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「いつか、王子さまが」の武内先生のお話です。「いつか」も合わせて読んでいただけると嬉しいです♪
病気の症状についての記述がありますが、あくまで作品上の表現です。
「誰かと待ち合わせ? 違うなら一緒に飲んでもいい?」
今日に限って誰も見つからない。平日だからなのか自分から不穏なオーラでも出ているのか。こっちはどうしてもひとりでいたくなんかないのに。
声をかけてきた男は普段なら気にも止めないタイプ。だってひとつもお前に似ていないんだ。
「いいよ、飲もう。名前は?」
「タモツ。あなたは」
「和文。よろしく」
グラスを合わせると軽やかな音がした。
今日はお前の誕生日だから、ひとりでなんかいられなかったんだよ。寂しすぎておかしくなってしまいそうだ。
篤生、こんな僕をお前は笑うかな。
あの頃。僕は小学四年生で、原っぱと河原と星空が世界のすべてで、隣にはいつだって篤生がいた。
僕らはその世界の王様で、毎日冒険に明け暮れていた。
篤生はそれこそいつからかも覚えていない頃から一緒にいて、幼稚園も小学校も遊びもいたずらもいつも一緒で。
自転車で遠くまで行ってしまい帰れなくなったり、秘密基地で疲れ果て眠り込んでしまい親を青くさせたことは一度や二度じゃない。
お互いの家を行き来しては、自分の家のようにくつろいで夜遅くまで下らないことを話し合った。
人生で一番美しい日々。
それに気がつかず毎日を過ごしていたんだ。
何度もあの美しい日を夢にみた。そして何度もあの日に戻して欲しいと泣き叫んだ。
でも僕はもう知っている。人は決して時を遡ることなど出来ないということ。過ぎてしまったことをやり直すことは出来ず、悪夢のなかをさ迷うしかないことを。
僕、武内和文の家はサラリーマンの父と少々天然の母との三人家族。
小鳥遊篤生の家は忙しいお父さんと優しいお母さん、それに生まれたばかりの弟の四人家族。
赤ちゃんが珍しくて僕も何度も見に行った。かわいい赤ちゃん。小さな手と、丸い鼻。赤い顔でおなかがすいたら泣くのが仕事。
僕が人差し指でくすぐるとその手がしっかりと握り返した。思いがけなく強いちからで。
ある時赤ちゃんになにか大きな病気が見つかって、遠くの病院に入院することになった。何度も通院、入退院を繰り返し、一緒に通うお母さんは大変そうだと篤生は言っていた。
そんなことが半年も続いただろうか。ついに篤生のお母さんも参ってしまい入院することになった。
お母さんも赤ちゃんもいない家。そしてお父さんも相変わらず忙しくて帰りは遅い。
そこで篤生は僕の家に来ることが多くなった。お父さんが遅いときは僕の家でご飯を食べ風呂に入って帰りを待ったし、出張で泊まりの時は篤生も僕の家に泊まった。
僕は篤生の家が大変なのはもちろんわかっていたけど、いつも一緒にいられることが嬉しくて、このままずっといてくれればいいのになんて思っていたんだ。
ある日篤生のお母さんが一時退院出来ることになり、篤生も家に戻るために荷物を片付けていた。僕はそれを、少しふてくされて後ろから見ていた。
「ホントに帰っちゃうのー? お父さんも明日帰ってくるんだろ。もう少しいいじゃん」
「ははっ。篤生も寂しいかもしれないけど、お母さんも寂しがるからね。またすぐ遊びに来るよ」
「さ……っ、寂しくなんかないっ!」
「そう? じゃあ、おばさんありがとうございました。また来ます!」
「あら、篤生くんならいつ来てくれてもいいのよ。なんなら、お嫁さんになってくれてもいいくらいなんだから」
お嫁さんだって、お母さんバッカじゃないの?
はははっ
ねえ、やっぱり明日でもいいんじゃないの?
和文は甘えてんのか?
ちっ、違うってば! 晩ごはんくらい食べていけよって思っただけ!
ありがと、でも行くよ。じゃ、またな。
そんなくだらない会話が僕らの最後だった。
その日の夜、篤生のお母さんが家に灯油を撒いて火を放った。
僕たちが、篤生のいない晩ごはんを食べている頃に。
乾燥した季節に火の回りは早く、サイレンが町を駆け抜けたときには手のつけようがなかった。
両親は僕に家にいるように言いつけ、篤生とお母さんの様子を見に行った。
僕は一人、部屋の隅で両親が篤生を連れて帰ってくるのを待っていた。
同じ町内なのに両親の帰りは遅く、僕は言い様のない不安を抱えていた。
ふと、火事現場のそばになんかいたら熱くて喉が乾くかもしれないと、夏に麦茶を作るためのジャーに氷水を作った。家が燃えるなんて怖い思いをしたのだろうから、いつもならダメだといわれるに違いないけれどテレビの前にありったけの座布団を集めて簡易の寝床を作った。
きっと、怖くて眠れないだろう。篤生の好きな笑えるアニメのビデオをいくつも重ねてすぐ見られるように準備して。
夜が更けるまでにやらなくてはいけないことはたくさんあったけれど、両親がふたりで、ふたりきりで帰ってきてそれらは徒労に終わった。
母は僕をきつく抱き締め、篤生はお母さんと一緒に亡くなったのだと言った。
それはいったいどういうことなんだろう。あまりよく理解できない。
テーブルの上で、ジャーの中の氷水がカランと涼しげな音をたてた。この前あそこから麦茶を飲んだとき、隣には篤生がいた。
でも今日からはいない。人が死ぬって、そういうことだった。もう、二度とふたりが隣に立つことはない。
僕の美しい王国は、消えてなくなってしまったのだ。
篤生のお母さんは『育児ノイローゼ』という病気だったんじゃないかとどこかのおばさんが言っていた。両親を含め親しい回りの大人たちはみんなそう言っていたらしい。
『育児ノイローゼ』が灯油を撒いて家を燃やすような病気だって僕が知っていたら、あのとき篤生を絶対にひとりで帰したりしなかった。
どうしてなにも教えてくれなかったのか。どうしてだれも篤生を助けられなかったのか。
どうして僕から大切なものを取り上げたの───
次の日開かれた緊急全校朝会で、校長先生は泣きながら言った。
「篤生くんはお母さんをかばうように重なって見つかったそうです。皆さんも篤生くんから命の大切さを教えてもらったのですから、家族やお友達を大切にしなくてはいけません」
篤生は、そんなこと教えるために生まれたんじゃない。
電車が好きで、駅の名前とか電車の形式とかたくさん知ってて、中央線の車掌さんの真似が得意で、将来は新幹線の運転手になるのが夢だったんだ。
星座の名前にも詳しくて、ベランダに寝転がっていくつも教えてくれた。読書も好きで、マンガばっかり読んでた僕に物語の本をいくつも貸してくれた。
怒りのあまり、耳の奥がキンキンと鳴る。
勝手なこと言うなよ。
篤生とお母さんのこと助けられなかったくせに、勝手なことを言うな!
その朝礼の途中からの記憶はない。
僕は大声で泣き叫びながら派手に倒れたらしい。
それから、学校にも行けなくなった。
家にいても両親と話をすることさえできず、ただ、日がな一日ぼんやりと過ごした。
篤生の家はほぼ全焼で、焼け跡にはなにも残っていなかった。
意外と真面目な篤生のこと、金曜の放課後には体操着から上履きまで、すべて家に持ち帰っていた。
教室の机もロッカーも空っぽで、篤生がそこで生きていたことさえ嘘みたいだ。
だけど、僕の部屋には篤生から借りたままになっていた本が一冊残っていた。
それと、ふたりで撮ったたくさんの写真。生まれた頃からほんの一週間ほど前、遊びに行った河原まで。僕の母さんが撮ってくれた写真は、膝まで川に入ってふざけている僕たちが写っている。このあと何が起こるか知らない、弾ける笑顔の僕と篤生。腕を全部使って川の水を掛け合った滴の冷たさまで、まだ覚えている。
僕はそれを毎日抱き締めて眠り、起きてはそれを眺めた。ただそうやって日々を過ごしていた。
そんな僕のひどい有り様が変わったのは、六年生が始まってしばらくたった頃だった。
一度も会ったことのない六年からの担任だという先生が訪ねてきたのだ。
先生は「お邪魔しまーす」と部屋に入ってくると僕の方を見た。両親以外の人を見るのが久しぶりなこともあって、どういうリアクションをとっていいかわからず、結局なにも言わないまま読んでいた本に顔を戻した。
篤生が貸してくれた本は、表紙はすれ、ページも所々折れたりちぎれたりしている。それはそうだ。毎晩のようにしっかり抱えて眠っていれば、上品に動かず眠っている訳じゃないし、そうなるに決まっている。
「俺、四月から武内の担任。よろしくな」
そう言うと、その先生は僕のとなりに腰を下ろした。僕は居心地が悪くなって、そっと先生の横顔をうかがった。
先生は、僕の方を見ていなかった。ぼんやりと天井かそのしたの本棚を眺めていた。うっすら口も開いている。
窓の外からは自分と同じ年くらいの子供がはしゃぐ声が聞こえる。
もう少ししたら太陽が傾き夕焼けが町を赤くする。そんな時間を篤生と家に向かって競争したことを思い出した。
本を見る振りをしながら、まぶたの内側に盛り上がった涙を隠すのに苦労した。
先生は三十分くらいしたら来たときと同じように何事もなかったように帰っていった。自己紹介もなかった。
次の日も、その次の日も先生は来て、ただ並んで座って帰っていく。学校に来いでも、友達が心配しているでもないその先生に、ついに僕から切り出した。
「先生、毎日何しに来てるの?」
お母さんから、僕が家でも話をしていないことは聞いているだろうに、先生はなんの驚きもなく言った。
「お、しゃべったー。別に? 用事なんかないよ。ただ、お前の顔見に来てるだけ」
「ふーん……」
「また来るな」
「……うん」
先生は少し笑って出ていった。
久しぶりに人と喋った。ちょっとかすれていたけど、まだ声は出た。先生が笑ってくれて嬉しかった。
僕はまだ、笑えるのかな?
次の日も先生はやって来てまた、ぼんやり僕のとなりに座っていた。昨日少し会話らしいことをしたのだから、しつこく説得されたら面倒だなとうっとうしく思っていたけれど、やっぱり先生はなにも話しかけては来なかった。
あの夜からずっと頭の中にある疑問。篤生の時間はあのまま止まっているのに、僕はどんどん先に進んでいる。一人で中学生になって高校生になって、そして大人になっていくのか。
その間に起きる全てのことは、あの日までと違って自分一人で感じていく。
「ねえ、先生」
「んー、何?」
「僕は笑ったり、楽しんだり、何かをしてもいいのかな?」
楽しいことがあったらそれは篤生も楽しいことだった。悲しいことがあったら、それは二人で分け合うことができた。
でも、一人になっちゃった今は? 楽しいことは分けられない。悲しいことは分けなくてもいいけど、もう、一緒に泣いたり笑ったりできない篤生をおいて、僕は一人でそれをしてもいいのかな。
「いいに決まってる」
先生は少し大きい声でそう言った。スパリとなにかを半分に切り分けるように、はっきりと力強い声だった。
なんの前触れもなく急にそんなことを聞いたりして、質問の意味を問われると思ったのに、先生は僕の言いたかったことをちゃんとわかってくれていた。
「いいんだよ、お前は生きてんだから。お前がちゃんと生きてなきゃ、篤生だってガッカリするぞ」
僕が篤生をひとり残して前に進んでしまうことを悪いと思っているということをわかってくれている。
「篤生は、僕を怒ってないかな。僕だけ笑ったら、寂しがらないかな」
ずっと不安で怖くて、何が怖いって言うと篤生に嫌われたくなかったんだ。ずっと友達だったのに、篤生がいなくなっても楽しそうに僕がしていたら、篤生だって嫌な気持ちになるんじゃないかって。
「あのさ、お前はまだ子供でそんなこと考えないかも知れないけどな。俺たちは産まれたら、みんな死ぬ。篤生は少し早かったけど、俺もお前も、100年後にはいない。いつ、その時が来るかなんて誰にもわからない。だから、お前は精一杯生きろ。それで篤生に褒めてもらえ」
「篤生に?」
「お前ん中に、いるだろ。いつも一緒だ」
───僕は篤生と生きるんだ
楽しいことがあったら篤生と分け合えばいい。悲しいことがあったら、篤生に半分預ければいい。
そうやって生きていこうと僕は決めた。
次の日の朝、先生に迎えに来てもらって学校に行った。一年半ぶり、僕は自分の足でゆっくりと通学路を歩いた。
四年生の時のクラスメイトが声をかけてくれて、新しい教室に連れていってくれた。
取り囲まれた友達の間から、先生を振り返ると満面の笑顔で笑っていた。僕もぎこちなかったけど、つられたように笑って見せた。
笑ったよ、篤生。見てた? 僕は笑えたんだよ。
お付き合いいただきましてありがとうございました。ちょっと重たいとは思いますが、和文を一緒に見守ってくださると嬉しいです。