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あの頃の僕は  作者: うえのきくの
12/12

縁結び



 寿と生活をするようになったある年のこと。今年は二人とも六年生を担当している。何かと忙しく、ふたりでゆっくりする暇もない。

 違う学区で採用になっているから同じ学校になることはない。時々恋人や結婚など、プライベートな話題でつつかれることはお互いあっても『恋人の仕事が忙しくて』で乗りきっている。決まった人がいる男にはみんなそんなに関心を示さないものだ。


 大きな行事は目白押しだし、中学を受験する児童も少なくない。

 それでもだいたいどこの小学校も似たようなスケジュールで一年は回っている。

 寿の学校とほぼ同じ予定で修学旅行が決まっていた。

「生徒だったらなー。途中で抜け出して和文さんとデートするんだけどなぁ」

「なんだよそれ。でもそうだな、今度ふたりでゆっくり旅行したいよな」

「はは、いつになることやら、だね」

「だな」

 出発の日。それぞれの学校に集合だから、行き先は同じでも玄関を出たら俺たちは解散。違う交通手段で日光を目指した。


 ちょうど修学旅行のハイシーズンで、どこにいっても団体の小中学生がいる。時折、寿たちの学校が使っているバスを見かけたりしたけれど、それはそれ。お互いに滞りない行程を心がけ、予定をこなしていった。


 怪我や具合の悪くなる子供も出ることなく、無事に三日目の朝を迎えた。小学生でも夜中宿泊施設を抜け出す輩が時々いるものだから引率の先生で交代で見回りもしたりする。ただでさえ寝付きが悪いのに、途中で起こされると本当にキツい。子供たちや先生方に見つからないようにあくびを噛み殺した。

 最終日の今日は自由行動ありの東照宮参拝。解散地点までバスで移動すると、グループに別れた子供たちはそれぞれ、自分達で決めたルートに従って目的地を目指す。そのなかで、土産を買ったり食事をしたり公共の乗り物を使ったりと、ー様々な体験をしていく。

 日光の名産や名所、うまいものなんてほとんど知らなかったが、子供たちと調べるようになって興味が湧いた。

 考えてみれば自分達の頃の修学旅行は全て団体行動で、事前に見学箇所をグループで考えるなんていうことはしたことがなかった。だから、何もわからないままよくわからないところに連れていかれたという印象しか残らなかった。挙げ句、僕はまだリハビリ中だったし。

 小学校の教師になって僕は、自分の小学生をやり直しているんじゃないかと思うことがよくある。生徒たちの経験を通して自分も体験したかのような錯覚を起こす。

 特に、高学年を持ったときにはそれが強い。自分が実際には経験しなかった四、五年生。彼らと一緒にいる時間は借り物でありながらキラキラと輝いて僕を包む。目的地に向かって散っていった子供たちのなかに幼かった自分がいるような気がして目を細めた。

 さて、僕も持ち場のなかを生徒を見回りながら観光することにしよう。


 小一時間程経っただろうか。内ポケットで振動がする。今は、子供たちのほとんどが携帯やスマートフォンを持っていて、今回も緊急連絡用のみ、という条件でグループに二人だけ許可していた。ディスプレイに表示されているのは生徒からのものだ。一抹の不安がよぎる。

「はい、武内です。竹下、どうかしたか?」

『……先、生…どうしよう……おれっ』

 今にも泣き出しそうなその声は、僕のクラスの男子生徒、竹下のものだった。迷子か、怪我か。しかし、この子はクラスのなかでもしっかり者で、迷子になったくらいでここまで動揺するとは思えない。

「竹下、いまどこにいるんだ? 竹下のグループは、たしか……」

 班の行動予定表を見る。彼を含めて六人のグループはこの時間なら少し離れた植物園にいるはずだ。

「日光植物園にいるんだろ? 何があったんだ」

『……いない……おれ、そこにはいなくって……』

「いないって……? じゃあ、どこにいるんだ。迷ったのか? 」

『……いま……二荒山神社』

 予定表には前後にだってそんなことは書いていない。ここからなら歩いても行ける。急いでここを離れることを伝えるために同僚を目で探す。

「そこは予定に入っていなかっただろ? なにやってるんだ、みんな一緒なのか?」

『……先生っ……ごめんなさい……』

「ごめんじゃわからないから説明して。一人でそこにいるのか?」

『一人じゃなくて……北小の安達くん、と一緒です。どうしても……ここに一緒に来たくって……みんなに無理言って別行動してて、そしたら安達くんが具合、悪くなっちゃって、それでっ……動けなくて』

「……わかった。すぐ行くから待ってて。いいか、泣くなよ? 安達くんには今、竹下しか頼れないんだからな。お前がしっかりしろ? 安達くん、吐いたりしてないか?」

『は、吐いた』

「意識はしっかりしてるか?」

『は、い。しゃべれます』

「わかった、すぐ行く。一度電話切るぞ」

 北小は寿の学校だ。僕は同じところで見回っていた同僚を捕まえると持ち場を離れる旨を説明して二荒山神社へと急いだ。

 向かいながら寿に電話をいれる。

『え? 和文さん、どうした……』

「忙しいところ悪い。お前の学校に安達っていう生徒がいるよな」

『あ、はい。担当クラスじゃないですけど』

「具合が悪くなって二荒山神社にいるらしい。うちの生徒が一緒で今連絡が入った」

 ぐっと、声がつまったのがわかった。きっと、どうするべきか考えているのだろう。

『俺、近くにいるのでこれから向かいます』

「わかった。よろしく」


 目的の神社に入り、参道から外れた奥まったベンチに二人はいた。ベンチに横向きに寝ているのが寿の学校の生徒なのだろう。なるほど、顔が真っ青だ

「竹下!」

 声をかけると竹下はうつむかせていた頭をあげ、僕の方を見た……こちらも負けじと蒼白だ。

 とりあえず途中で買ってきた水で安達という生徒にうがいをさせ、汚れてしまったシャツを濡らしたタオルでぬぐう。額をさわればかなり熱くこれは辛そうだ。

 その場を一旦竹下に任せ、社務所に敷地を汚してしまったことを詫びに行った。宮司さんが後で片付けるからそのままでいいと言ってくださったので、もう一度お詫びを言って二人のもとに戻った。

 授与所の横を通りすぎ、僕は少し頭をかしげる。どうして二人はここに来ようと思ったのだろう?


「安達ーー!」

 二人のところに戻りつくとほぼ同時に、鳥居の方から寿が生徒の名前を呼びながら走って来るのが見えた。

「先生……」

 安達くんも弱々しくそれに答えた。

「さあ、戻ろう。とりあえず病院にこのまま連れていってその後はどうするか検討することになりました。武内先生お手数お掛けして申し訳ありません」

「あ、いいえ、そんな」

 寿の『先生』であるところを始めてみた。武内先生、なんてはじめて呼ばれた。さっと赤くなった顔に気づかれただろうか。思うよりずっと、彼は頼れるかっこいい先生だった。

 安達くんをさっとおぶって帰ろうと立ち上がったとき、背中の彼がかすれた声で言った。

「先生、待って。まだお参りしてない……」

「は? お前それどころじゃないだろう。こんなに熱があるのに、すぐ病院に……」

「でも、竹下とお参り……」

 熱のせいか、荒い息をつきながら安達くんは必死に訴えている。それまでずっとうつむいていた竹下が勢いつけて顔をあげた。

「もう、お参りなんていいよっ! 安達、早く病院にいかなくちゃっ! もういいから……」

 顔を真っ赤にして目を潤ませている。さっき僕とした約束を懸命に守っているのだろう。

 それにしても、どうして二人ともここにそんなに拘っていたのだろうか。

「なあ、竹下。お前ここが、縁結びの神様だって知ってるのか?」

「縁結び?」

「はい、さっき授与所にそう書いてあって」

 寿も不思議そうな顔をする。一瞬の沈黙の後竹下が口を開いた。

「……はい、知っています」

「知ってて、ふたりでお参りに来たの? 別行動してまで」

「……」

 ふたりは固く口を結んでしまった。僕と寿もどうしたもんかと目を見交わした。

「よし、お参りしていこう!」

「た、小鳥遊先生っ?」

「せっかく日光まで来たんだし、それが目的だったんだろう? 熱まで出して達成できなきゃ、がっかりだもんな」

 寿は安達くんを背負ったまま拝殿に進んだ。僕らも慌ててそのあとに続く。

「立てるか?」

 背中の安達くんを賽銭箱の前に立たせた寿は、竹下を呼び彼の横に並ばせた。近くに『参拝のしかた』が書いてあって、それに倣い二礼二拍手したふたりはしばらく動かずに真剣になにかを祈っていた。

 僕と寿も彼らの後ろからお参りをする。


 おかしなきっかけだったが一瞬でも寿に会えたことを感謝した。

 一緒に暮らしはじめて、二日と離れたことがなかった。顔を見たとたん、寂しさを実感した。

 驚いた。自分になかに寿はしっかりと根を張っている。どれだけ好きか。どんなに大切か。

 縁結びの神様がいるのならお願いします。どうかこの気持ちがいつまでも寿にだけ僕にだけ向いていますように。

 僕らの前にいる二人も、ゆっくりと顔をあげてお互いの顔を見合わせてにっこりと笑った。

 寿が安達くんを背負い直している間、僕はさっき横目で見てきた授与所に走った。

「これ、みんなには内緒だよ?」

 青とグリーンのお守りは、彼らがなにと結ばれたがっているのかはわからなかったけど、その思いを大切に守って欲しくて買ってきた。

「先生、ありがとう」

「……ありがとうございます」

「どういたしまして。さ、早く病院に行かなくっちゃ」

「じゃあ、武内先生、俺行きます。ありがとうございました」

「はい。どうもありがとうございました、小鳥遊先生。お大事に」


 寿たちが帰っていき、二人きりになった境内で、竹下が泣いていた。少し上を向き、声も出さずに。

 あまりに悲しそうな泣きかたにかける言葉も失ってしまった。<KBR肩を抱きさっきまで安達くんが横になっていたベンチに彼を誘った。


「おっ……おれ……おれなんにも、ひっ……できなかった……安達、辛かった……のに」

「泣かないで頑張ってたじゃないか。安達くんも心強かったと思うよ?」

「ずっと、一緒だって言ったんだ。ずっとずっと、一緒にいようねって。でも、おうちの都合で北小に転校しちゃってそしたら今度はもっと遠くに引っ越しちゃうんだって。おれ、もう会いに行けない……会いに行けないから……」

「だから、縁結びだったのか」

「みんなでいきたい場所調べてたときに、ここ見つけて。北小も同じ日に自由行動があるからって、班のみんなにお願いして、別行動させてもらって……先生、勝手なことしてごめんなさい」

 日頃、みんなのリーダーになることの多いこの子は、きっと最初から自分がどんなに回りに迷惑をかけるかを重々承知していたことだろう。

 それでも、行きたかったのだ。なにと引き換えてもふたりでここに来ることが大事だったのだ。

 きっと彼も安達くんも学校に戻ったらしたたか起こられるだろう。そして彼らはそれをきちんと受け止めて反省するはずだ。

「竹下たちのしたことは、確かによくない。無事だったからよかったけど大問題になることもある」

「……はい」

「でも、気持ちはわかるよ。先生も好きな人と一緒に来たかったなって思ったよ。縁結びの神様に、ずっと一緒にいられますようにってお願いしたよ」

「先生も、好きな人いるんだ……へー、へへっ」

「内緒だよ?」

「うん」

 やっと笑ったな。君たちの思いが友情なのか恋なのかはきっともうすぐわかるんだろう。それがどっちだったとしてもその想いはきっと君の宝物になるよ

 そのとき、そばにはいられないかもしれないけれどよかったらいつでもおいで? 話くらいは聞いてあげられる。もしかしたら、僕の『内緒』を打ち明けてしまうかもしれない。

 それは、そのときまでの秘密。



「ただいまー」

「お帰り、大変だったな」

「ほんとだよー。あー、和文さん、充電ーー」

 寿がジャケットも脱がずに抱きついてきた。僕はそのまま背中に腕を回して軽く叩いた。お疲れ様、助かったよの気持ちを込めて。

「安達くん、転校するんだって? それで離ればなれになっちゃうからお参りしたくて、別行動したんだって」

「うん、聞いた。あのあと病院行って、本隊は先に帰ったからお母さんに来てもらって引率の先生と三人で帰ってきたって。和文さんもありがとうね」

「僕は何にもしてないよ。竹下が頑張ってたんだ」

「そうだね」

 僕は、まだ荷ほどきをしていないバッグの中から、あの神社の袋を取り出した。彼らに渡したお守りと同じものを僕はいただいてきていた。寿が紫で、僕は青。小さな恋人たちに負けないくらい、僕も寿と離れたくないから。

「うわー、ありがと。嬉しい」

「うん……」

 寿が小さなお守りに大袈裟に喜ぶから、なんだか照れ臭い。それを隠すようにほほを掻くと、その手を取られた。そして、リングがあるはずの場所をそっと撫でる。

「あいつらも、俺たちみたいにずっと仲良くしてるといいね」

「……そうだね」


 帰ってきたばかりだから、二人の指にリングはない。でも、なくても見える。ずっとそこにあって、僕たちを照らす。

 短くて暗闇のようだと思っていた僕の人生は、寿の出現によって色を加え、眩しいほど鮮やかなものになった。

 赤や黄色や、ピンク。

 オーロラみたいにとらえどころがなかったり、夏の八百屋の店先みたいにビビッドに輝いていたり。

 色とりどりの世界は、子供を持てない僕らをかわいい生徒たちのそばにいさせてくれる。

 いつか迷って、前が見えなくなった時も、二人の指のリングが先を照らすだろう。

 ありがとう、寿。一緒に歩いてくれて、笑ってくれて、泣いてくれて。生きてくれて。

 ずっとふたりで歩いていこう。手を取り、微笑んで、キスをしながら。

 いつかした、約束の時まで。

 


「いつか、王子さまが」からお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

これにてこのシリーズは完結です。


 今年もつたない小説をお読みいただき、評価やご感想をちょうだいしてとても嬉しかったです。予定していたことの半分もできないで、もっとペースアップしたいのにとじたばたするばかりでしたが、来年もどうぞよろしくお願い致します♪



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