤生が見えなくなるまで、ずっとそこに立っていた。ずっとずっと手を振り続ける。
今度会えるときはお土産話をたくさん持っていく。ちゃんと篤生に褒めてもらえるような話を。
そのときまで、さよならだ。
どのくらい、そうしていたのか。僕は篤生の墓に頭をすり付け、声をあげて泣いていた。すぐ隣に寿が戻ってきたのにも気がつかないほどに。
「……寿、ありがとう……篤生にみんな話したよ。今までのこと、全部」
「ん、よかった。……俺も兄ちゃんに話すことがあるんだ。兄ちゃん俺ね、和文さんのことが好きなんだ。一緒に生きていきたいと思うほど。幸せになる、悲しませることはしない。だから俺に任せてください。兄ちゃんの分まで大事にします、ずっと」
「……ずっと?」
「うん。どっちかが兄ちゃんのところに行くまで、ずっと」
───永遠、なんて僕は信じない。人の気持ちは風が吹くように変わるものだし、だからこそいとおしく、その一時を大切にしたいと思うものだろう。
でも今寿が言ってくれた『ずっと』という言葉に僕は、頼りない明日を信じたくなったんだ。子供みたいにわがままに、寿の未来ごと欲しがっても。それでもきっとお前は許してくれる。そんな嘘みたいな安心感。
同じように寿、僕の未来を全部あげるよ。もう若くないし、きっとお前より早く錆び付いていくだろう。
それでもその時々、精一杯の気持ちでお前を好きでいる。約束だ。
ずっと、ずっと。今日みたいになんでもない一日を永遠に積み重ねていけるそんな幸せ。
「ずっと、だからな?」
「和文さん?」
「好きだよ、寿」
なんか。
暴走した寿が実家に帰り、挨拶もそこそこに『卒業したら和文さんと結婚するから!』と声も高らかに家族の前で宣言して僕を含めてその場にいたものに白眼を剥かせるのは、それから四十分後のこと。
ユーリ!!!on iceみたあとに自分の小説更新作業してたら涙が出てきたバカみたい。
こんな者ですが明日もよろしくお願いします♪




